第50話 激・突!

 ――バイオテロ容疑! このウィルスはワクチン製作用の!


 朱翔とみそらは走る。走る。走り続ける。

 後方より追走するのは三グループ。

 一つ、宇宙人を倒せ排除しろと叫ぶネット情報鵜呑みの野次馬バカ

 二つ、そんな野次馬から朱翔とみそらを守らんと野次馬バカ追うご近所さん。

 三つ、二つのグループの暴走を抑え、件の兄妹を保護し事情を聞かんと職務上の義務から追いかける警察。

 以上、四グループによる追走劇がスターターピストルの音なくスタートした。

「最近の僕たち走ってばかりいない!」

「いいんじゃねえの! 走るのには良作が多いって言うし!」

「なにいってんのかわかんないよ!」

 再度、認識阻害を使用して身を潜めたくとも既に露見した故、再使用できない。

 朱翔を朱翔と、みそらをみそらと認識されたため認識阻害システムが効果を発揮しないのである。

「振り切り、ぶちのめは簡単だけど、やると後味が悪い!」

「それによ、俺様たちを尾行していた気配も、あの集団に混じって分からなくなっちまった!」

 振り切るのは容易いだろうと、尾行者の尾どころか影が掴めぬ現状は旗色が悪い。

 両親がいる地点までご同行などごめん被る。

『お二人とも何をしているのですか!』

 ARグラスに白花から通話が届く。

 声からして、こちらの状況を把握した故のご立腹ときた。

「と、いうわけなんだよ」

「そっちはどうだ? おっさんたち無事?」

『幸いにも。たんぽぽさんや蒼太さんのご家族も無事のようです』

 関係者として批判を受けると心配していたが杞憂であった。

「なんか尾行されているぽいんだよね」

「しかもよ、あの集団に紛れこんじまってさ、相手すると擁護してくれたご近所さんまで巻き込んでしまうからよ、くっそ、下手に手が出せねえ」

 現状、撤退が最良の華であった。

「ほっ、よっと!」

「はい、邪魔だっての!」

 曲がり角の影から飛び出してきた敵か味方か分からぬ輩たちを朱翔は跳び箱のように飛び越え、みそらは踏み台のように踏み越える。

 恐るべきインターネット社会。

 バリア解除スイッチの時見たく、瞬く間に現在地と状況がネットワークに拡散している。

 お陰で誰が敵か味方か、混迷極めて判別がつかない。

『そこの二人止まりなさい!』

 道路を駆け抜けた先に待ち構えるは警察車両のバリケード。

 パトカーを横一列に並べるだけでなく九メートルクラスの中型バスの大型護送車まで用意した二段構えのバリケードときた。

「この手のことは警察は早いな!」

「ったく捕まえる相手違うだろう!」

 たじろぎすることなく朱翔とみそらは走り続ける。

 直感であるが、政府のお偉いさんから保護するよう警察に命が下ったのだろう。

 フロンティアⅦの生き残りであり、記憶喪失が故に放逐された朱翔。

 死亡したとされながら生存していた妹のみそら。

 今話題の巨人と怪獣騒ぎの当事者だからこそ、是が非でも保護して事の顛末を語らせる気だ。

 全てが終わってからの願望はどうにも届きそうにない。

『止まりなさい、止まり――』

 拡声器片手に停止を促す警察官を無視して朱翔とみそらは警察のバリケードに突撃する。

 盾構える警官隊に迫れば、二人揃って力強く両足を折り曲げ、バネのように力を集中させる。慣性のまま進み、今まさに激突する瞬間、脚にため込んだ力を一気に解放して警官隊どころか護送車すら飛び越えた。

