第32話 近くて遠い

 ――ぐへへへへ、なんだよこれ、材料みーっけた!


「ここは……まさかフロンティアⅦ!」

 朱翔は周囲に視界を走らせた。


 フロンティアⅦ。

 フロンティア計画により、地球の衛星軌道上で建造された七番目の惑星間航行船。

 全長三キロメートル、地球・木星間を一年で往復可能とするエンジン、小惑星帯を難なく航行する頑強さ、代謝を落とし肉体を保存する冷凍睡眠装置、緊急時の脱出艇、AIによる航行補助とあらゆる技術が詰め込まれた最新鋭の宇宙船である。

 驚くべきことに船の規模と比較して搭乗人数は一〇〇名。

 上は五〇歳から下は一三歳までの選び抜かれた宇宙飛行士たちで構成されていた。

 地球から木星までの長期間の航行と生活を行うための設備が供えられている。

 今までの宇宙船と異なるのは、回転運動による慣性重力を発生させるユニットブロックが居住区や食糧生産プラントに設けられていることだ。

 地球の重力と同じとすることで無重力空間において発生する筋肉の劣化を防ぎ、食糧生産プラントにおける円滑な作業を可能としていた。


 観葉植物や窓が一つもない金属で四方を囲まれた部屋。

 ちょっとしたビジネスホテルのようにベッドやデスクがある。

 加えて朱翔はツナギのような青き衣服を着込んでいた。

『聞いているのですか、朱翔さん』

 ARグラスに白花の顔が映る。

 自分の知る白花と比較してやや幼くも、流れるような黒髪に和服は変わりない。

「ああ、聞いてる、聞いてる」

(そうか、これは記憶を追体験しているのか)

 己の身体と意志がありながら、別の位置から俯瞰している奇妙な感覚。白花とビデオチャットで話す朱翔の顔はどこか嬉しそうだ。

(そうだ。一日に三〇分、二四時間に一回だけ、地球にいる家族と通信できるんだった)

 最新鋭の通信機材、航行中に設置された中継器の恩恵により一六億キロメートルの離れた距離であろうとリアルタイムでの会話を可能とした。

 もっとも誰にも気軽にできるのではない。

 この船が機密の塊もあってか、宇宙飛行士との通信は地球にある管制局や国際宇宙ステーションの経由を必要とする。

 機密漏洩を防ぐための必要な処置であった。

 基本的に申請さえ行えば誰でも宇宙飛行士と通信を行うことができるも、宇宙飛行士の家族が優先となっていた。

『地球を発ってからあれこれ半年です。どうですか、間近で見る木星は?』

「デケースゲー」

 語彙力が失うほど圧倒的であると朱翔の目は語る。

 特に巨大な目玉のような大赤斑。

 地球二つを軽々と呑み込んでしまうスケールは圧倒される。

『ストレートなのはわかりますが、もう少し語彙力のある感想をお願いします』

「いやだからね、語彙力が失うほどスゲーんだよ!」

 太陽系最大の惑星である木星。

 地球の直径が一万二七四二キロメートルに対し、一三万九八二二キロメートル。

 水素ガスで構成されていることから、別名、太陽になりそこねた星とも言われている。

 最大の惑星故、重力は地球と比較して二,四倍。

 下手に接近しようならば木星に引き込まれ、呑み込まれる。

 ガスの惑星だからこそ地球のように地表がない。

 温度も過酷であり、表面温度はマイナス一四〇度。惑星中心にいくほど高温・高圧の三万度を超える灼熱。

 もはや人類が住むには過酷すぎて適さない。

 それにも関わらず、高重力環境まで赴く目的は一つである。

「宇宙は広いよ。水も空気も何もない無の世界だ。今回のミッションは過酷な環境下で如何にして生活基盤を築くか。今のところ、船内での生活も船外での作業も順調だ」

 フロンティア計画で培われたノウハウがあってこそだと朱翔は何度も頷いてしまう。

 前回行われた地球・火星間の航行は三〇〇人を乗せ、火星衛星軌道上において一年間の生活を成功させている。

 前回三〇〇人で成功した故、木星圏には五〇〇人をとの計画が上がろうと、遠すぎる・船の規模が規格外になりすぎるなどを理由に一〇〇人に絞られた。

(そうだ。俺はこの船で少年チームのリーダーやっていて、船の中で鍬持って畑耕したり、船外作業で外壁を修理したりと色々していたんだ……)

