第14話 社長、参上!

 ――そのまま量子分解されて宇宙の藻屑になりやがれ!


 男が取り出した電子名刺を朱翔たちの誰一人も受け取らない。

 ストーカーの如くしつこく付きまとう男に誰もが好ましい印象を抱こうか。

 フリーの記者だと男が名乗ったのだけは嫌でも覚えている。

 巨大生物の被害者と友人に取材を行いたいと穏やかさを宿した笑みで求めてきた。

 その穏やかな笑みが能面のように張り付いた紛い物に見えて酷く不快だ。

(ぬかったわね)

(予測できたことでしたが)

(タイミング良すぎだろう。待ち構えていたのか?)

 誰もが声を潜めては苦々しい表情を浮かべている。

「早速だけどさ、巨大生物について……」

 切り出したからこそ、一歩踏み出したたんぽぽが切り返す。

「あたしたち未成年なんで、保護者通してください」

 四人の誰もが一六歳の未成年。

 保護者の許可なければ自由にARグラスの一つも購入できない年齢である。

 社会的に保護されるべき年齢だからこそ、同意なく一方的な取材は社会的マナーとしてNG。

 大衆の耳目に情報が届いたとしても、人道を無視した取材で得られたものとなれば批判は避けられない。

 もっとも記者の誰もが誰かれ構わず学校や家にまで押しかけるスタイルに批判はもう出るに出続けている。

 目の前にいる記者からすれば汚点の一つや二つ、気にしないはずだ。

 今更だから。

「ちょっとだけでいいのよ。巨大生物を間近で見た感想とか」

 朱翔たち四人は視線を瞬時に合わせては幼馴染み特有の阿吽の呼吸で同時に口を開いた。

「「「「記憶にございません!」」」」

 ピンからキリまで四人の声は見事に一致していた。

「クアンタムデヴァイサーやろうと思ったらなんか始まってなんか終わってたしな」

「そうですよね。詳細なんてニュースで知った程度ですから、さっぱりです」

 朱翔と白花は互いに仰々しく頷きあう。

 何を尋ねられようと知らないものは知らないし、分からないものは分からない。

「でもね、こうせめてさ」

 記者はなお食い下がらない。

「こっちは巨大生物のせいで思いっきりクアンタムデヴァイサーできなくて鬱憤溜まってんだよ」

「そうそう、イライラのあまりつい足を踏んづけちゃいそう」

「ちょ、踏んでる、踏んでる! 俺様の足踏んでるって!」

 蒼太が痛みに喘ぐ原因は、右足をたんぽぽに踏まれているからだ。

 意図的な演技だとしても、直に踏まれているため見るからに痛い。

 ふとここで朱翔は白花と目が合った。

(やらないよね?)

(うふふ)

 白花の目は笑っていた。ただ笑っていた。

「あ~それなら、俺さ黒樫ファウンデーションの社長と友達だかさ、色々と便宜図れるよ」

 言葉に混じる嘘の臭いはきつすぎた。

「大型イベントとかも中止だけど、どうにか頼み込んで……」

 便宜の代価は巨大生物についての取材了承。

 心待ちにしたプレイヤーなら延期したイベント開催に胸躍らせるだろうと、冷徹に言動を見聞きしていた者からすれば茶番である。

 故に幼馴染み四人誰もが思った。

 ――コケにしているのか!

「はてさて?」

 ここで記者の背後から疑問の声がする。

 カジュアルな黒一色のファッションに身を包んだ男性が朱翔たち四人と記者の間に入ってきた。

「はて、おかしいな、ダイギガントレイドは延期であって中止ではないぞ?」

 現れた人物が予想外過ぎて朱翔たち四人は顔を見合わせるしかない。

 シェルターに避難していた人たちもまたその人物の正体に声をざわつかせていく。

 そして、一人が人物の名を口にした。

「黒樫虹輝だ!」


 軽快なポップのBGMがARグラスから鳴り響く。

 拡張現実を活かした仮想広告であり、BGMだけでなく頭上にはミラーボールとサーチライトが煌めく豪華仕様ときた。

 思わぬ有名人の登場に閉塞感にあったシェルター内は瞬く間に沸き立った。

「そう、私こそ、私こそが黒樫ファウンデーションの社長、黒樫虹輝だああああああっ! 黒樫虹輝なのだああああああああああ! 黒樫虹輝だぞ、分かったかあああああああああっ!」

 自己顕示欲の強さを現すように三度名乗りながら、ゴキゴキと腰から音を鳴らし頭部が床に触れるまで腰を曲げては戻し、曲げては戻してと三回繰り返す。

「いや、ゴキゴキ鳴らすのダメだろ……」

 朱翔の冷静な指摘は無情にも場の熱狂に阻まれ届かない。

 骨や関節を無理に動かせば筋肉や靭帯を痛めてしまうことがあるからだ。

「ふう、ここ最近は内に籠って仕事ばかりだったからな、久々にハメを外してしまった」

 前髪をかきあげながら黒樫は白き歯を剥き出しに笑みを浮かべていた。

 その表情は恍惚に満ち溢れ、流れ落ちる汗を仮想のスポットライトが煌めかせる。

「なんで社長がこんなところにいるのよ?」

 たんぽぽの疑問に颯爽と答えるのは社長こと黒樫だ。

「簡単なことさ、お腹が空いた! デリバリーより直に足を運んだ方が速い! 何しろ我が社は天沼島規制ギリギリの一〇〇メートルはある高層ビル! 社長室はその最上階! 椅子に座って待っていては注文した料理が冷めてしまう! だからこそ秘書が投げる捕縛網をバク転で振り払い、オフィス街でランチとしゃれこもうと思えば……これである」