「う、嘘、だろ……」

 見上げる警官の誰もが唖然としている。

 もちろん常人では無理だ。単にデュナイドとデュエンドの力の一部を引き出したことで行えた荒技である。

 朱翔とみそらはそのままアスファルトに着地した瞬間、真横から衝撃を受け、激しく横転した。

「ぐう、痛ってて」

「くっそ、俺様のKケイサツ点越えを邪魔した死にたがりはどいつだ!」

 痛みに呻きながらもすぐに起きあがる朱翔とみそらは互いに背中を預け合う。

 警察が確保に動くと神経を張り詰めさせるも、迫るのは警察ではなかった。

「キーキーキーキー」

 金属を噛み合わせたような音が不気味に響く。

 警察が朱翔とみそらを確保できる状況だろうと行わなかった理由は各車両にまとわりつく銀猿の群だ。

 体毛が銀であるのを除けば本土にいる猿だ。

「この島に猿なんていたっけ?」

「猿どころか動物園なんてアミューズメントパークにしかいねえよ」

 みそらの発言はマナーの悪いゲームプレイヤーを揶揄したものであった。

「ギーギーギーギーギー」

 猿たちが金属同士をこすり合わせたような奇声を発し、全身を逆立てる。そして人間に襲いかかった。

 第一の標的は手近にいた一人の警察官、猿とは思えぬ膂力で盾を砕き、殴り倒し、集団で一人を陰湿に畳みかける。

『気をつけろ、朱翔、みそら、これは小型の怪獣だ!』

 デュナイドから警告が飛ぶ。

 見てはいられぬと朱翔は身体が動き、猿の群を蹴り飛ばして警官を助け出す。

「うっ!」

 変わり果てた血塗れの警官に朱翔はたじろいだ。

 かろうじて生きているようだが、人体模型真っ青の有様だった。

「これはお子さまにはみせられない、よなっ!」

 お楽しみを邪魔された銀猿の群は次なる警察官を狙うも、みそらの放つ光線にて消失する。

 同時、護送車のバリケードの向こうから阿鼻叫喚の悲鳴が響く。

 護送車の窓越しに飛び交う銀猿の姿を目撃する。

 追走していた三グループが銀猿に襲われていた。

「くっそ、向こう側にまで!」

「朱翔、行け! ここは俺様に任せろ!」

 チュベロスの狙いが兄妹の分断としても放置はできぬ。

 この場をみそらに託した朱翔はバリケードを今一度飛び越える。

 滞空する間にて地獄を見た。

 銀猿は誰彼構わず狙うのではなく、弱そうな者から集団で襲っている。

 猿団子ひしめくアスファルトは真っ赤に染まり、朱翔の胸郭を強制的に怒りで膨れ上がらせる。

 血溜まりに倒れ伏す人の数は五。

 ほんの数分で五人の命が危篤に晒されていた。

「命を、命をなんだと思っているんだ!」

 朱翔は手先から光線を放ち、猿団子を消失させる。

 着地すればバリケードに追い込まれた三グループと目があった。

 その目の色は様々だ。安堵、恐怖、困惑、人の数だけ色がある。

「ヒーリングオーロラ!」

 銀猿の群を光線で弾き飛ばした朱翔は迷わず七色のオーロラを放つ。

 天より降り注ぐ粒子が血溜まりに倒れ伏す重篤者の傷を癒す。

「オモチャだよ。おめえら下等生物はその価値しかねえ」

 前触れもなく耳元で囁かれるおぞましき発言。

 全神経を凍てつかせ、憤怒と沸き上がらせるおちゃらけた声の主は。

「やっほ~ぶべしっ!」

 朱翔は本能のまま間近から顔を覗き込む元凶を殴り飛ばしていた。

 アスファルトの上を激しく横転する黒きモコモコは紛れもなくチュベロスだ。

「あ~くっ~痛ってて、僕様のラブリープリティーな顔が×点になっちまったじゃねえか」

 痛がりそうな発言だが、声音は愉悦に弾んでいる。

 むっくりと起きあがったチュベロスは息を吸い込み、頬を膨らませる要領で×点描く凹んだ顔をボヨンと膨らませていた。

「おいおい、再会の挨拶ぐらいさせろよな、折角、会いに来てやったってのに、鬼畜外道な仕打ちだよ、もう!」

「何が再会だ! お前のせいでフロンティアⅦのみんなは!」

「そうですよ、おめーら以外全員、怪獣に改造しました! 今まで島に放った怪獣ぜーんぶおめーらにぶっ殺されました! や~い、人殺し~!」

 チュベロスは反省の色など微塵もなく舌をベロベロさせて朱翔を煽る。

「どの口が言うか!」

『敵の挑発に乗るな、朱翔!』

 手の先より怒りにまかせた光線を放とうとチュベロスは寸胴のような胴体を折り曲げ器用に避けてきた。

 風船のようにフワフワと浮き上がれば、銀猿に威嚇され護送車に追いやられた人々の隙間を拭うように飛び回り朱翔を挑発し続ける。

「あんれ~攻撃しないの~? へなちょこ攻撃だからか~ぶひゃひゃひゃ!」

 朱翔は眼前に飛び出してきたチュベロスに光線を放たんとする。

 その手先から光線が放たれんとした瞬間、チュベロスはとある男を盾として朱翔に突き出してきた。

 光線を放とうとした朱翔は手先に光を宿したまま寸前で発射を止めた。

「や、やめ、やめて!」

 顔を真っ青にした男を朱翔は知っている。

 自宅前に集った野次馬であり、ネット情報を鵜呑みにしてあれこれ批判していた男だ。

「あんれ~撃たないの? 撃てばこの盾貫通して僕様を倒せるでしょ? あ、でも僕様撃つと、ちっちゃな怪獣がどう動くかな?」

 チュベロスは攻撃すれば銀猿が暴れ出すと暗に警告する。

 銀猿は先ほどから威嚇の鳴き声を上げるだけで誰にも襲い掛からない。

 朱翔は心身を縛り付けられ、攻撃を躊躇してしまった。

 どんなクソ野郎でも目の前で死なれるのは後味が悪いからだ。

「へっへっへ、おめーら批判した人間を助けようとするなんて、欲張りヒーローだわ!」

 笑うチュベロスは右手に見覚えあるメカニカルな銃を構えていた。

「そ、その銃は!」

「覚えてんだろう! てめえらの力を大幅にそぎ落とす量子分解光線だよ! へいへい、ビビってる! ビビってるね!」

 銃身を振りながらチュベロスは口端歪めて嗤う。嗤い、銃を放たんとした。

 躊躇にて場に縫い留められた朱翔だが、護送車の窓辺から出るハンドサインに気づく。

「今回は出力最大の大サービスだ! 最大照射で肉体ごと消えちまいな!」

 チュベロスがより光線が放たれる寸前、護送車側面を針の如く細き閃光が黒きモコモコを背面から貫いた。朱翔は瞬時に駆け出すなり、両手を叩き合わせ光をベール状に展開させた。

