第15話 変・身・不・能!

 ――地球と木星間が往復一年とか、科学の力ってすげーな!


 津波シェルターから出た者誰もが中に戻ろうとするが外に出らんとする者と押し合いとなる。

「戻れ、戻れ!」

 誰もが日の光を浴びれると思い安堵した瞬間、新たな巨大生物が予兆なく現れた。

 嵐の前に静けさがあるように、津波の前に海が引くように、何事にも予兆がある。

 だが、巨大生物出現に一切の予兆はなかった。

 まるで最初からいたかのように天沼島に立っている。

「ぐぎゃわしゃああああああああああああっ!」

「ぶがわしゃあああああああああああああっ!」

 双頭の鷲とボディービルダーのような筋骨隆々の肉体持つ人型の巨大生物だった。

 背中にはニワトリのような申し訳ない程度の翼があるも飛行能力は期待できないと見える。

 そのような有無、逃げ惑う人々には関係ない。

「おいおい、続けてなんて反則だろう!」

「消耗した所を突くのは鉄板でしょうが!」

「急いでシェルターに!」

 白花に誰もが頷こうと肝心なシェルターの出入り口は混みあい、押し合いの状態だ。

「あ、これやばくねえか?」

 蒼太の声は悪寒に晒されたように震えている。

 一足先に外に出たからこそ押し合いに巻き込まれずに済もうと、シェルターには入るに入れない。

『ゆっくりだ。そう落ち着き、慌てず!』

 外部スピーカーから男性の声が響く。

 押し合いによる最悪の将棋倒しは起こらず、少しずつだが列は崩れることなくシェルターに飲まれていく。

「あたしたちも行くわよ!」

 ぽっかり口を開けたシェルターが避難を誘っている。

 朱翔たちが駆けだしたと同時、巨大な足がシェルターの出入り口を踏み潰した。

 衝撃が鋼鉄の大地を揺らし、砕片と共に朱翔たち四人を吹き飛ばす。

「ぐっ、ううっ……はっ!」

 仰向けに倒れた朱翔は遠ざかる意識を強制的に奮い立たせる。

「白花、たんぽぽ、ついでに蒼太、無事か!」

 周辺はシェルター出入り口破壊により生じた粉塵が幕を作り、視界を遮っている。

 すぐ間近には巨大生物の足。踏み潰すだけ潰しては一歩も動かず柱のように聳え立っている。

「なんとか!」

「ええ、どうにか!」

「俺はついでかよ!」

 各々の声が粉塵の幕より届けられる。

 声からして三人全員が無事なのようだ。

「今度は兄弟を一つにしたのか、悪趣味が!」

 朱翔は睨みつけながら無意識に言葉を走らせる。

「デュナイド、連続で悪いが行けるか!」

 ARグラスに返信あり。

 シェルターにいる間、意志疎通可能なまで回復できたようだ。

『前の変身の負荷が残っている。その状態での変身は五分が限界だ! 君の身体が持たない!』

「上等!」

 誰が言ったか、ピンチはチャンス!

