第13話 箱の中の邂逅

 ――帰ってくるのは五年後か……


「サンライト――キャリバアアアアアアアっ!」

 一刀両断。左右分断されたサイボーグ恐竜は重音を響かせながら真っ新な偽りの大地に倒れ伏す。

「うえ、グロイな」

 露わとなった両断面に朱翔は半歩引く。

 無機物部位からスパークを走らせる一方、有機物部位からタールのような高い粘性を持つ黒き液体が脈動している。

「……お休み」

 無意識が朱翔に言葉を走らせる。

 遠い遠い地から戻ってきた末路に哀愁が否応にも沸いてしまう。

「なんだよ、前といい、今回といい……」

 声が涙で湿る。心が否応にも怒りを呼び覚ます。

 ただ己の趣味のために簒奪と破壊を繰り返した元凶。

 元凶より救い出してくれた彼らと出会わなければ朱翔は今ここにいなかった。

「彼ら? 誰だ?」

 記憶喪失なのが恨めしいと何度思ったか。

 もちろん、朱翔とて周囲に与えられるまま言われるがままを信じたわけではなく、自分なりに出自と経歴を調べたことがある。

 結果として周囲より教えられた情報と一切の齟齬はなかった。

 だからこそ解せない。

 この巨大生物と朱翔に一体なんの関係があるとかと――


 カチカチカチカチ……


 洋画でお馴染みの時計音が両断された巨大生物より響く。

 右半分の無機物の一部がせり上がりカウントダウンクロックを露わとした。

 表示された時間は0:20から飛んで0:10となる。

「まさか自爆か!」

 表情を凍てつかせる暇などない。

 すぐさま真っ二つとなったティラノサウルスを肩で担いだ巨人は渾身の力を持って高く跳びあがる。

 求めるならば成層圏遥かの衛星軌道上まで運びたくも跳躍が限度。

 一気に雲の上まで跳びあがった巨人はティラノサウルスの尾をぶん回して得た遠心力でさらに高く放り投げていた。

 爆発!