 社員食堂使えよ、と誰かのつっこみが流れては消える。

「社員食堂は確かに美味い! この私が本土から直々にスカウトした料理人たちがいるのだからな! だがのしかしのかかし! 食堂利用するとな、社員たちが遠慮して利用を遠ざけるのだよ……一利用者として接しても構わぬのに、ふっ泣けるね」

 明るく爆ぜた空気は下降する。

 人望と人徳はあるように見えるが立場がそうは問屋は降ろさせないようだ。

「お~い、クロガシ司令、磁量憑巨獣マグネギガビーストは襲来するんだよ!」

 降下する空気を上昇させる発言が飛ぶ。

 すぐさま黒樫は顔を引き締めては返してた。

「きゃつは唐突に侵攻を停止している。現在、監視を継続中だ。動き出し次第、バリバリガシガシとデヴァイサー諸君には働いてもらうからな! 後、私はではない! だ! 一番偉いのを忘れぬように! 次間違えばポイントとランクを下げるからな!」

「はい、承知しました!」

 指摘されたプレイヤーは背筋をピンと伸ばして敬礼する。

 やりとりはこれで終わりのはずがなく、戦場に飛ぶ銃弾のように無数に飛び交っている。

 ここはイベント会場ではなく、津波シェルター。

 司会もいなければステージもない。

 あのクアンタムデヴァイサーを開発した社長が現れたのだから当然であろう。

 黒樫は飛び交う声という声をなだめすかしては、記者の男と向き合った。

「さて、本題に入ろうか、君は誰だね?」

 襟首を正しながら黒樫は笑顔で記者に問う。

 その口端と目は愉悦で歪み、言葉を詰まらせる記者の反応を面白可笑しく突いていく。

「社長である身、確かに沢山の取材を受けて来たし、突撃取材もあった。あれもこれもどんな記者だったか、顔も名前もしっかり憶えている! だからこそだ! 私は君とは今初めて会って話しているのだが、さて、誰が誰の友達なのかな? かなかな~?」

 白い歯を剥き出しに笑う黒樫は記者の顔を下から覗き込んでいる。

 意図的に相手を煽り揺さぶっているのは間違いないようだ。

「い、いや一ヶ月前の六日にホテルで取材したじゃないですか」

 脂汗を流す記者は苦笑しながら言葉を絞り出すも黒樫はあからさまに首を傾げている。

「はてさてどれ、一ヶ月前だと? あれれ、おかしいぞ~?」

 首を傾げていた黒樫は右に左にとメトロノームのように首を動かし出した。

 薄暗いシェルターが顔に陰影を作るのだから笑みが怖い。

 左右に首を振るいながら吐息かかる距離まで詰めているのだからなお怖い。

 なのに周囲の人々は、またかと言った具合に腹を抱えて嗤っているのだからなお怖さを増す。

「一か月前は~私は~六日の日には~秘書と二人でホテルで朝まで多忙だったのだがね~? ね~?」

 いやん、とわざとらしい恥じらいが観衆の中より漏れる。

「あ、これオチ見えたわ」

「あの社長だしな~」

「ですよね~」

「え、どういうこと?」

 朱翔を除いた三人は合点したかのように頷いている。

 ただ一人蚊帳の外となった朱翔は首を右往左往しようと、三人から肩をすくめられるだけだ。

 目が語る。オチはこれからだと。

「前日の仕事をゲームで遊んでうっかりすっぽんぽん、じゃない、すっぽかしてしまっての~怒った秘書が私をホテルに監禁したわけなのよ~。どれ想像したの? ねえ、どんな想像したの?」

 写真を撮る人は撮られる人である。

 ならば質問をする側が質問される側になるのは必然の流れであった。

「あの社長、ゲームで遊びすぎてうっかり仕事すっぽかしてよく秘書に捕まってんのよ」

「社長ブログで秘書に連行される社長の写真UPされてるぞ」

 蒼太から送られてきたデータを朱翔は閲覧する。

 記者が取材したとされる日付では、ホテルに監禁されて仕事を行う社長の姿があった。

 首には手書きであろう<仕事をサボりません>との札がさげられている。

「汚い字だな」

 朱翔は端的な感想を述べた。

 デジタル化が進もうと手書き文化が廃れることはない。

 むしろデジタル化が進んだからこそ、本人認証システムの一つに手書きのサインが導入されている。

 筆跡は声紋・指紋のように当人を証明する大切な一つだ。

「おじいさまが見たら指導してやるとか血気に逸るかと」

 流石は書道家の娘である。

 ふと朱翔のARグラスにプライベート通話の通知が入る。

 相手はたんぽぽだ。

『安全検査、終わったみたいよ』

 誰もが黒樫に注目しすぎているため、シェルターハッチが解放されているのに気づいていない。

 アナウンスが流れようと、誰もが黒樫に夢中ときた。

「さてはてさて」

 黒樫は今なお記者に迫る。

 記者が一歩下がれば一歩迫る。

 好機だと朱翔たち四人は顔を見合わせては一斉に出口へと走り出した。

「あ、待ってくれ!」

「待つのは君だよ!」

 駆け出した朱翔たち四人を記者が追いかけんとするも黒樫が壁として前に立ち塞がった。

「さあ、社長タイムだ、うおっ!」

 唐突な揺れと重き衝撃が頭上から響き、誰もがうろたえ、すくみあがる。

 まさかとの思考を走らせたと同時、警報が鳴り響く。


<二匹、いえ三匹目の巨大生物が現れました! 繰り返します。三匹目の巨大生物が現れました!>

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