第54話 触れてはならぬ愛の逆鱗

 ――くだらない。本当にくだらない。今まで僕はこんな汚い奴らを救わんとしてきたのか!


 圧倒的絶望の文字が朱翔とみそらの脳裏に駆ける。

 究極機怪獣戦艦デュナリプス。

 光線・物理を無効化する装甲、巨体に似合う怪力と似合わぬ俊敏さ、無尽蔵に建造されるミサイル、縦横無尽に動く触腕と絶望的なハイスペックにて圧倒される。

「む、無茶苦茶、すぎるだろう」

「ぐぅ、なんて非常識な強さだ」

 身体が重い。意識が霞み、遠のいていく。

 だめだ。目を閉じるな、意識を落とすな、救うべき彼女が、倒すべき敵がまだ目の前にいるんだぞ。

「ヒッサーツ! 究極滅亡バス、タ、おおおう!」

 究極機怪獣戦艦の胸部が大口を開き、暴虐的な輝きを集わせる。指先一つ動かせず、海面に漂うだけとなったデュナイドとデュエンドに向けて放たれると思った瞬間、敵怪獣は装甲表面に飛び散る火花で攻撃を中断する。

「え、エネルゲイヤーΔ!」

「だ、誰が動かしているんだ!」

 骨格フレーム姿のエネルゲイヤーΔがふらつきながら接近している。

 誰との疑問は、また独りでとの驚愕に塗り変わる。

 そして不完全燃焼を起こしつつあるスラスタで滞空しながら、二人を守るように敵の前に立ち塞がった。

「一緒に消えたいのなら、消えちまいな! ヒッサーツ! 究極滅亡バスターハザード!」

 禍々しき光は容赦なく巨人たちを包み込んだ。


 温かな空間にいた。いや感覚などない。ただ温かい気がしただけだ。上がっているのか、下がっているのか曖昧な平衡感覚、淡水と海水が混じりあった液体に包まれているような温もりは身体の重さを感じさせず、困惑に拍車をかける。

「こ、ここは!」

「どこだよ!」

 双子の兄妹は虹色の粒子満ちる謎の空間にいた。

 直感的に、現実の世界でないと認識できた。

『ココ、量子、集ウ、場所、緊急、避難シタ』

 空間そのものから響く謎の声。これもまた直感的に声の主を認識した。

「エネルゲイヤーΔか!」

「意識があったのか!」

『我モウ単独デ行動スル時間、ナイ、我、消エル、ダカラ、スベテノ、力託ス』

 空間に満ちる虹色の粒子が流動、朱翔とみそら持つ各々のデュネクス・ギアを包み込み、金と銀に変化させた。

『我、星守レナカッタ。タダサマヨウダケダッタ。ケレド、新タナ星デ出会ッタ。理解シテクレタ。身体形成手助ケシテクレタ。ソシテ友ト再会モデキタ。前ボディ損失デ会話デキズトモ誰モガ話カケテクレタ』

 流れる光景は秘密格納庫で話しかける人々の姿だった。

 誰もが眉唾と疑うことなく一個人のように親しげに話しかけている。

 死に別れた隣星の友と再会し、姿が変わろうと肩を並べて戦えた。何よりも嬉しかったのは、誰かを守らんとする同じ志を持つ者と異星で出会えたことだ。力を預けられたことだ。

