第48話 お楽しみ動画解放!
――なにが反ワクチンだ! 打たないと死ぬんだぞ!
社長室にて椅子に腰かける黒樫はARグラスでビデオチャットを行っていた。
「お久しぶりですね。総理」
相手は取引先どころかこの国の総理大臣。
ただのゲーム会社社長でしかない黒樫と総理の繋がりは単に曽祖父からの縁でしかない。
総理大臣地元の有力支持者が曽祖父なのである。
今なお存命であり、その影響力もまた肉体と共に健在。
故に曾孫である黒樫もまた総理と顔見知りだったりする。
ゲームと政治に縁など無意味と考えるのは邪道。
なにかとゲームのせいにして規制を行いたがる政治家と縁を持っておくのは大事なことだ。
政治家は支持が、票が命。例え落選しようと投票数が大きければ大きいほど無視できぬ存在となる。
実際、アニメやゲーム規制の声を上げながら、反対者の投票数により流さねばならなかった事例に暇がない。
「ええ、怪獣に怪獣とおちおち眠る暇などありません。赤と青と黒の巨人のお陰でなんとか天沼島は守られています」
シャキっとした真面目顔で黒樫は総理との会話を続ける。
すぐ側で控える秘書が、普段らしからぬ姿だと必死に笑いを堪えている。
給料減らすぞと目で訴えるが、来やがれこの野郎とテロップを外行きスマイルと共に飛ばしてきた。
心臓に毛の生えた秘書を持って幸せだと黒樫は自嘲しながら会話に意識を集中させる。
「全島民を本土へ一時疎開させ、怪獣に対する日米共同防衛ラインを編成する……ですが、あくまで避難は呼びかけ、自主性に任せています。巨人たちの活躍にて被害が出ていない以上、誰も自主避難せず、させようとも国や自治体に強制力などありません。加えて与野党構わず戦争を起こすのかと的外れな非難轟々ときた。チュベロスなる黒いのが天沼島を破壊すると明言しているならば、これはテロ行為そのもの。自分たちが何もしなければ相手は何もしないと思っているなんて稚拙すぎる」
総理は口ごもるだけで困ったものだ。
「加えて怪獣もそうだ。青い巨人が倒したゴリラ型、あの額に出現れたのは、どう見ても人間ですよね。それもどこかで見覚えのある……」
『黒樫くん、それ以上言ってはならんよ』
重い口を開いた総理の顔は脂汗でぐっしょりだ。
名前を言ってはならぬ者がいるように、公言してはならぬ事実がある。
チュベロスチャンネルなる動画配信により、戦いの全貌は全世界に流出している。
誰が、誰など把握している者がいようと、公言する者はマスメディアすらいない。
もし公言しようならば表に裏にと圧力による抹消は確定事項だ。
「お言葉ですが、それは地球人側の都合であって宇宙人側の都合ではないかと?」
日本の法律が国外で意味を為さぬように、地球での条約などの決まり事を宇宙人が犯そうと逮捕権はない。
むしろ宇宙ではそれが常識であり法であると、逆に地球側を非難さえ行うだろう。
異文化故の衝突・齟齬は歴史がよく物語っている。
極端な例えであるが、地球では白旗は降伏を意味するが、宇宙人にとっては自分たちの殲滅宣言するものとなる、といった具合に。
「困ったもの、本当に、本当に困ったものだ……」
黒樫は己の言葉を何度も反芻する。
確かにデュナイド・デュエンド・エネルゲイヤーΔの活躍によりチュベロスの企みは悉く阻止されている。
個人的には先読み通りの計画通りであるが、島を守れても人の心は守れていないと痛感せざる得ない。
島を守るヒーローがいるから誰も避難しない。
島にはヒーローがいるから安心して暮らしていける。
怪獣が現れようとなんとかしてくれる。
安堵という怠惰に堕ちるのは必然。
人は救えても心は救えぬ状況に必ず行き着くと分かっていた。
一社長としてできるのはこうして上に上にと危機意識を促すことだけ。
とはいったもの、上は上で腰は重いようだ。
気持ちは分かる。
国会では与党野党どころか、右に左にと突かれれば、外交では同盟や隣国であるのを理由に情報開示を迫られるどころか正規軍の駐留を迫って来る。
山積する難題をなだめすかしてまとめてと上手くやっているのは流石だと黒樫は思う。
「加えてチュベロスはなんらかの動画を拡散させようとしています。どうも嫌な予感がする」
『こちらとしても警戒はしているよ。ただどのような動画か、閲覧してみなければ分からない』
「どうせ、ヘドロと糞尿混ざった悪辣卑劣な動画でしょうね」
会話を続ける中、黒樫は別思考で保険の保険を思い出す。
使わぬに越したことはないが、使うと第六感が囁いていた。
「では、今度はひいおじいさまの誕生パーティーで会いましょう」
通話は終わりを迎え、黒樫は一息つくようにARグラスを外す。
「あ~ゲームしたい!」
「社長、仕事してください」
願望すらぼやけぬ現状に、黒樫は肩をすくめた。
朱翔たち四人、改めみそらを加えた五人はここ最近、エネルゲイヤーΔの秘密格納庫に集うのが多くなる。
その原因は怪獣出現率の上昇であった。
メンテナンスベッドに巨体を横たえたエネルゲイヤーΔの上を円盤状のお掃除ロボットが動き回り機体を磨いていた。
一方で立方体のロボットが伸ばしたアームより火花を散らし、戦闘時に生じた傷や凹みの修復を行っている。
