第6話 Δ計画
――通信途絶から七八日が経過しました……
黒樫ファウンデーションからのお知らせです。
日頃より弊社ゲームをお楽しみ頂き、誠にありがとうございます。
クアンタムデヴァイサーは安全性の問題により一部イベントの延期が決定いたしました。
アンチマグネ兵装製作イベント・建造物破壊キャンペーン・ダイギガントレイドは延期させて頂きます。
再開時期が決まりましたら改めてお知らせいたします。
ユーザーの皆様には快適なARプレイ環境をご提供できていないこと、心より深くお詫び申し上げます。
「さて幹部諸君、由々しき事態となった」
最小限の照明で照らされる会議室。
円卓に座する九人の誰もが沈痛な趣を浮かべている。
その一人こそ黒樫、その人であった。
「巨大生物の襲来、その巨大生物を倒した謎の赤い巨人。巨大生物により建造物は軒並み破壊され多くの人命が失われた、はずであったが……」
円卓中央に映像が投影される。
ワイドショーによる巨大生物出現現場からのメディア中継。
破壊の痕跡一つ無いことに現地レポーターが疑問を浮かべている。
被害者とされる男性にインタビューを行っているも前後の記憶が曖昧で要領を得ない。ARグラスに保存された映像を閲覧しようにも記憶と同じようにメモリからその間のデータが消失していた。
「どんな力を使ったのか、奇跡としか言いようがないな」
「感動するのは同意するが、どうするんだよ、社長?」
一人に何を指摘されたのか、気づかぬ黒樫ではない。
「どうするもこうするも何するも告知した通りクアンタムデヴァイサーのイベントは延期だよ、え・ん・き!」
「下手すれば中止だな」
「プレイヤーの安全が最優先だ。ひいおじいさまが言っていたが、人がいてこそ遊戯は楽しめる」
来月に控えた大型イベント・ダイギガントレイド。
スケジュール通りならば準備イベントを経てつつがなくダイギガントレイドが行われる予定であった。
社長自ら募集した建造物破壊キャンペーンも世界各地から沢山の募集があろうと巨大生物出現により中止せざる得ない。
タイミングが悪すぎたのだ。
現状、損害や犠牲が出ていないとはいえ生きているからこそ恐怖は残る。今ままでにないレイドバトルの企画が巨大生物のリアル出現により裏目となっていた。
「SNSでは我が社の悪質なイベントだと非難するコメントが多く流れている」
「一部の株主からも批判的な声は出てきていますね」
「やれやれ現実の有機物と仮想の無機物の区別すらつかんのか」
「バカに何を言おうと聞いてないからバカなのだろうよ」
家ではなく外で身体を動かして遊ぶゲーム。
それがARゲーム最大の売りだ。
いくらプレイスペースを確保しようとプレイヤーが巨大生物に潰されては意味がない。
何よりも巨大生物の正体が不明なのも大きい。
SNSでは古来より地球に存在していた原種か、それとも宇宙より飛来せし外来種かで議論が起こっているほど。
ワイドショーでは、ゲストとして呼ばれた動物学者が赤き巨人により細胞片一つ残らず巨大生物が消失させられたことでDNAサンプルが回収できずにいると嘆いている始末だ。
「明日、巨大生物と被害調査のために本土から政府が調査隊を派遣すると閣議決定しています」
穏やかな声でARグラスから資料を読みとるのは社長秘書だ。
まさに美人秘書と呼べるスカートスーツと首元のスカーフが似合うグラマラスな女性だ。
「ん~む、少なくとも我が社に顔を出すだろうな」
「少なくではなく、必ずかと」
秘書の補足に社長はおどけた顔で肩をすくめるしかない。
目は口程に物を言うと、社長の目からは面倒臭い感情が駄々洩れであった。
「我々と違い政府には巨大生物に対する情報は尻の毛一つもありません。微々たる情報でもかき集めるためにあらゆる手を使ってくるでしょう」
「と言ってもよ、こっちが把握しているのは、巨大生物は宇宙の怪獣であること、狙いは島中央にある太陽光発電システム、そして対抗手段の三つだ。怪獣出現の日までは把握してないっての」
「あの怪獣が太陽光発電システムをどうするか最大の謎だが、破壊及び掌握されようならば日本全土に大打撃だ」
生活基盤や経済がネットワークと深く結びついた現代社会だからこそ避けられぬ問題。
電力がなければネットワークは機能しない。
電力喪失による通話不能などまだ序の口。
空港は飛行機の管制を行えず、船舶はGPS使用不可にて座礁を招く、入院患者が治療を受けられず死亡する危険性もあり、火災などの災害が起ころうと通話不可なため救援を要請できない。
かつて原子力発電に頼ったように、太陽光発電システムは日本の生命線だ。
太陽光集積衛星より照射される太陽光は、天候に左右されず潤沢な電力生産を確約し現代日本を支えている。
万が一システムを悪用されれば大量破壊兵器に様変わり。
天沼島が太平洋上に建造されたのも、太陽光照射による延焼被害を抑えるためだ。
海上に建造が決定した時でさえ、環境破壊やら兵器製造だと国内外問わず非難轟々の嵐であった。
もし都市部に集積された太陽光を照射されたならば、最大出力で関東一円が焦土と化すシミュレーション結果が出ている。
確かに国家の一大事に一企業の情報秘匿は非難の嵐だ。
一部では国家に情報開示すべきとの意見があろうと、結果として全会一致で秘匿を選んだ。
企業、いや社長の所有する物が企業利益に直結していること、一国家が運用するには重すぎるとの結論であった。
「では、幹部諸君、改めて
黒樫は右手を振るい、円卓中央に別なる映像を投影させる。
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黒樫ファンデーションが極秘裏に進めている一大計画。
ARゲームとは一切関係なく、一企業が行うには大きすぎ、なおかつ世間に露見すれば企業倒産を招く諸刃の計画だ。
「この
「デルタだ。デルタ。なんのためにルビ振ったと思ってんだ」
「お前、この前
「
「
「あ~もう誰も彼も好き放題言いおって! 社長侮辱罪でまとめて解雇するぞ!」
「来るなら来いやオラッ! クーデレ起こしてやるわ!」
「それ言うならクーデーターだ! クールにデレてどうする! ヤローにデレられるなど気持ち悪いわ! 独身への当てつけか、この新婚尻敷かれ野郎め!」
「小学生の頃でしたか、円周率習うなり人の胸元にπと書いたリアルペーパー貼り付けたバカいましたね」
「なにを言うか、君が先に私の股間にクサイのξを張り付けてきたからだろうが! 私は息子を毎日欠かさず洗っておるから、臭いどころか君のおぱーい同様、綺麗で立派だぞ!」
「お前ら真面目にやれ! Δ計画から脱線しているぞ!」
先ほどまでの張りつめ重い空気はどこに消えたのか、あーだーこーだといい歳した大人たちが子供のように大人げない言い合いを始めている。
この黒樫ファウンデーションは幼馴染みや小学校時代の同級生九人でスタートした。
誰もがプライベートでの交流も深く、共にARゲームを誰よりも楽しんで来ただけあって、起業後、社長や幹部、秘書の立場になろうと役職を一切考慮せぬ遠慮会釈のない物言いは日常茶飯事ときた。
一人がバカやれば伝染するように広がってしまうも不思議と企業経営に影響は無かった。
「では諸君、おパーイやクサーイについては朝までホテルで語り明かすということでいいかな?」
『いいわけねーだろう!』
幹部と秘書から飛ぶ一斉の反論に社長の案は否決された。
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