 今変身しようと舞い上が粉塵がカーテンの役目を果たして正体を隠す。

 全身をバネにして起き上がった朱翔は巨人への変身を開始する。

 連動するように朱翔の腹部が淡い緑色の光を発しだした。

「行くぜ、デュナイト! でゅな――があああああああっ!」

 朱翔の全身が赤き光に包まれた瞬間、淡い緑色の粒子が包み込むようにして上書きする。

 次いで走るは皮膚に爆薬を流布され、一斉に点火させられたような激痛。

 視界が明滅する。どうにか両足で踏ん張ろうとする朱翔だが第二の激痛が全身を貫き、意識を強制的に白化させた。


 意識を失った朱翔は力なく仰向けに倒れ伏していた。

「が、がはっ!」

『あ、朱翔、しっかりするんだ! くっ、光子物質変換が阻害されているのか!』

 デュナイドがARグラスを介して朱翔に呼びかけようと文字であるため意識を呼び覚ますに至らない。

『この淡い緑色の粒子は二体目の巨大生物が自爆した時に付着した――そうか! この粒子が変換を阻害するだけでなく朱翔にダメージを……ええいっ!』

 朱翔の死はデュナイドの死だ。

 原因を解明するよりも朱翔の保護を最優先とする。

 すぐさま近くにいる三人にメールを送信した。

 いつ巨大生物が動くか分からぬ今、三人を危険に巻き込むが、最善なのはこの手しかない。

『私に身体があれば、朱翔にこのような負担をかけずに……』

 デュナイドは存在せぬ歯を苦々しく噛みしめた。


「朱翔さん、しっかりしてください!」

 白花は何度も呼びかける。

 微かな呻き声を上げて反応を示した朱翔に安堵する白花ではない。

「大丈夫、息はある! 急いで離れるぞ!」

 見る限り肉体的損傷はない。

 だが、腹部に付着している淡い緑色の粒子から静電気とは違う電圧を産毛で感じ取る。

 蒼太は朱翔を肩で抱き抱えれば立ち上がり周囲を見渡した。

「最寄りのシェルターはどこだよ!」

「二人ともこっちよ!」

 手招きする声はたんぽぽだ。

 白花に支えながら蒼太は意識失った朱翔を運ぶ。

「って、たんぽぽちゃんよ、シェルターどこよ!」

 息を切らすことではないが辿り着いた場所に出入り口などないため蒼太は肩を落とす。

 連動して朱翔を落としかけるも白花が寸前で支えていた。

「時間が惜しいわ。開けるの手伝って」

 たんぽぽが見つけたのはメンテナンスハッチであった。

 天然ではなく人口の島である天沼島にはいくつもメンテナンス用の経路が設置されている。

 都市伝説では迷路のように網羅されており地図無しで入り込めば二度と出られないと囁かれていた。

「ですけど、このハッチ、電子ロックですよ。たんぽぽさんの力でも開けられません」

「……残念にもね」

(セーフ)