 広がるベール状の光は銀猿の群を人間のグループから引き離す。そして人間のグループたちを包む保護膜となり銀猿の群れから守る。

「こいつ!」

 アスファルトに風穴開けて倒れ伏すチュベロスを朱翔は感情のまま蹴り上げた。

「ぐぎゃあああああああ、痛い! 痛い、死ぬほど痛い! ああ、くっそ、青いの向こうにいたの失念してたわ! というかそっちにもちっこいの、か・な・り! いたはずだぞ、どうしたんだよ!」

「全部倒した!」

 護送車貫く細き閃光を放ったみそらは力強く語る。

 人間と銀猿の距離が開かれたことで、みそらより放たれた青き光が驟雨の如く銀猿の群に降り注ぎ、一匹も残さず消失する。

「助かった。みそら」

「な~にいいってことよ。というか俺様だったら躊躇なく盾ごと撃ってたぞ?」

 盾とされた男が顔をさらに青くするが見なかったことにする。

 命あっての物種、助かったからOKの結果論として受け止めるべきだ。

「クソ共があああああああああっ!」

 チュベロスは憤慨する。胸に風穴が開こうが起き上がり、歯をむき出しに緑色の血を吐きながら吼える。

「ちょ~っとからかってやろうと思って出てきたら、なんで胸に穴開けないといけないんだよ! んな計画ないわあああああっ!」

「お前の悪ふざけもここまでだ!」

「調子に乗りすぎたんだよ!」

「調子? ふん、身体に風穴開けた程度で勝ち誇るなんてお気楽なこった!」

 不敵に笑うチュベロスは足下に落ちたメカニカルな銃を拾えば側面のダイヤルを丸っこい手で操作する。

「こうしてダイヤルを回せば効果をプラスにもマイナスにもできるんだぜ? この意味、下等生物でも分かるよな?」

 チュベロスは銃口を己の頭に突きつけ笑う。ほの暗く笑う。

 朱翔とみそらに言いしれようのない恐怖が寒気となり背筋を貫いた。

「マイナスが力を奪うなら!」

「プラスは!」

 本能のまま赤と青の光線を放とうと、チュベロスは既に引き金を引いていた。

「ふぎゃああああああ! ビンビンにきたああああああっ!」

 放たれた光線はチュベロスから放出されるエネルギーに弾かれた。

 風船が膨らむように、チュベロスの体躯は膨張を開始する。

 巨木の如く太さを増した足が護送車を踏み潰す。

 膨張は止まらず、巨大な影が朱翔とみそらを覆う。

「逃げろ――いや間に合わない、なら!」

 人の足では逃げきれないと判断した朱翔とみそらは共にデュネクスギアを取り出した。

「正体バレてんだ。隠れて変身する必要はない!」

 ギアを起動させ、腹部に添える。

 赤と青の粒子に包まれた朱翔とみそらは叫ぶ。

「デュナイセット!」

「デュエンター!」

 衆人の目があろうと躊躇はない。

 赤と青の巨人に変身が完了すると同時、飛び上がり膨張し続けるチュベロスを二人かかりで沿岸部に押し込んだ。


 巨人を見下ろすまでの巨体となったチュベロスは吼えた。

「ああ、もうアマテラなんとかでチキュー焼いてから爆発させる計画だってのに、てめえらのせいでしっちゃかめっちゃかだ!」

 苛立ちのあまり地団駄を踏み、沿岸部プレートに亀裂を走らせる。

「もう沢山だ! 命はオモチャじゃない! お前との因縁、ここで終わらせる!」

「教えてやるぜ、単細胞! 地球じゃな、敵の巨大化は負けフラグなんだよ!」

 対峙する赤と青の巨人は黒き巨体の威圧さに一切怯まない。

「イキるなよ、クソザコが!」

 チュベロスは吼えると同時、口から極太の黒き光線を放つ。

 赤と青の巨人もまた組んだ腕より光線を放ち、異なるエネルギー同士が激突、目映い閃光が天沼島を覆う。


「こいよ、下等生物! てめえらとの決戦、ぎったんぬったんにしてやんよ!」


 黒き巨大な拳と赤と青の拳が激突し天沼島を揺らす。


 ――地球爆破まで残り一四三:〇二:一一

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