第31話 フロンティア計画

 ――ああ、忌々しい! 虫けら如きが宇宙に出るなんてイライラする!


 黒樫はタブレットの動画を再生した。

「発端は今より二〇年以上前だ」


 青地にオリーブのモチーフを用いた国際連盟旗をバックに盛大なBGMと共に募集広告が展開された。


<求む宇宙の航海士。至難の航海。 

 確かな報酬、無重力、暗黒の長き日々、絶えざる危険。

 安息とは無縁の旅路。

 されど帰還の暁には名誉と賞賛を得る>


 国際連盟主導による地球・木星間の有人惑星間航行計画。

 来るべき宇宙開発事業の先駆けとして、近い将来、人類の生活圏を宇宙に伸ばすための雛型として、プロジェクトはスタートした。


「募集条件に年齢・経歴不問を設けることで多種多様の人員を得ようとした。一部の専門分野に縛るのは計画の達成率を上げるのだが、目的は長期間の生活だ。人間が宇宙で暮らせるか、宇宙に置いて自給自足は確立できるのか、無の空間にて人が生活する基盤を如何にして整えられるか、世界規模の一大計画――フロンティア計画プロジェクトが始まったよ」

 タブレットに流れ出す動画はどうやら計画のドキュメンタリーであった。

 ノウハウどころか酸素・水・食料と人間が生存に不可欠なものは宇宙にはない。

 だからこそ先駆けは公募で集った者たちではなく宇宙飛行士の資格保有者により行われた。

 宇宙飛行士とは、一度でも宇宙に行った者のことを指す。

 つまりは航海士や旅客機の操縦士などが明確な資格を必要とするに対して、宇宙飛行士に厳密な定義や規定はない。

 強いて言うならばアメリカやロシアなどの国家が宇宙飛行士としての資格を設けていた。

「最初の一〇年はノウハウの蓄積だったよ」

 長期間の自給自足を如何にして確立させるか。

 閉鎖空間によるリスクを如何にして軽減するか。

 内外問わずトラブルの回避及び解決方法は。

 また、生活基盤となる宇宙船の改良開発も命題であった。

「実験はついに地上から宇宙で行われるようになった」

 衛星軌道上を巡る宇宙ステーション内における運用実験。

 一年間の自給自足が成功したことにより、次は地球・月間での運用試験が実施される。

 月への有人飛行などアポロ計画以来の実行であるが、本計画の目的は宇宙での長期生活の達成である。

 よってアポロ計画が成し得た月面着陸は計画外とされた。

「もちろん、地球・月間での実験は見事に成功した。ならばと次の火星間との航行も成功。次なる目的地は地球より最短でも一二億キロメートル、最長で一六億キロメートル離れた木星だ。しかし、火星と木星の間にある小惑星帯が航行のリスクとして立ち塞がった」

 次に求められたのは惑星間航行船の改良。

 塗装片一つの衝突がスペースシャトルの窓にヒビを走らせたのは宇宙に携わる者の中では有名な話だ。

 衛星軌道上における宇宙ゴミスペースデブリの速度はマッハ二である。

 大小様々な小惑星が密集する宙域を航行するのは地球において地雷原を乗用車で突き進むのと同じ。

 接触は避けられず、宇宙船の損壊は免れない。

 よって船体の装甲版の改良が行われた。

「改良に改良を重ねられた宇宙船は衝突実験にて高い耐性を見せつけ、無人機による小惑星帯の往復実験も成功を収めた」

 計画開始から一五年が経過していた。

 無人機の運用ノウハウにより地球・木星間の距離が最長一六億キロメートルあろうと往復一年に収まるまでエンジンは改良されていた。

「宇宙で運用実験が重ねられている一方、地球では宇宙飛行士の応募がまだ行われていた」

 応募動機は様々だ。

 アイドルのように子供を有名にせんとする親からの応募。

 一度は宇宙を夢見るも様々な事情により夢を諦めねばならなかった者。

 宇宙に憧れを抱く者。

 未開の地の開拓に熱意を燃やす者。

 年齢・経歴を問わずして多くの者たちが集う度、試験という篩にて容赦なく落とされた。

 体力がない。持病がある。協調性がない。薬物常習者などの書類審査を経て、次なる審査は閉鎖空間における長期間の生活。一ヶ月に及ぶ生活を経て、その耐性が認められた者が次に進むことを許される。