 ティラノサウルスは淡い緑色の粒子を放射しながら近隣一体の積乱雲を衝撃波で吹き飛ばし、一欠けらの肉片も残すことなく散った。

「せ、セーフ……」

 巨人の中で朱翔は肝を冷やすしかない。

 島で爆発していた場合、どのような被害が出ていたのか。

 確かに天沼島はテロ行為――飛行機やタンカーの直撃にも沈まぬよう設計されているが、巨大生物という常識外の規格外に対応できているか不明だ。

 今回の戦闘にて建造物降下により天沼島が巨大戦闘に向いたフィールドとなったが、中に避難した島民たちが無事か不安でしかない。

「うえ、なんだこれ」

 気づけば淡い緑色の粒子が赤き身体に付着している。

 すぐさま手で振り払えば粉雪のように霧散した。

「帰ろう……」

 誰かに見られているような不快感がまとわりつく。

 恐らく、近海に展開している海上自衛隊の艦隊だろう。

 ネットワークニュースでも害なす巨大生物はともかく巨人の処遇をどうするか行政でも手をこまねいているという。

 朱翔自身、敵対する気などない。

 ただ人間は己と異なるものほど、理解できないものほど排斥するのだと本能が語る。

 存在するだけで人類の脅威として攻撃する可能性もあった。

「全てって簡単そうで難しいよな……」

 全てを救えると思うなどおこがましいぞ。

 帰還する傍ら、誰かの声にならぬ声が聞こえた気がした。


<ただいま天沼島は表層部の安全検査中です。建造物の上昇は検査が終わり次第、実行する予定となっております>


「今回もヒヤッとしたわね」

 シェルターの一角にて帰還した朱翔は三人に出迎えられた。

 中では避難した誰もがまだかまだかと外への開放を待ち望んでいる。

 備え付けのモニターからニュースが流れるとどれもこれも先の巨人と巨大生物の戦闘であった。

 朱翔の耳が拾うは避難者の声だ。

「あの巨人はいったいなんなんだ?」

「また助けてくれたね」

「ネットで噂の宇宙人か?」

「地球は狙われているってか、アニメじゃないんだろう」

「でもよ、実際、うザザザ――」

 ARグラスから唐突に走るサウンドノイズに朱翔は顔をしかめた。

 一度外そうとエラーは見当たらず、かけなおせば問題なく機能している。

 母親から安否メールが届いている。

 すぐさま三人とシェルターに駆け込んだと、四人全員無事だとの内容を送信した。

「これで二匹目、二度あることは三度あると言いますが……」

 不安げに表情を曇らせる白花は心なしか怒っているようにも朱翔は感じられた。

 朱翔が巨人となって戦うのに一番難色を示したのが白花だ。

 ただ肉体に憑依しているだけの理由で巨人となって誰かの可能性を守るために戦う。

 下手をすれば己の命が失われる危険性があるのだ。

 蒼太やたんぽぽも同意見であり、一時対立はするも結局のところ生きて帰るという約束を結ぶことで終息させた。

「まあ、どっか壊れたとか、犠牲が出たとかそういう速報は出てないからとりあえず無事を喜ぼうぜ、無事を!」

「あんたは気楽でいいわね……」

「背負いすぎるのもアレだぜ」

 おちゃらけに聞こえようと蒼太の発言は的を得ていた。

 第二の襲撃における人的被害は迅速な避難のお陰でゼロ。

 第三の襲撃が起こる可能性は高かろうと、今は誰もが無事である事実を噛みしめるべきだと朱翔は自分に言い聞かせる。

「一匹目はゾンビみたいなので、二匹目はサイボーグ恐竜、三匹目は何が来るのかしら」

 たんぽぽの発言には心から湧き出た苦々しさを混ぜ込んでは吐き出している。

「今なお声明が一つもないことが不気味すぎます。どうして島を襲うのか、どうして人を襲うのか、まったく謎です」

「今回のサイボーグ恐竜の出現で明らかに天然ものじゃないって証明されたしな」

 誰かが巨大生物を製造しこの島に放っている可能性。

 目的は何か、個人か、組織か、謎のままだ。

「なあちょっといいか?」

 朱翔は自身が抱く違和感を三人に打ち明けた。

「あの巨大生物、何て数えた? ほら、パンは一切れ二切れといかいうようにさ、単位は?」

「パンツ一丁二丁みたいに、一匹、二匹だろう?」

 誰もが朱翔の疑問に合点の行かぬ顔をする。

 次いでパンツと口に出した蒼太は白花とたんぽぽから白い目で見られていた。

「単位がどうかしたのですか?」

「いや、いいんだ。忘れてくれ」

 三人は顔を見合わせては困惑するしかない。

「二匹目か、二体目かで悩んでんのか?」

「そういえばメディアの報道でも二匹とか二体とかで別れていますね」

「どっちでもいいでしょ、そんなこと」

 どっちでもいい。

 たんぽぽんの発言に朱翔は自分を納得させる。

 島に、人に危害を加える巨大生物の単位など今更だ。

 ただ一匹二匹ではなく、一人二人と数えた事実を打ち明けぬことがベストだとした。

 沈黙は金だ。

「デュナイドが他に何か思い出せればいいんだが……」

 ないものねだりだと朱翔は理解している。

 チャットで語り合おうにもどうやら変身後は力を消耗しているみたく回復のため眠りについている。

 戦って分かったが、デュナイドは徒手空拳を基本に光を収束させた武器を使用できるようだ。

 たんぽぽの実家にある道場で鍛えた経験が、巨大生物との戦闘で役に立つとは思わなかった。

 武器もまた剣であったり光線であったりとその威力は申し分ない。

 他にも応用が利くのではと朱翔は思っていたりする。

 力の源は太陽光。

 日の光を一時間程浴びれば丸一日活動OKらしい。

 代替で電力でも可。

 この国での電力発電は太陽光なのでデュナイドの力を回復させるには打ってつけだ。

 電力回復にて生じる電気代は……後々考えることにした。

「あ~あ~最近、<クアンタムデヴァイサー>で遊べてないな」

 寂しそうにぼやくのは蒼太だ。

「仕方ないでしょう。巨大生物のせいでゲームしようにもできないんだから」

 プレイヤーの安全を最優先に。

 それが運営の取った決断であった。

 プレイ中に踏み潰されては目も当てられない。

「ARゲームができぬ傍ら、少し昔に流行ったスエオキとかケイタイのゲームが流行っているみたいですね」

「ああ、あれかネットで通信できても対戦とか交換とかだけで、テレビモニターの前に分厚いまな板みたいなハード置いて、ボタン沢山あるリモコンでやる奴だったか?」

 ARゲーム以前に流行っていたゲームだそうだが、朱翔からすればわざわざ専用の筐体を用意する手間暇が考えられない。

 ゲームとは気軽に楽しく遊ぶものだ。

 内にこもり場所を取るようなゲームは楽しいのか――人によっては、としか思えなかった。

「ねえ、君たちちょっといいかい?」

 ふと若い声が朱翔たち四人に声をかける。

 誰もが一斉に顔を向けると同時、覚えのある顔に誰もが心底嫌な顔を隠さず露呈した。

 あの落ち着きのある白花すらも。


 覚えのある顔なのは当然。

 巨大生物の被害者である朱翔を筆頭にしつこく取材を求めて追い掛け回す迷惑記者だからだ。




 

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