第17話 可能性の花
――乗組員一〇〇名全員の死亡が確認されました……
天沼島近海に展開する海上自衛隊・自衛艦隊は観測しかできぬ事態に歯噛みする。
双頭鷲の巨人は手を使わず、鋭利な嘴で天沼島の表層プレートである金属板を少しずつ丁寧に毟り取っている。
そのすぐ真下には津波シェルターの一つがある。
巣穴に引っ込んだ獲物を引きずり出すためだとしても少しずつなのはおふざけがすぎる。
グラインダーで削り取るように民間人に恐怖を与えたいのか。
攻撃を行おうにも下手に行えば民間人を巻き込んでしまう。
だからこそ攻撃許可が下りず、観測に務めよとの上からのご命令だ。
もし攻撃指示を出した結果、民間人に死傷者が出れば責任問題に発展する。
巨大生物絡みで派遣されようと、表向き自衛艦隊の任務はあくまでテロの哨戒。
責任をとりたくない責任者め、と口に出せぬ恨み節を何度心にため込んだか。
「ソナーに反応あり!」
「赤い巨人か!」
「いえ、これは……」
「どうした、報告は正確にしろ!」
「す、水深五〇〇メートルに音源反応! 該当音源なし! この艦の真下です! 急激な速度で上昇しています!」
報告を終えたと同時、海面に巨影が現れる。
巨影は海面を揺らし、展開する艦隊を大きく傾ける。
「きます!」
旗艦の前で一際大きな水柱が上がり、巨影は全容を現した。
「黒い、巨人、だと!」
海面より現れた無機質な黒き巨人。
黒き巨人は艦隊には目もくれず、背面の穴より白き粒子を爆発的な噴出にて加速し、まとわりつく海水を置き去りに双頭鷲の巨人に急迫する。
金属の大地に足裏を付けるなり耳障りな金属音を鳴り響かせながら突進、突き出した両手で双頭鷲の巨人の頭部二つを鷲掴みとした。
「何なんだ、あれは!」
「観測、怠るな!」
蒼太のARグラスに双頭鷲の頭二つを掴む拳が間近に映る。
身体の動きを黒き腕輪がエネルゲイヤーΔにレイコンマの遅れもなく伝えていく。
人が右手を動かせば、エネルゲイヤーΔもまた右手を動かすとダイレクトな操作だ。
原理は不明だが、装着した黒い腕輪が全身の動きをトレースしているのだろう。
「ここはな、この島はな、俺たちの家なんだ! 宇宙で何もかも失った親友が今を生きる大切な場所なんだ。お前らみたいなのは、ここから、ここから出て行けえええええええええええっ!」
背面スラスタ出力はなお上昇する。
まずは津波シェルターから双頭鷲の巨人を引き離す。
エネルゲイヤーΔ足裏の無限起動が火花を散らし、金属の大地を駆ける。
双頭鷲の巨人は押し返そうにも力負けしている。
故に機械手の拘束から逃れんと筋骨隆々の腕で拳をハンマーのように何度も叩きつけてきた。
金属板を解体用重機で殴ったような音が幾重にも響く。
だが、いくら叩きつけられようと黒き装甲に亀裂どころか窪み一つすら生じない。
逆に何度も打ち付けたことで双頭鷲の巨人の拳が紫色に染まっていた。
「シェルターとの距離が開きました! これなら!」
「蒼太、あたしと交代して!」
「おうよ!」
蒼太は視線操作でメイン操作を即座に切り替える。
たんぽぽとなるなり、敵頭部を鷲掴みにしていた機械手を掌底打つ要領で突き離し解放、両者の距離がほんの少し開いた時、エネルゲイヤーΔは腰を低く落とし右手を硬く握りしめていた。
連動して腕部内蔵スラスタとナックルガードが展開する。
「でりゃああああっ!」
加減無しの鉄拳が双頭鷲の巨人の胸部にめり込んだ。
推進力で強化された鉄拳は敵巨人を高く舞い上げ、呻き声を強制的に絞り出させる。
間髪入れず、たんぽぽはメイン操作を譲渡する。
火器管制のロックを解除、照準とトリガーを白花に。
機体に供えられた両肩部キャノンと両脚部内蔵キャノンを展開させた。
四つの砲身に白き粒子が集う。
バネを引き絞るかのように輝きが増していく。
狙う先は真っ逆様に落下する双頭鷲の巨人。
この時、システムが敵の落下速度、潮風、気圧、空気抵抗などの影響を自動計算して照準を補助していく。
「未来の旦那をいたぶったこと、あの世で後悔しなさい!」
四つの砲身から白き光線が放たれた。
白き光線は引き寄せられるようにして双頭鷲の巨人に迫る。
システムが標準を補助していようと命中させるには技量が求められる。
耳をつんざく爆音が青き空を貫き、白く染める。
巻き起こる爆煙より双頭鷲の巨人が派手な水柱を上げて海に落下した。
「思った通りに動かせる! どういう操縦システムだよ、これ?」
蒼太は敵前だろうと驚きの喚声を上げる。
エネルゲイヤーΔはロボット操縦経験のない蒼太たち三人の動きに乱れや澱みなく存分に応えている。
モーションは日頃楽しむARゲームの恩恵があろうと、戦闘中に操縦者の切り替えや火器使用などをスムーズに行うには場数という経験が求められる。
恐らくであるが、エネルゲイヤーΔには操縦者に優しいシステムが組み込まれているのだろう。
そうでなければ初心者丸出しの三人が巨大生物相手に善戦できるはずがない。
「反応あり。まだ生きています」
白花は索敵ですぐさま敵位置と生存を把握する。
