第24話 流・出
――あひゃひゃひゃ、熱いの、身体が熱いの、変なおつゆ出てるの、うひひひゃひゃはは、とけちゃいそうなのぉ……
朱翔・蒼太・たんぽぽの三人は白花からの緊急連絡を受け、伊吹邸に駆け込んだ。
「「「お邪魔します!」」」
三人同時に声を重ねながら、玄関で一旦立ち止まる。
友達の家であろうと脱いだ靴を散らかさずちゃんと並べぬのは失礼だと教え込まれたからだ。
綺麗に脱いだ靴を揃えれば、早歩きで白花の部屋に急ぐ。
「いらっしゃい」
道中、白花母が三人をお出迎え。
「白花が心配で来ました!」
「同じく!」
「後ろに同じ!」
「あらあら」
友達想いだと白花母はほっこり笑顔を弾ませる。
挨拶もそこそこに朱翔たち三人は白花の部屋に辿り着けばノックした。
「白花、俺だ」
朱翔の声に答える様に襖が開かれる。
いつになく神妙な顔つきである白花は朱翔の姿を瞳に映すなり、安堵するように吐息を漏らす。
「後でお茶を持ってきますね」
「「「お構いなく!」」」
朱翔たち三人は白花母の気遣いに感謝しつつも遠慮した。
室内は重く緊迫した空気に包まれていた。
円形テーブルに置かれている小箱は今話題のバリア解除スイッチ。
一度押せば、天沼島を包むバリア解除、賞品の金塊授与と良いこと尽くめ。
むしろ押さぬ理由が一切見えてこない。
「こう嫌な予感がしたので……」
白花の踏み留まった決断を批判する者はいない。
むしろ英断だと誰もが思った。
「よりによって白花の部屋に落ちてくるなんて最悪だな」
朱翔は苛立ちながら前髪をかきあげた。
ARグラスが重く感じ、つい外してしまう。
抗議の点滅があろうと小箱に意見と目線が集中している故、誰一人気づかなかった。
「あのチュベロスのことだ。押したら爆発とかありえるぞ」
「解除スイッチであると同時に怪獣の出現スイッチを兼ねていそう」
「もしくは金塊に何か仕込んでいるか。俺様だったら喜ばせた瞬間、突き落とすな」
危険を予測するのは悪いことではない。
悪いことではないが、現状もっとも求められしは小箱の処遇。
ボタンを押すなど論外。
チュベロスの思惑に乗る可能性が高く、更なる危険が島に襲来するはずだ。
警察に届け出るが順当だとしてもまた論外。
一歩外に出れば、誰も彼も警察の中からでさえ小箱を貪欲に探し求める者たちがゾンビのように溢れかえっている。
ゾンビを撃つゲームは今なお有名だが、生きている人間を撃つのはタブーだ。
「エネルゲイヤーΔの格納庫とかは?」
たんぽぽの提案に朱翔は渋い顔を作る。
「確かに秘密の格納庫なら格好の隠し場所だけど、この小箱に発信機が仕込まれている可能性がどうも否定できない」
「あ~そうだよな。こう終盤になるとさ、ヒントと称して現在地を表示させてきそうだし」
チュベロスにとってこれは探しものゲームである。
ゲーム故、終盤にボーナスヒントを出すのが安易に予測できる。
エネルゲイヤーΔは怪獣に対する手札の一つ。
デュナイドへ変身不能に陥った時、この機体がなければ今頃、天沼島は海底に沈んでいたはずだ。
加えて、変身ツールを製作したのもエネルゲイヤーΔである。
小箱を隠したとしても下手すればチュベロスに秘密の格納庫の存在を露見させる悪手となる。
「それに根本的な解決になっていませんし……」
解除ボタンを押さねば、バリアは島を消失させる。
即ち、島民全員が死亡することを意味していた。
今まだ序盤、期日に余裕があろうと、余裕は慢心を生む。
特に学生が陥りがちな罠が潜んでいる。
試験一ヶ月前――まだ大丈夫だ。
試験二週間前――まあいけるでしょ。
試験一週間前――よし、そろそろやろう。
試験前日――一夜漬けだ!
試験当日――気合いだああああああああっ!
試験結果――……チーン!
