第7話 ああ、恨めしきは記憶喪失

 ――てめえら好き放題暴れやがって、計画台無しじゃねえか!


 思考が上昇していると、朱翔はぼんやり感じていた。

 連動して消毒された空気が鼻孔を刺激する。

「――っ!」

 朱翔は瞼を開くなり白きベッドから頭を起こす。

 口元にだらりと垂れ下がる唾液を手の甲でぬぐい去ると同時、痛烈な目眩が襲った。

 続けて悪寒も起こり、全身が雷に打たれたかのように強く痙攣する。

「ぐ、ぐうっ……ここって?」

 痙攣は一瞬の突風であり節々に痛みだけが残される。

 改めて周囲を見渡せば、見知った部屋ではなかった。

 病院のような清潔感ある空気、三方をカーテンにて仕切られ、ベッド脇にある機械が規則的な音を放ちながら数字をモニターに表示している。

 違和感走る首元に手をやれば、チョーカーのような機器が装着されている。

 確か患者の容態をモニタリングするための医療用端末だと記憶していた。

「もしかしなくても病院?」

 独特の匂いが朱翔の中で一番古い記憶を呼び覚ます。

 目覚めたら病室だった。己が誰か、名前すら忘れていた。

「振り出しに戻るって記憶あるから振り出しじゃないか」

 漠然と状況が把握できない。

 確かなのは人間ドックで着るような薄っぺらい病院着姿でいることだ。

「えっと、俺は……」

 思考が霞に包まれ、大切な何かを思い出せない。

 思い出そうとする朱翔は開くドアにより中断される。

「あ、朱翔!」

 ドアを開いたの母親だった。ベッドで半身起こす息子の姿を見るなり、激突するように抱きしめてきた。

「か、母さん、痛い、痛い!」

 四〇越えた大人がすることかと抱きしめられる痛みに朱翔は涙目だ。

「ご、ごめんなさい。丸一日眠っていたものだから」

 涙ぐむ母親の身体は微かに震えていた。

「そうだ。俺」

 母親に抱きしめられた痛みが起爆剤となり、先日の記憶を思い出す。

「母さん、白花は! 白花の安否は!」

 朱翔は今なお抱きしめる母親を振り払う。

 巨大生物に襲われた際、朱翔は白花に寄り添い共に最期を迎えるつもりでいた。あのプラズマに焼かれて死んでいるはずが現に生きている。ならば白花も生きている可能性を微少だとしても抱いてしまう。

「白花ちゃんなら隣の病室に、あ、こら、待ちなさい!」

 無事な姿をこの目で焼き付けんと朱翔はベッドから飛び出した。飛び出した拍子に身体につけられていた心電図のセンサーが外れ装置からアラートが鳴り響こうと関係ない。

「えっと、右か!」

 薄っぺらい病院着のまま素足で病室を飛び出した朱翔は右往左往した後、白花の名札を発見する。

 ノックもなく駆け込んでいた。

「白花!」

 唐突に開かれたドアに病室内の誰もが驚き視線を集わせる。

 朱翔が真っ先に目についたのは白花の両親と祖父だ。

 駆け込んできた朱翔に目を丸くしているが無礼を承知でベッドの主に突撃していた。

「あ、朱翔さん」

 ベッドには朱翔同じ薄っぺらい病院着を着込む白花がいた。

 視線を頭の先から足の先まで何度も往復させる。シュシュで束ねた髪は下ろされ、シーツには足らしき形が浮かんでいる。

「ごめん!」

「きゃっ!」

 重ね重ねの無礼を承知で朱翔はシーツをはぎ取るなり、白花の生足を確認した。

「ある、ちゃんとある! しっかりあるぞ!」

 家族が愕然と驚き固まっていようと関係なく、瑞々しい白花の生足を掴んでは舐め回すように確認していく。鉄骨に下半身を挟まれた白花は両足を欠損していたはずだ。それが元から欠損していなかったように、両足はしっかりと白花の身体から離れていない。