「そっちこそ、どうよ? 変わりある?」

『朱翔さんがいなくて寂しいですね。もう自分の身体の半分がごっそり切り落とされた気分です』

「重い、愛が重すぎる……」

『その程度で重いとはなんですか、地球に帰還したら結婚する約束なんですよ?』

「まあね」

(けっ、ケッコンッ!)

 冷静になれ。冷静になれと朱翔は朱翔に言い聞かせる。

 ARグラス越しに白花のいる部屋の背景を注視すれば見覚えある柊家のリビングではないか。

 宇宙飛行士との通信は、管制局側の配慮により家族が最優先とされる。

 ならば、結婚の約束を結んだ白花は既に朱翔の家族であり該当する。

「この船で一五歳となって、丸々一年、宇宙で過ごす。その後、地球に戻ってレポートの作成に、次なる計画の準備、訓練や更なる知識をつけるため学校に通うから下手すると二十歳は超えるな……ところでさ、親父さん、元気?」

 未来のスケジュールを口に出した朱翔の語尾がすぼまった。

「お父さまですか? 相変わらずソワソワ落ち着きがありませんよ。ニュースや新聞を閲覧する度に、朱翔さんの記事がないか穴が開くほどに探しているんですよ。もうおかしいでしょう? お爺さまやお母さまは、あんなことがあったのにと揃って苦笑していました」

「どっちだよ、あの人は……地球を発つ前に、帰ってきたら娘さんと結婚しますって言ったら、テーブルひっくり返して殴り掛かかってきたからな」

『みそらさんも乱入して大変でしたね。最後はお父さまを足場にして双子同士の殴り合いですし』

「あの後、上から出発前にケンカするなって怒られたよ」

 一四歳といえばまだ中学生である。

 ほんの少し先の未来とはいえ、娘の友達が義理の息子となる。

 娘を溺愛する父親からすれば怒り狂うのは当然だ。

 毛嫌いしているかと思えば、ニュース記事を探すあたり、それなりには認めていると朱翔は見る。

(まさか、白花が婚姻届けを肌身離さず持っている理由は!)

 記憶喪失に陥ろうと、結婚の約束だけでも思い出して欲しい願望を抱いていたのではないか。

 もちろん、これは朱翔の推測。真相は白花のみが知る。

「おっと、そろそろ時間か」

 ARグラスにサブ表示される時間が残り一分を切っている。

 本来なら両親と通話すべきだが、地球にいる両親は三〇分全てを白花に譲っている。

 遠い惑星にいる故、想いを伝えあって欲しいという親心であった。

「じゃ、おやすみ、白花」

『はい、おやすみなさい』

 通信が切れる間際、白花は照れ顔で投げキッスを飛ばしてきた。

「慣れないことしないの。でもありがとう」

 通信終了が映るARグラスに朱翔は笑みを零す。

 今頃、恥ずかしさのあまり悶絶している姿が目に浮かぶも、遠い地にいようと確かに届いた想いが胸を温かくした。


「なんだ?」

 余韻に浸ろうとした朱翔を妨げるように緊急アラートが鳴り響く。

 朱翔はすぐさまARグラスでキャプテンに通信を開いた。

 宇宙飛行一〇回は超えるベテランのアメリカ人男性(五〇)。

 その培われた経験は無の宇宙を航行する上で、非常に頼りとなった。

「何があったんですか、キャプテ――うわっ!」

 強かな揺れが船に走る。

 揺れにより身体を跳ね上げられた朱翔は背面を壁に強く打ち付け、意識をブラックアウトさせた。

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