『いや、開けられるかもしれない』

 三人のARグラスに文字を投影させたデュナイドは朱翔のARグラスをハッチに近づけるよう頼んできた。

 たんぽぽが朱翔のARグラスを外してハッチに近づければ奥から何かが稼働する音が響き、ロックが解除される。

「でかした!」

「あいつ、動き出したわ!」

「急いで中に!」

 双頭の巨人が動き出した。

 真っすぐ、四人は標的と言わんばかりに迫っている。

 後三歩というところまで迫った時にはハッチは再度、中からロックされた。


 滑り込むように駆けこんだ空間は薄暗かった。

「痛ってて、みんな無事か?」

「なんとかね」

「はい、朱翔さんも無事です」

 誰もがすぐ側にいると気配で感じられる。

「ええっと、ライト、ライト」

 蒼太はARグラスに装備された簡易ライトを起動させる。

 続くようにたんぽぽや白花もまた起動させていた。

 点灯されたライトは無機質な通路を照らし出す。

「ここが噂に聞くメンテナンス用通路ですか」

 白花は興味深そうに周囲を見渡した。

 金属の壁には幾本ものケーブルが大蛇のように伸びている。

 高さや幅の広さは普通乗用車一台ほどだ。

「迷路のように入り組んでいるって噂だからね。下手に動くのは危険だけど、現状真上に巨大生物がいるほうが一番危険よ」

『すまない。私が至らぬばかりに……』

 デュナイドは文字から悔恨を滲ませている。

「どうして、朱翔さんは変身できなかったどころか痛みを負ったのですか?」

 白花は口調こそ穏やかであるが、表情に怒りを隠しきれていない。

『恐らくは先ほど戦ったサイボーグ恐竜の仕業だろう……』

 デュナイドは淡き緑色の粒子について三人に説明した。

「二段階仕込みで来たってわけね、ああもう!」

 たんぽぽは苛立つあまり拳を壁に打ち付けた。

 閉鎖空間に乾いた音がただ響く。

「そりゃ変身封じるのはよくある手だけどさ、二回目の襲撃時に、もう対策用意するとか敵側の準備良すぎないか?」

「それだけ敵は量憑獣クアンタムビーストみたいに成長進化が速いんでしょう?」

「そういわれると納得しちまうけどよ」

「と・も・か・く!」

 白花は柏手を強く打ち、蒼太とたんぽぽの議論を中断させた。

「朱翔さんは変身ができない。真上には第三の巨大生物。島が巨大生物に破壊されるか、されぬかの瀬戸際……どうすべきか」

 たかだか一六歳の高校生に戦う力など持つはずがない。

 朱翔の場合、持っていたというだけで、誰かれ構わず持っているはずがないのだ。

 対抗手段がない今、積んでいた。

「朱翔に付着した緑のをどうにか取り除ければいいんだが?」

 今なお意識を失った朱翔の腹部には淡き緑色の粒子が付着している。

 白花が朱翔のシャツをめくる。

 皮膚にまで浸透しており、手で拭おうと消えることはない。

「ダメですね。油性マジックみたいにとはいかないみたいです」

 デュナイドに聞こうと、巨大化を阻害する粒子としか判明しない。

 つまりは除去手段がないということだ。

「今は朱翔を落ち着かせる場所まで運びましょう。メンテナンス用通路よ、どっかに職員専用の待機所とかの部屋があるはずよ」

 たんぽぽの提案に誰もが頷いた時、駆動音が響く。

 誰もが音源に顔を向ければ一台のエレキカートが近づいていた。

「ラッキー、助かった! お~い、助けてください!」

 たまたま通りかかった保守作業員か、蒼太は手を振って呼びかける。

 呼びかけるも返事はなく、エレキカートは四人の前で無人状態で停車した。

「誰も乗っていない……無人運転なの」

 無人の運転席にたんぽぽは声に警戒を乗せる。

 資材や人を乗せるコンテナが供えられたエレキカートであった。

 確かに乗用車の無人運転は実用化されているが、人が乗車していない状態での運転運用は道路交通法違反とされている。

 乗用車故に人が乗っていなければならぬという理由があった。

「この際、構いません。朱翔さんを運びましょう」

 白花の言葉に押され、蒼太とたんぽぽは朱翔をコンテナに乗せる。

 蒼太が運転席に、後部にたんぽぽと白花が乗った時、エレキカートは運転席からの操作を無視して勝手に動き出す。

「か、勝手に動き出したぞ!」

「自動運転解除できないの?」

「解除しようにもどこ触ればいい、あ、そうだ。デュナイド、さっきのハッチ解除みたいにこれも解除してくれ!」

『いや、解除は止したほうが良いみたいだ。奥より発信される信号がこの乗り物を動かしている。つまりは……』

「わたくしたちを呼び寄せていると?」

 誰が――との疑問が駆ける。

 エレキカートはただ通路を走り抜け、エレベーター前に到着。

 待ち構えていたように開いた扉をくぐり停車。扉は締まり、筐体は降下を開始した。

「随分長いわね」

「おいおい、降下表示がされてないぞ、このエレベーター」

「一体どこまで……」

 ただ下へと引っ張られる感覚と駆動音が筐体に響く。

 そして停止のち扉の開放。

 バッグで発進したエレキカーはエレベーターを出た直後で停車した。

「ここが、ゴール?」

 白花の疑問が反響する。

 周囲を見渡せば、艦船ドッグのように広々とした作りだ。

 無機質な床や壁、人が行き来する橋があり、柵の設けられた吹き抜けがある。

「島の地下にこんな場所があるなんて」

「それで、誰が俺様たちを呼び寄せたんだ?」

「ちょっと蒼太、少しは警戒しなさいよ」

 警戒抱くたんぽぽとは対照的に蒼太は好奇心が警戒を上書きしている。

「おうおう、戦艦、いや地下だから潜水艦か、作って隠してたの……わお」

 吹き抜けの柵から下を覗いた蒼太は目を点にして驚き固まっている。

 いぶかしむたんぽぽが続けて覗けば、同じように表情を固まらせる。

「どうかしたのですか?」

 朱翔を看ていた白花に蒼太とたんぽぽは声をユニゾンさせるだけでなく同時に振り返る。

「「ロボットがある!」」


 黒き巨大ロボットが金属製ベッドに横たわっていた

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