第8話 三人だけの秘密の会話
――本艦は一八〇秒後に……修正、一〇秒に自爆します。
白花には秘密がある。朱翔には決して言えぬ秘密がある。
後ろめたい隠し事だと自覚はある。
時に胸が罪悪感に押し潰されそうになる。
彼のためだと、彼の幸せのためだと自分に何度も言い聞かせてきた。
蒼太やたんぽぽがいなければ今頃、一人心を壊していただろう。
全ては彼が幸せに暮らすため。
もう二度と彼を失わないため。
蒼太・たんぽぽ、そして自分と朱翔を除いて秘密話をするのは何度目か、白花は数えるのを止めた。
『まあともあれよ、二人が無事で良かったぜ』
ARグラスを介したグループ通話で蒼太は声に言い知れぬ喜びを乗せていた。
『無事なのはいいけど、あの巨大生物、また出てくる可能性がありそうね』
「ニュースを閲覧しましたが世界中で話題になっています」
『あんなでかい天然記念物、いてたまるかよ』
行政では巨大生物の破壊行動を災害か、テロ行為かで意見が割れているそうだ。
巨大生物を誰かが使役している可能性もあれば、地球に住まう原種である可能性もあり、天然記念物として保護すべきとの声も出ている。
かつて朱鷺と呼ぶ特別天然記念物の鳥がいた。
一時期、人により個体数を激減させたが中国より贈られた朱鷺と繁殖させることで絶滅を食い止めた歴史がある。
当然ながら巨大生物を朱鷺と同列に扱うことに疑問視する声もあった。
朱鷺は人を食わぬ。
建造物を破壊し、人を襲う巨大生物は保護するには人の手に有り余る。
下手すれば人が絶滅危惧種に陥る可能性もあった。
『朱翔の奴は?』
「先ほどこっそり、ベッ、ごほん! 病室を覗きましたが検査でお疲れのようで眠っていました」
『おう、それなら夜這いのチャンスじゃねえか』
『空気読め、バカ!』
「それは後で」
『まあ、あんたがやりたいならやればいいし』
「今、わたくしたちが警戒すべきは巨大生物や巨人よりも本土や外国から島にやってくる人たちです」
顔と心を引き締めて白花は言う。
今、世界中が天沼島に注目している。
ただでさえ希有な太陽光発電システムを運用している島だ。
巨大生物と巨人の出現により更なる注目を集めている。
行政側は、第二の巨大生物襲来に対して安全のために入島自粛を出してはいるも、我先にと情報を獲とくせんとする者に聞く耳などない。
大衆の耳目に情報を届けるマスメディアが聞く耳を持たぬなど皮肉である。
巨大生物の影響で島への観光客が激減しようと、巨大生物撮影に訪れる動画配信者が空港でインタビューを受けているときた。
本土より上陸したマスコミは案の定、自宅・学校・病院構わずこぞって被災者や家族に熱の入った取材を敢行しているのが三人にとってかなりの迷惑であり大問題だった。
「周囲の人々の協力もあって朱翔さんは日常を謳歌できています。巨大生物に被災した朱翔さんをマスメディアが放置しておくはずがありません。一応、おじいさまが手を打っているようですけど」
『朱翔の名前ですぐさまピンときて、あることないこと聞いてくるよな。あのことと関連づけてくる可能性だってあるし』
『蒼太、あんたはすぐ美人に鼻の下伸ばすから気をつけなさい。うっかりポロリしないでよ』
『安心しなよ、たんぽぽちゃん! たんぽぽちゃんのポロリが決してないように、親友をマスコミにポロリするなんてこたあ、俺様にはない!』
『それどういう意味じゃゴラっ!』
集音マイクが瞬時に猛り上がったたんぽぽの声を拾う。次いで拾う音はガラリと窓を開ける音。ウゴっと男のうめき声がすれば、通話に打撃音と倒壊音が混じり出す。
白花は吐息混じりでARグラスを操作してカメラを切り替える。
グループで視界を共有するアプリを起動させていた。
「あら、もう終わりですか? 今回は早かったですね」
たんぽぽのARグラスと視界共有した白花は反転した視界に素っ気ない言葉を零す。
フローリングの床には蒼太のARグラスが落ちている。
視界をまた切り替えれば、たんぽぽにバックドロップを決められた蒼太の姿が映り込んでいた。
蒼太とたんぽぽは家が隣同士、なおかつ私室が窓を開けて目と鼻の先。毎度のいらぬ発言は急転直下の自業自得。そしてドアの隙間から騒動を覗くは蒼太母。白花はオープン会話に一時切り替えた
「あ、おばさま、蒼太さんをお借りしております」
『あら白花ちゃん。いいのよ、どうせバカ息子が余計なこと性懲りもなく言ったんでしょ? まったく誰に似たのやら』
「ぐふっ!」
蒼太母は苦笑しながらバックドロップでエビ反りとなった息子の額を叩いては退室する。
「蒼太さんはもう少し女心を学んだ方がよろしいかと」
『お、おう、俺的にはたんぽぽちゃんに増えて欲しいのは、お淑やかさと慎ましさとバス、どふっ!』
とどめにと、無言のたんぽぽが垂直落下で放つエルボーにて蒼太は果てた。
『バカは黙らせたとして、白花、お爺さんがなんか手を打ったとか言ってたけど?』
「一応、島では名士として知られていますし本土にも多くのお友達がいます。被災者家族としてマスメディアに取材自粛を要請するそうです。後、学校のほうにも話を通してあるとか」
『さ、流石は白花の爺さん、歳食ってるだけに顔が広い、俺が女だったら惚れて、ぐほ』
ダメージ癒えぬ蒼太は無理して声を出したからか、再度果ててしまう。
「ともあれ万が一もあります。わたくしたちも対策を講じておくべきです」
『登下校とか必ず絡んでくるわよね。モノレールに乗ろうならば到着するまで出るに出られないし』
「一応、わたくしなりの考えはあるにはあるのですが、お父様をどう説得するかの壁がありますので」
『『あ~なるほど』』
蒼太とたんぽぽは幼馴染みの機微で同時に察していた。
「まずは明日の朝にでも、おじいさまに相談してみます。朱翔さんの退院の是非は明日行われる精密検査次第とお伺いしておりますので。まあ、わたくしもですけど」
ふと隣室に人の動く気配がする。
白花は耳を澄ませば、特有の歩調にて朱翔が廊下に出たのだと判断する。
「ちょっと朱翔さんの様子を見てきます」
『夜這いGO!』
『グッドラック!』
信頼しあえる友達を持って白花は幸せだ。
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