「繋ぎ合わせた痕もな、い……あっ!」

 朱翔の目線は間接部から股間に移っていた。

 控えめながら乙女の花園が必然と視界に入る。

 同時、背後から凄まじい殺気が放たれた。

「こんのクソガキャあああああああああっ!」

 殺気の発生源は白花父。目に入れても痛くない一人娘の下腹部を泥棒野郎がご拝見なのだから、怒るのは当然である。

「俺の前でマイエンジェルの花園を舐め回すように堪能するとはいい度胸してんじゃねえか! ここは病院だ! そのまま霊安室どころか火葬場に、ぐぼぎゃっ!」

 怒髪天の白花父は握り締めた拳で朱翔をぶちのめさんとした時、後頭部から打撃音が響く。見れば白花母がパイプ椅子で旦那を物理的に黙らせていた。

「あなた、ここは病室ですよ。お静かにしてください」

「そうだぞ、バカ息子。婿野郎は白花が心配のあまりちぃと暴走しただけだろうがって返事がないな。いい機会だ。そのまま入院しとれ」

 朱翔は微笑ましい視線にて芽生えた羞恥心の中、白花の足をシーツで覆い隠す。

「ごめん、つい」

「い、いえ、朱翔さんこそ目が覚めたようで安心しました」

 視線を合わせ辛くともどうにか会話は進んでいた。

「一体何が」

「ほれ、こういうことじゃよ」

 白花祖父は病室備え付けのテレビをつける。

 時刻的にお昼なのか、ワイドショーが流れており、天沼島に現れた巨大生物と巨人の話題で持ちきりであった。

「え、え、えっと」

 何度も繰り返し流れるのは防犯カメラの映像だ。

 巨大生物が巨人の放つ光線にて消失。その後に巨人より展開されたオーロラにて破壊された建造物や負傷者どころか死者を完全復活させていた。

「ゆ、夢、じゃなかったのか」

 記憶が想起され、身体の震えが朱翔の全身を駆けめぐる。

 自分自身が赤い巨人となり巨大生物を戦い、倒した。

 そしてオーロラで建造物修復どころか死者すら復活させた。

 それから病院で目覚めるまでの記憶はない。

「まあ何はともあれ、婿野郎、白花から聞いたぞ。お前さん、白花に寄り添ってくれたんだってな」

「え、ええ」

 今更ながら恥ずかしさがこみ上げてきた。

 白花は記憶喪失の身に親身に寄り添ってくれた。

 だからこそ最期まで寄り添おうと決めた。

 結果として生存し、その話を聞かされると耳が熱くなる。

「おう、流石は婿野郎だ!」

 白花祖父は快活に笑いながら朱翔の背中をバシバシ叩く。

「おじいさま、それぐらいにしてください。朱翔さんは困っていますし、そろそろ検査の時間ですから」

「おう、そうだったな。さて、これどうするかな」

 これ=白花父を眼下に白花祖父は処分に悩む顔をしている。

 息子の扱いが杜撰すぎではないかと朱翔は渋面を作るしかない。

「あ、俺も戻るわ」

 母親が病室の前で待っている。

 目覚めたと同時に飛び出したのは連れ戻されても仕方ないが、気を使って待ってくれていた。

「では、また後で」

 にこやかに手を振る白花に送られ、朱翔は自分の病室に戻っていく。


「ん~どこも異常なし。健康そのものだよ」

 診断結果は朗報であろうと、医師の顔は優れない。

「なんで無事だったんですか?」

 朱翔は情報を整理するため思い切って聞いてみた。

「私が言うのも何だけど、分からないんだよ。君は現場にいたね。そしてニュースも見たね。あれだけでかい生物が暴れて無事な方がおかしいんだよ。いや実際おかしいんだ。あの時、被害に遭った患者全員が巨大生物や瓦礫に潰されたと証言しているんだ。けど、生きている。あれほどの質量に潰されて生きているなんて医学的にあり得ないんだ」

 医者も匙を投げるほどの奇跡ときた。

「あの巨人については?」

「その巨人が放ったオーロラが原因ぽいんだけど、これまた正体と原因は分からないんだよ」

 朱翔は再び渋面を作るしかない。

 巨大生物を殴り飛ばした感触を確かに覚えている。

 紛れもなくあの巨人は朱翔だ。巨人となり巨大生物を倒すだけでなく、奇跡の力で死傷者を復活させた。

 ――何故、巨人となったのか?

 自問しようにも記憶喪失であるため、自答には至らない。

「そうだ。先生、俺って一年前、落雷に遭ったんですよね?」

 尋ねるなり医師の目は朱翔ではなく、付き添いの母親に一瞬だけ向けられた。

「確かに、一年ほど前だね。下校途中に落雷に遭って、この病院に緊急搬送された記録がある。火傷の治療とカウンセリングを受けた記録もあるね」

 ARグラスで電子カルテを精通する医師は告げた。

 巨人となる寸前、雷に打たれたような衝撃が走ったのを朱翔は覚えている。

 因果関係があると疑うのは当然だが、これまた記憶喪失であるため確証を得ようにも得られず、記憶喪失である己が恨めしい。

「そう、ですか」

 元から期待などしていなかったが、落胆の色を朱翔は隠せなかった。

「ともあれ一晩様子を見よう。目覚めた途端に激しく動いたんだ。医師として無理は看過できないな」

 ただ、ただ朱翔は頷くしかなかった。

「では失礼します」

 母親が医師にお礼を告げるのを背に受けながら朱翔は診断室を出た。

「でも健康だって。安心したわ」

 ここ一年、母親と呼ぶ女性、父親と呼ぶ男性と暮らしているが、双方、少しばかり表情が柔らかくなってきたと朱翔は思う。

 一年前は、確かな距離感と重い空気があり、大きな家での三人暮らしはどこか広すぎる感じがした。それでも母は愛情を注いでくれた。父もまたどんなに仕事が忙しかろうと必ず夕方には帰宅した。

 三人で囲む食卓は確かな温かさがあった。同時に一抹の寂しさもあった。

「ああ、そうだ、これあなたの」

 母親は思い出すかのようにARグラスを取り出した。

「これがないと色々と不便でしょう? 一応、マネーチャージはしてあるからジュースでも飲んで一息つきなさい」

「ありがとう、母さん」

 白花とのデートで多めにマネーチャージはして余裕はあるのだが子供として母親の好意に甘えておこう。

「お母さんは一度帰るけど、病室が白花ちゃんと隣だからってイチャイチャしないように」

「あのね~」

 注意する割に母の顔はにやけている。

 夜中に逢い引きしろと言わんばかり目が語っているから困る。

 子供同士の交流が端を発するとは言え、母親同士の仲はかなり良好だ。

 あれやこれよと我が子たちの情報を交換しているのだから、秘密はあってないようなものときた。

「ったく四〇越えたおばさんが言うことかよ」

 呆れる朱翔はARグラスをかける。

 既に病院内のネットワークに接続済みのようで、父親を筆頭に蒼太やたんぽぽからメールが届いていた。

「後で返信、うわっ!」

 眼鏡が結露で曇るようにARグラスが赤玉色ルビーに染まる。システムエラーかと思えどもエラーは検出されない。ARグラスを外せば診察室前だ。今一度ARグラスをかけるも赤玉色に染まったまま。赤玉色は意志を持つように集い、人の形を作る。

「お前は――誰だ!」

 記憶に無かろうと身体が知る存在がARを介して朱翔の前にいた。

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