「その中でも若輩ながら才覚を示す兄妹が注目された」

 動画はとある施設での訓練が映し出されていた。

 水深あるプールにて宇宙服を着込んだ者たちが船外作業を模した訓練を行っている。

 器用にロボットアームを操作し絡まったケーブルを難なく解いていた。

 次にケーブルを機材に繋ぎ合わせんとした時、突然プールの照明が落ち真っ暗となる。

 施設側から送られる抜き打ちのトラブル対処訓練だ。

 光一つないプールの中にライトの明かりが幾つも点灯する。

 宇宙服に供えられたライトであった。

 とあるライトが蛍のように明滅を繰り返せば、プール内にロボットアームの駆動音が響き出す。

 そして、駆動音が止むと同時、ブザーが鳴り響き、プールの照明は再点灯された。

 機材には一本も違えることなくケーブル全てが正確に接続されていた。

 訓練者たちがプールから引き上げられる。

 宇宙服のバイザーを上げた者たちは誰もがプールサイドで一息ついた。

『ああ、びっくりした。てっきり隕石でも来るかと思ったよ』

『急に暗くなるからうっかり手元が狂いかけた』

『流石リーダーだ。咄嗟にライトを点滅させたモールス信号で指示を送って来るとは』

『サポートAIどころか無線も切れてしまったからな。身振り手振りもあの暗さじゃ無理だ。ならライトで指示を送ったほうが手っ取り早い』

 周囲からリーダーと呼ばれた少年の顔立ちは紛れもなく、柊朱翔であった。

「お、俺だ。それにみそらまでいる……」

 記憶にないはずの光景がどこか懐かしく感じると同時に胸を鋭く締め付ける。

 国籍・人種・性別がバラバラで下は一三歳から上は一八歳と一〇代で構成された八人の宇宙飛行士候補生であった。

 他人の空似だと一瞬だけ、映像を疑うも真実であるとテロップが告げてくる。

<日本出身の候補生。柊朱翔くん(一四歳)、柊みそらさん(一四歳)>

 次いでインタビュー動画が流れ出す。

 日本の放送局による独自取材であった。

『いえ~い、天沼島のみんな、見ているか! 俺様だぞ、朱翔だぞ!』

、毎回言うが僕の名前で騙るなって言っているだろう』

 回るカメラから朱翔は呆れながらみそらを引き離す。

 動画を見る朱翔は自分が<僕>だとの一人称に耳を疑った。

『減るもんじゃないでしょ、お兄ちゃん♪』

『そういう時だけ妹面しないの。というか、同じ顔でおねだりされるのは気持ち悪いわ』

『気持ち悪いって、自分の顔が気持ち悪いっていっているもんだぞ!』

『うん、気持ち悪い』

『もう今の発言聞きましたか、お姉さん。酷いお兄ちゃんでしょう?』

 そっとインタビュアーの女性の手を優しく握り出したみそらの頭を朱翔は叩いていた。

『僕たちのインタビューであって君のナンパじゃないよ』

『お姉さん、どうですか、隣のホテルで――』

『いい加減にせい!』

 残念、みそらは朱翔により引き離された。

 やや遠回りをしたがようやくインタビューが開始される。

『いよいよ出発ですがお二人の意気込みは?』

『それはですね』

『もちろん!』

 タブレット内の朱翔とみそらは息を合わせて告げんとする。


 ぐらりと映像を見ていた朱翔の意識が揺れる。

 意識の揺れは身体の揺れを誘発し、奥底より駆け巡る何かが朱翔の意識を強制的に奪い取った。

「朱翔さん!」

「朱翔!」

「しっかりしろ、朱翔!」

 遠くから白花たちの呼び声がする。

 呼び声は徐々に遠ざかっていく。


 意識を再び取り戻した時、朱翔は金属板に囲まれた部屋にいた。

「ここは……まさか、フロンティアⅦ!」

 かって搭乗した宇宙船の名を口走った。

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