事態収拾のため、早めに行動することが推奨される。
「なあ、朱翔、あの四本柱、破壊はともかく引っこ抜けないか?」
「あ~その手があるな」
蒼太からの提案に朱翔は顎に手を当てて頷いた。
デュナイド一人だではなくエネルゲイヤーΔと力合わせれば柱一本引き抜けるはずだ。
バリアは構造的に四本柱が起点となっている。
その起点が一つでもなくなれば、バリアは消失するはずだ。
「あたしは反対だね」
「「なんでだよ」」
反対意見に朱翔と蒼太は声を重ねて問い返す。
「下手に変身して現れようならば、この島の誰かが今話題の赤い巨人だって教えているようなものよ」
閉鎖された空間故に。
加えてバリアは外からの進入は拒まず、外への脱出は拒む仕様となっている。
島に入った者が巨人か。あるいは住人の中にいるのかなど、好奇心一つで探し出さんとするはずだ。
実際、怪獣が出現して以来、マスコミだけでなく多くの動画配信者がその光景を映さんと島に上陸している。
下手な場所で変身しようならばその瞬間を撮影されネットにアップロード、再生数とアフィリエイトを稼がれる。
「どん詰まりだなもう!」
蒼太は降参と言わんばかり畳の上に両手広げて横になる。
「もうここは思い切ってぶっ壊しますかね?」
お淑やかな人物から物騒な発言が飛び出し、朱翔たち三人は目を点にして顔を見合わせた。
「壊せるのか?」
「石橋は爆破して渡るもんだろう? では、たんぽぽちゃん、お願いしま――あいたっ!」
「あたしはダイナマイトか」
蒼太の頭を叩いたたんぽぽは呆れていた。
呆れながら渋々といった顔で小箱を左手で硬く握りしめる。
「あ、だめね、これ。もの凄く頑丈で無理だわ」
握りしめただけで物体の硬さを判別できるなど、流石はたんぽぽと誰もが驚嘆する。
道を極めた者は戦わずして相手の力量を把握できるという。
たんぽぽもまた極めた者故、文字通り把握できた。
「把握する……そうか、その手があったか!」
小箱を握りめるたんぽぽ見て朱翔は閃いた。
「格納庫に行こう」
「おいおい、親友。たんぽぽちゃんの案は否決されただろう?」
「これだよ、これ」
朱翔が取り出したのはデュネクス・ギア。
エネルゲイヤーΔが形成した変身ツール。
ツールに視線を集わせた朱翔以外の三人は、納得したように顔を見合わせた。
「格納庫の場所が露見するリスクがあるけど、確かにその手が一番確実よね」
「ええ、実際、朱翔さんが変身不能となった時も、変身を可能にするツールを誕生させました」
「エネルゲイヤーΔに小箱を解析させれば、バリアを解除どころか無効化できる装置を開発できる!」
解決の糸口が見えた。
何事にもリスクはつきもの。
ならば損得と現状を考えろと朱翔たち四人は揃って頷いた。
「お?」
いざ向かわんと誰もが立ち上がった時、朱翔持つ黒き端末の表面が光る。
”A”の文字が点滅するに次いで小箱の3Dモデリングが表示された。
「まさか……やっぱりか!」
朱翔は黒き端末を小箱に近づけてみた。
チカチカと端末が点灯を繰り返せば、解析完了の文字が、次いで形成開始と出る。
「この端末、エネルゲイヤーΔとリンクしているみたいだ」
手間が省けたと一瞬思おうと、完成品は格納庫に現れる。
どっちにしろ入手するには向かわねばならなかった。
「なら善は急げだ!」
蒼太の言葉に誰もが頷いた時、外――伊吹邸の庭が騒がしくなる。
「な、なんなんですか、あなたたちは!」
「お母さま?」
あの白花母が声を荒げるなど珍しい。
母娘揃って滅多に怒らぬ穏やかな性格であるが、怒った時は声を荒げるよりもほの暗い笑顔の圧を与えてくる。
心の奥まで侵食するほの暗さは怖いの一言。
声を荒げるまでの事態とは何かなど、この状況で一つしかない。
戸を全開せず、ほんの少し開いた隙間から朱翔たち四人は庭先を覗き見る。
「勝手に入るのはご遠慮ください!」
無法者たちが庭に押し入り、庭木や鯉泳ぐ池を漁っていた。
庭師が丹精込めて剪定した松や鯉職人が立派に育てた鯉を乱暴に扱っている。
「はいはい、箱見つけたら後で弁償するから!」
押し入った者は六人。服装や言動からして陽に属する大学生のようだ。
誰もが庭を荒らしながら口々に語る
金塊さえゲットすれば、過程の違法行為など文字通り金の力で解決できる。
加えて島を覆うバリアを解除した英雄で万々歳。
過程がなんであろうと終わり良ければ総て良しだと。
「ゆっくり出ましょう」
たんぽぽの提案に誰もが頷いた。
あの調子では家の中に土足で踏み入れるのは時間の問題だ。
やや遠回りになるが庭から遠ざかる形で玄関へと移動していた時、廊下で見知らぬ男と出くわした。
「おい、その箱!」
お構いなしに入るなどマナーがなっていない。
いや、死と欲望に挟まれたこの状況下で倫理を問うほうがどうかしていると批判されるだろう。
「しまった!」
朱翔たち四人は表情を凍てつかせた。
同時、誰もが示し合わせた様に身体を動かしていた。
「白花!」
最初にたんぽぽが飛び出すと同時、小箱を白花に投げ渡す。
「受け取りました!」
「朱翔、あんたは白花を!」
「白花、揺れるぞ!」
「ダブルキックだ!」
言い終えるよりも先に蒼太はたんぽぽと廊下を駆ければ、不法侵入の男の顔面に同時跳び蹴りを放つ。
男は顔面より鼻血を飛び散らせながら盛大に倒れこむ。
跳び蹴りの勢いを活かして、廊下を滑るように移動した蒼太とたんぽぽは玄関に辿り着くなり朱翔の靴を一足ずつ掴めば、持ち主の足目がけて投げつけた。
「ほっ、よっと、ついでに……もうちょっと寝ていろ!」
白花を抱き抱えた朱翔は飛んできた靴を右に、左にと足で器用に受け止め履く。
執念で起き上がろうとする男が動く。
跨ぐ間際、靴裏で顔面を踏みつけた。
「朱翔さん、これを」
玄関を駆け抜けた時、抱き抱える白花が朱翔にARグラスをかける。
同時にチャットの文字が投影された。
『ARグラスを外したままなど酷いぞ、朱翔』
作戦会議に混ざれなかった愚痴をデュナイドから零された。
「悪い悪い。悪いついでに安全なルートの探索とかできるか?」
『できる!』
流石は相棒だと、白花抱え走る朱翔は歓喜の口笛を吹いた。
こいつらだ!
こいつらが箱を持っているぞ!
この日、ネットワーク上に朱翔たち四人の顔写真が流出した。
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