「ふと、思ったのですが」
吹き抜けの上から掃除ロボットや整備ロボットを眺める白花が疑問を口に出す。
「エネルゲイヤーΔは機械惑星の住人なのでしょう? わたくしたちに操縦されっぱなしでいいのでしょうか?」
白花の発言に誰もが顔を見合わせては唸る。
「みそら」
「わからんとしか。隣の星に住んで、住人同士、種は違えども仲は良かったみたいだが、こいつの場合、母星爆破の影響でコアしか残らんかったみたいだしな。身体を再構築しても意識を再構築できるとは限らん」
「でもよ、身体とかギアは形成しているぜ?」
「人間でいう無意識レベルで収集したデータからブツを形成しているんだろう。意思疎通が行えぬからこそ、現状を合理的に判断して人間に託したんだと俺様は思うな」
「話ができれば宇宙のこと、もっと聞けたんだが……」
朱翔は一抹の寂しさを抱く。
隣人がただ戦うための道具になった姿にデュナイドはどう思うか。
呼びかけには応じず、ただ状況を打破するツールを形成する。
確かにコアでもある形成機には何度も助けられた。
エネルゲイヤーΔがいなければ変身は封じられたまま、島はバリアに包まれたまま、白花は寄生生物に寄生されていたはずだ。
「この戦い、いつになったら終わるのかしらね?」
しおらしい発言主はたんぽぽだ。
みそらと蒼太は互いに顔を見合わせては爆弾が爆発するかのように腹を抱えて笑い出す。
「た、たんぽぽちゃん、そんな台詞にあ、ぐへっ!」
「まあ、お前もギリギリ乙女、ぶへっ!」
失礼千万の拳が飛ぶのは必然である。
金属の床に沈む二人に朱翔は軽いため息を零すも口端にはわずかな笑みが宿っていた。
「なんか昔と変わらないな」
「ですよね。たんぽぽさんに余計なことを言う。自業自得で沈む。見慣れた光景です」
「み、見てないで、助けろよ、親友……」
「そ、そうだぜ、介抱ぐらいしろよな、兄貴……」
「介錯?」
「ちげえっての」
「介錯だけに解釈のち、が、い……ばた!」
悲報、みそら及び蒼太、秘密格納庫にて死す!
(※死んでいません)
「あ~床がちゅべたい……」
「殴られた腹がよく冷えるぜ」
「……まあ確かにいつまで戦うんだろうな」
床の冷たさを堪能するみそらと蒼太を横目に、朱翔は金属の天井を仰ぎ見る。
地球爆破を趣味で行わんとするチュベロスが存在する限り、戦いは終わらないだろう。
仮にチュベロスを倒したとしても、第二・第三の脅威が出現する可能性も否定できない。
「守るだけじゃなくて、ここは攻め込むのも手だな」
「どうやってだよ、兄貴。あの単細胞、空間を操作して怪獣飛ばすわ、拠点潜ますわで、どこにあるかわかんねーぞ?」
仰向けに寝そべるみそらは表情を曇らせる。
距離など無意味とする空間転移技術。
防壁など意味がなく、よもや<クアンタム・デヴァイサー>内で苦しめられた敵能力を現実で味わう羽目になるとは思わなかった。
「初めて操縦した時、白花が勘づいたけど、案外近く潜んでいるんじゃないの?」
「あの時はなんとなく、でしたから。本気で探すとなると。それに相手の性格を踏まえれば、向かうのが嫌な場所にいると思いますよ」
子供たち五人で知恵を出し合おうと、結局のところ、不明、無理と出た。
敵情報が少なすぎるのも大きかった。
「エネルゲイヤーΔがいいもの形成できればな~」
「だから、そのデータがないと意味ないだろう。材料なしでメシ作れって言ってるようなもんだぞ」
呆れるみそらは蒼太の頭部を小突いたと同時、まるでスイッチのようにド派手なBGMが各々のARグラスから強制的に鳴り出した。
「おいおい、なんだよ!」
「ぐあああ耳に来た!」
突然のBGMに寝そべっていたみそらと蒼太は驚き飛び起きる。
音量を調整しようとARグラスは一切を操作を受けつけず、一方的に送信される映像を再生していた。
<チュベロスチャンネル! お楽しみ動画解放!>
ただし黒い配信主は映らず、代わりに映し出されるのは、朱翔とみそらにとって忘れもせぬ船であった。
「これはフロンティアⅦ!」
「ああ、間違いねえ!」
ブラックホールに消えた船の映像が今になって何故――
映像は船内のクルーを映し出すも、次なる光景に表情を凍てつかせた。
映像内の朱翔とみそらが手より光線を放ち、クルーたちを殺害している。
工具片手に抵抗するクルーがいようと容赦なく光線に撃ち抜かれ、絶命していく。
むろん、事実は異なろうと、映像は真実として語る。
クルーを殺害し尽くした朱翔とみそらは最後の仕上げとしてフロンティアⅦを盛大に爆破した。
「ぷぎゃはははははは、ふぎゃはははははっ!」
チュベロスは地球に拡散する動画を自画自賛する。
編集に編集を重ねた動画を機にイベントはついに幕を開けた。
手の平返した下等生物相手に邪魔者たちがどう動くか、期待に胸が躍る。
「ネットにあれば真実だとすぐ鵜呑みにするバカな地球人! 精々滑稽に躍らせてやるよ! ひゃっぷぎゃははははっ!」
――地球爆破まで残り一四四:〇〇:〇〇。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます