第49話 対・立

 ――僕様の夢は宇宙一のドクターになって病気をなくすことです。


 チュベロスは動画解放にて沸き上がる地球人の反応にうっとり顔だ。

「ん~心地よい声ですな~」

 思惑通りの予定通りで笑いが止まらない。

 木星圏でフロンティアⅦが消息不明となった原因。

 たった二人のクルーが他のクルーを殺害し、船を爆破させた。

 一部では動画削除に躍起となっているが、地球人の技術レベルで削除できぬようプロテクトを施してある。

「嘘でも本当でもネットに流れていれば真実だと思いこむ地球人は単純で扱いやすいわ!」

 我慢に我慢を重ねて笑うのを堪えていたチュベロスは外に吐き出さんとばかり笑い転げる。

「う、うあわわわっと!」

 あまりに笑い転げるのだから、ドングリ・おむすびよろしく機械の山から転げ落ちていた。

「ふぎゃ、ふぎゃ、ぷぎゅふ!」

 転げに転げ、加速を得んとした時、連なり聳える金属の柱に鼻先から激突してようやく停止する。

「あ~痛ってて、ハメ外すどころか背中の毛皮まで外してしまったぜ」

 緑色に腫れた鼻先を抑えながらチュベロスは、べりっと剥がれた背面の毛皮を唾で張り付ければ、のしのしと金属の坂を歩き出した。

「ん~香ばしい反応にご褒美だ。ありがたくちょうだいしな!」

 チュベロスは端末操作で更なる動画を追加する。

 それは朱翔とみそらが巨人へと変身する瞬間の映像だった。


 柊朱翔と柊みそらはフロンティアⅦクルー。

 あの木星圏で沈んだ船に生き残りがいた。

 加えてクルーたちを殺害し船を沈めた犯人。

 情報統制など無意味と氾濫する映像にメディアの誰もがこぞって取り上げる。

 各国の政府が統制に走ろうと流れ出る情報に押され、対処できずにいた。

 中には国連の取り決めを破り、抹消されたフロンティア計画を独自に公表する国まで現れ始め、混乱を極めていく。


 朱翔は駆ける。息を切らせながら歩道を駆ける。

 すぐ隣で肩を並べるみそらもまた息を切らせながら駆け抜ける。

 ARグラスにはニュース番組が流れ、今話題のフロンティアⅦで持ちきりとなっていた。

『まさか島に宇宙人が潜んでいたのには驚きです』

『過去、国連はフロンティアⅦの無惨な姿を公表しています。今回の映像で、当時船内で何が起こったのかを知ればその規模は計り知れません』

 キャスターやコメンテーターが好き勝手に喋る。

 現場にいたことも向かったこともない癖に、我が事のように語れる傲岸無知さに苛立ちを抱く。

 現状、何も手を出せぬ事が歯がゆい。

 フロンティアⅦはブラックホールに消え、真相を示すデータは何一つない。加えて国連が以前公表した捏造写真が今回の動画の信憑性を底上げしている。

 偽りの上に塗られた偽りが大衆に真実として固定されてしまった。

「朱翔、再確認だ。ギアの認識阻害フィールドは作動しているよな?」

「再確認完了、大丈夫、しっかり作動している」

 朱翔はARグラスを介してシステムの作動を再確認する。

 デュネクスギアに備えられた認識阻害システム。

 これは文字通り、ギア所持者への認識を阻害させ当人とは思わせない。

 変身前後において巨人の正体露見を防ぐためであるが万全ではない。

 あくまで誰と思わせるだけで、言動から当人へと推理されるリスクもあった。

「母さんたち、無事でいてくれよ!」

「あのお袋だぜ! 親父と一緒に無事だっての!」

 家は、家族は無事なのか、胸が張り裂けそうだ。

 ただでさえ宝探しゲームで欲に目の眩んだ連中の手で個人情報が流れ出たばかり。

 黒樫の手により大衆の目から逸れ、沈静化してきた矢先に起こったチュベロスの映像公開だ。

 フロンティアⅦ爆破とクルー殺害の犯人に仕立てられるだけでなく、巨人の正体まで暴露された。

 黒樫協力の元、防犯カメラの死角となる場所で変身しているというのに解せなかった。

「人目とか細心の注意を払っていたのになんで変身の瞬間を撮られたんだ!」

「超小型か、超望遠か、次元を越えるカメラかで撮影したんじゃないのか!」

 ありえると頷きかける朱翔だが、自宅が見えてきたことでひとまずの疑問を飲み込んだ。

「こいつは――」

「人だかりだね」

 自宅は警察により封鎖され、立ち入り禁止テープが張られている。

 テープの前には顔知るご近所さんや顔知らぬ野次馬が集い人垣を築いている。

 互いに顔を見合わせた朱翔とみそらは他人を装い、人垣に紛れて自宅の様子を伺った。

 そして、自宅の変貌に愕然とする。

 室内にあるべき家具が庭に散乱、窓ガラスは全て割られ、カーテンが風により外へとはためいている。家を出入りする警察の表情はどこか複雑だ。

『い、家が、僕たちの家が!』

『クソが!』

 声に出さずARグラスの秘匿通話に切り替える。

 ただいまとおかえりを告げる温かな家が今、冷たい建造物に成り下がっている。

 誰がした。誰だ。ぞわりと髪の毛が逆立つ怒りが朱翔とみそらを襲う。

 ふと人垣より漏れ出る声を耳が拾う。

「あの動画が出た後、大挙して押し掛けてきたそうよ」

「あの顔覚えがあるわ。ほら、この前の宝探しの時、家に押し掛けてきたけど、朱翔くんに殴り飛ばされていた人たちよ」

「宇宙人狩りとか言って押し入ったみたい」

『あいつら、ぶっ殺してやる!』

『落ち着け、みそら、今動けばあいつの思うつぼだ!』

 義憤のまま飛び出そうとするみそらの肩を朱翔は掴む。

 実際に暴れたのはみそらであるが、異性だろうと双子なのを良いことに、ご近所にはみそらではなく朱翔で通していた。

 外出に上手く活用したのがデュネクスギアの認識阻害であった。

「旦那さんと奥さん、家にいたみたいだけど、どこに行ったのかしら?」

 ご近所さんの心配する声に朱翔とみそらの義憤はひとまず停滞する。

「連れて行かれた訳でもないし、警察も探しているみたいよ」

 両親の行方は知れず。

 ならば探しだそうと野次馬から背を背きかけた時、ご近所さんたちの会話に足を止めた。

「朱翔くん大丈夫かしら」

「記憶喪失になって散々だったけど、白花ちゃんたちのお陰でようやく日常生活に馴染んできたのに」

「朱翔くんの隣にいた子、どう見てもみそらちゃんよね。生きてたの?」

「私、あの子たちがあんなことするとは思えないわ」

「そうよね。朱翔くんはともかく、みそらちゃんは喧嘩早けど、大抵はいじめている相手にたんぽぽちゃんと一緒に立ち向かっていたし」

「そうそう、あの子たちにうちの子が何度助けられたか。お陰で今じゃ自分から強くなろうってスポーツに勉強とか頑張っているのよ」

 映像に疑心を抱く者がいた。

 物心つく前から柊家と交流のあるご近所の面々だ。

 誰もが非難することなくその安否を案じている。

「ふざけんな、あいつらがいるから島が怪獣に襲われたんだろうよ」

 疑心を上塗りする恨み節が野次馬から飛ぶ。

「あんたらもあの映像見ただろう。腕から光線出してクルー殺害して船爆破したの! あんなの人間じゃねえ! バケモノだよ!」

 苛立つように叫ぶ野次馬に、ご近所さんの目は冷ややかだ。

 誰もが目に、筋違いの身勝手な責任転換だとため息の反応ときた。

「宇宙に出て、宇宙人と出会ったと考えれば辻褄あうけど、流したのあのチュベロスって黒いのでしょ?」

「怪獣放つ元凶が流した映像なんて相手を陥れるパターンがお約束じゃない」

「それにあのゴリラの額に出ていた顔、どう見てもフロンティアⅦのクルーじゃねえかよ! フロンティアⅦだってあのチュベロスって奴に破壊されたんじゃないのか!」

「あの二人が巨人として戦っていたのも、怪獣にされた仲間に島を破壊させないためじゃないの?」

「だったら悲しすぎる。島を守るためとはいえ、かつての仲間を倒さないといけないなんて……」

「赤と青の巨人の正体だとしても、俺はあのガキ共を信じるぞ。現に、俺の娘は鳥頭に襲われた時、助けられてんだよ」