白き堤防を巨大な手が掴む。全身を海水で塗れた双頭鷲の巨人は再上陸するなり甲高く吼え、全身から煙が昇る。
立ち昇る煙は急激な体温上昇にて蒸発した海水だとセンサーが報告した。
「この程度でくたばるなら朱翔は苦戦しないっての!」
蒼太は乾いていく唇をぺろりと舐めた。
拳撃と砲撃が直撃しようと鉄のような胸板に一切の陰りが見えない。
背中の小さき羽がやにわにと動く。
熱量増大とシステムが報告すれば、あの小さな羽で上空に飛び上がっていた。
「あの羽でどうやって飛んでんのよ!」
「たんぽぽちゃん、非常識な相手に常識は語るだけ無駄だって!」
「来ます!」
双頭鷲の巨人は空を縦横無尽に舞う。
エネルゲイヤーΔと異なり火器を一切持たぬと思えば、双頭鷲は嘴を大きく広げるなり痰を飛ばしてきた。
「汚いっての!」
生理的嫌悪感を抱きながらたんぽぽはエネルゲイヤーΔの足裏にある無限軌道を巧みに操れば、右に左にと滑るようにして降りかかる痰の雨を避ける。
金属の大地に付着した痰より焼けるような音が漏れる。
黒く変色した痰はエネルゲイヤーΔを取り囲むようにして爆炎の檻を生み出した。
「ぐうううっ!」
遠隔操作故、Gやダメージが操縦者に伝わらずとも、黒きARグラスより伝えられる情報は苦悶の声を絞り出させるには充分だ。
「って、おおお、何ともねえ!」
「耐え切れています! ですけど!」
エネルゲイヤーΔの損耗はあってないようなもの。
頑強な装甲は爆発に飲み込まれようと傷一つつかぬ堅牢さを露わとしている。
だが、天沼島はどうだろうか。
「あっちこっち熔解している」
たんぽぽは周囲をカメラアイで見渡した。
爆炎に曝された表層プレートは溶鉱炉の鉄のように融けていた。
あの痰を受け続ければ機体が無事だろうと島は無事ではいられない。
「また来た!」
「代わってください!」
「どうすんのよ!」
「撃ち落とします!」
たんぽぽから操縦を交代した白花は上空より無数に迫る痰に火器を展開する。
対抗するには質ではなく量。
ビーム兵装の出力調整を手早く完了させる。
天に突き上げたエネルゲイヤーΔの両腕部内蔵スラスタが拳と重なる形で倒れ込む。
両肩に備えられたキャノンの砲身が短く伸縮し、頭部内蔵機関砲が唸りを上げる。
「言いましたよね、万死に値すると!」
エネルゲイヤーΔから天に光弾の驟雨が迸る。
拡散された光弾は雨粒の如く迫る痰と宙で激突、空と海を爆音と閃光が揺らすだけでなく爆煙のカーテンで遮断していた。
撃ち終えた各砲口から白煙が昇る。
表層プレートに一つたりとも痰は落ちておらず、エネルゲイヤーΔは不動まま爆煙のカーテンを睨みつけていた。
「――そこです!」
それは現操縦者の白花が睨みつけていた故に。
白花は爆煙のカーテン裏で蠢く影を見逃さない。
左脚部内蔵キャノンが跳ね上がるように展開、威力よりも速力を重視した針のように細き光線が爆煙のカーテンを穿つ。
爆煙の中より小さな肉片が飛ぶ。
正体は双頭鷲の巨人の小さな片翼。
舞う翼を失った双頭鷲の巨人は片翼で態勢を整えては表層プレートに着地した。
「これでもう空は飛べませんよ! たんぽぽさん!」
「任せて!」
大地とは命抱くゆりかごであり、死を包む棺桶である。
空に生きようと、地にて生まれ地にて眠る。
天沼島が偽りの大地であろうと、星の法則には誰も逆らえない。
「はああっ、せいやっ!」
重厚なフォルムを裏切る機敏な動きでエネルゲイヤーΔは攻める。
双頭鷲の巨人は一歩速く間合い踏み込むも、エネルゲイヤーΔは既に無限軌道で背後に回り込んでいる。
背後から鋼鉄の腕が伸びる。
右手が右嘴を、左手が左嘴を圧力込めて握り潰す。
二つの嘴を失った双頭鷲の巨人がたじろぐ瞬間を逃すはずもなく、丸出しの背中に向けて右肩キャノンを至近距離から放ち、残る羽を吹き飛ばす。
背面より黒煙散らす双頭鷲の巨人は悲鳴のような不協和音を上げる。
「くっ、削りに削ってるけど、どれも決め手に欠ける!」
「効いているには効いているのですが」
「このMCドライブだっけか、ビームやスラスター使う度に瞬時にエネルギー生成しているみたいだけど、時間経過は操縦するこっちの身が持たねえ!」
後一押し、最後の一押しがどうしても足りない。
何かないのかと蒼太は眼球を動かしながらシステム欄を探す。
探し続ける。
「こいつは?」
ふと一番下の欄に<オーバーメテオール>の項目を発見する。
すぐさま展開すれば息を呑んだ。
「たんぽぽちゃん、白花、データを展開するわ!」
「確認したわ!」
「同じく。ですけど、なんですか、これは!」
「なんでもどれでも使えるものは使うわよ!」
たんぽぽはエネルゲイヤーΔで双頭鷲の巨人を殴り飛ばしながら白花に返す。
「こんだけの代物よ、一発勝負!」
「一発勝負多すぎでしょうが!」
「泣き言言うな!」
「戯言だっての!」
「いいからシステムを起動させます!」
――切り札は天にあり。
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