「チュベロスっ奴、天沼島をぶっ壊すとか公言してるだろうが。巨人がいてもいなくても同じだろう!」

「島の、町のヒーローをね、罵倒すんじゃないわよ! あの二人は宇宙まで行ったこの町の誇りなんだから!」

 ご近所さんと野次馬に二分された人垣は罵倒合戦へと移行するのに時間などかからなかった。

「ネットに乗ってるだろう!」

「ネットにあるから真実とか、単細胞すぎるぞ!」

「さてはお前らあの二人に洗脳とかされているだろう。そうじゃなければ簡単に信用なんてしねえはずだ!」

「あの悪ガキ共が悪戯に悪知恵働かせても、あくどい手に使うか!」

「そうよ、あのバリアの解除スイッチの時だって、逃げ回っていたのも押したら中に仕込まれた生物が飛び出す仕掛けに気づいたからでしょうが!」

「ここの住人、実は宇宙人と入れ替わってんだろ! そうじゃなきゃ擁護なんてするはずがねえ!」

「どんだけおめでたいんだよ!」

 罵倒合戦はついにつかみ合いの乱戦に発展した。

 開始した同時、警察が介入し両者を引き剥がそうとする。

『みそら、ここを離れよう』

『ああ、親父とお袋を探し出さないとな』

 騒動に紛れ、朱翔とみそらは離脱を決意する。

 世間から非難されようと、まだ信頼してくれる人たちがいる。

 ネットの情報を鵜呑みにせず、ただ過去を知る理由で信頼してくれている。

 大切なものは、大切な場所は青い鳥のようにすぐそばにあった。

『守らないとな』

『ああ、ただし家ぶっ壊した奴らには落とし前つけるがな』

 場に留まり続ければ、なんらかの弾みで潜んでいると気づかれ暴徒として爆発する可能性があった。

「潔白ならどうしてそいつら出てこないんだよ! 後ろ暗いことがないなら堂々と出てきて説明すればいいだろうが!」

「あんたたちみたいなバカがいるから、出るに出れないんでしょうが!」

 対立はさらに加速する。

 異能の巨人に対する恐怖と疑心暗鬼を抱く野次馬。

 幼き頃から彼らの人となりを知るが故に巨人に信頼を抱くご近所。

 人間誰しもが持つ悪性と善性が衝突していた。

「落ち着いて、落ち着いてください!」

 警察の呼び声はすぐ近くにいようと対立した者には届かない。


『みそら』

『ああ、つけられてるな』

 自宅から足早に離れた矢先、朱翔とみそらはつきまとう影に気づく。

 空気のように存在が希薄であり、デュナイドとデュエンドの力を借りていなければまったく気づかなかった。

『防犯カメラの死角にひっこんでいるな』

『引きずり出すか?』

『今暴れるのは我慢して、普通に歩くよ』

『オ~ライ』

 みそらが素面顔で返答したと同時、ARグラスにメールが届く。

 それは黒樫からのビデオメールであった。


『私だ。手身近に言うぞ。君たちの両親は無事だ。場所はここ。以上だ!』

 本当に手身近に終えてきた。

 黒樫が先んじて両親を保護していることに胸をなで下ろす。

『なお、このビデオメールは閲覧後、情報漏洩を防ぐため一〇秒後に自動消去される』

 朱翔とみそらは慌ててビデオメールにあった場所を脳に焼き付ける。

「「事前に言えよ!」」

 思わず声を出してしまった拍子に、うっかり揃ってギアを落としてしまう。

 落としたことで認識阻害が一時的に停止、次の瞬間、背後からの喧噪は停止ボタンを押したように急激に静まり返る。

 異常を察知した朱翔とみそらはゆっくりと背後を振り返った。

 人垣の目が一斉に注目していた。

「「「「「あっ!」」」」」


 朱翔とみそらはギアを拾い上げ一斉に駆けだした。

 野次馬が宇宙人を仕留めんと追いかけ出す。

 ご近所さんは野次馬から二人を守らんと走り出す。

 最後に出遅れた警察も事情を聴かんと動き出した。


 ――地球爆破まで残り一四三:三〇:二五

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