『モット、モット、オ話シタカッタ。モット語リアイタカッタ』

 声が、命の灯火が掠れ、今まさに消えていく。

 朱翔とみそらは届かずとも駆け出し手を伸ばしていた。

「生きろ、エネルゲイヤーΔ!」

「そうだ、俺様たちと生きろ!」

 声を涙色に染めながら伸ばした手の先にある銀色の球体に触れた瞬間、粒子なって散る。

 散った粒子は兄妹を包み込む形で集い、金と銀のデュネクス・ギアを目映く輝かせる。

 朱翔とみそらは端末を掲げて叫ぶ。

 それは魂の叫びだった。


「「Dunamis X Evolution!デュミナス クロス エヴォリッーション」」


 端末より展開される金と銀の粒子が朱翔とみそらを包み込む。

 二人の背後に幽鬼の如く現れるのはデュナイドとデュエンド。

 両者の間に交差する金の銀の粒子が混じり合い一つとなる。

「みそらが、デュエンドが!」

「朱翔が、デュナイドが!」

 金と銀の輝きは引きあうように融け合い、新たな巨人を誕生させる。

 それは傍と見て、金のデュナイドの右側と銀のデュエンドの左側を合わせた姿であった。

 だが、姿はデュナイドでもデュエンドでもない。

 奇跡でも偶然でもない。

 友が起こした必然の合体!


 ――Dunamis ▽ EVOL DUE▽OL!


  黒き友のを受け継ぎし巨人は、デュエヴォルとして降臨する。


「そんな都合のいい、奇跡なんてあってたまるか!」

 現れた金銀の巨人にチュベロスは髪の毛を逆立てんばかりに怒り狂う。

 怒りを体現するように究極機怪獣戦艦デュナリプスの触腕八本が鎌首をもたげては一斉に飛びかかった。

『奇跡じゃない! これは必然だ!』

 友が託してくれた力は奇跡なんかでは収まらない。収まりきれない。

 胸の中で確かに燃える心がある。確かにある。

「ミサイル消した程度で勝てると思うなよ、このって、ぎょえええっ!」

 デュエヴォルは鋭角的な動きで空に海面にと縦横無尽に飛翔する。触腕が追おうと、どれもが追いつけない。

『ツインシャインブレード!』

 デュエヴォルは両手に光の刃を形成すればターゲットを見失って迷走する触腕を枝葉のように切り落とす。

 切り落とされた触腕は海面に水柱を描く前に粒子となって消失していくもチュベロスは悔しがるどこか笑っていた。

「ば~か、そいつらいくら切り落としても無尽蔵にあるんだよ! ミサイルみたいに切られた側から新しく製造しているんだ! 切るだけ無駄だっての!」

『それはどうかな』

 不敵に笑うデュエヴォルは宙を切るかのように軽く腕を振るう。同時、チュベロスは背面触腕収納部が消失した報告を受けた。

「はぁ? 消えた、だと! 製造分どころか亜空間に収納してある分まで消えただと! おめーらなにしやがった!」

『空間を切った。ただそれだけだ』

「んな単純に答えるなよ! どんだけ僕様が空間調整に苦労したと思ってんだ!」

『知るかボケ!』

「ボケいうほうがボケなんじゃっ!」

 デュナリプスの両腕が動く。掌の孔より覗く杭が金属特有の軋みを上げ、肘部より野太い柱を露わとする。

「合体しようが一つになったお陰で狙いつけやすいわ!」

 その巨体を裏切る速度でデュナリプスはデュエヴォルの頭上に回り込む。巨影が全身を覆っていると気づき、振り振り返ろうと既に巨塊は打ち出されていた。

「今度こそ砕けちまいな!」

『二度も受けるか!』

 デュエヴォルは竜巻のように身体を急激に回転させる。一対の光剣を頭頂部に掲げ、暴風まとう龍となり巨塊と真っ正面から激突する。激突の衝撃は閃光を巻き散らすだけでなく、海面を揺らし天まで届く水柱を叩き上げ雨として海面に降り注ぐ。

 巨大な腕が虚空を舞い、海面の虚に落ちる。

 デュナリプスの右腕は肩口の間接部から引きちぎられ、火花と潤滑油を散らしていた。

「ふぎゃあああああ、なんでこっちの腕が落ちるんだよ!」

 対してデュエヴォルは無傷。衝突点である両腕に一切のくすみも亀裂もない。だとしてチュベロスが驚愕するのは一瞬だけ。建造者だからこそ右腕が吹き飛んだ原因を即座に分析していた。

「構造上どうしても間接部は弱くなりやすい。射出の反作用に耐えきれる設計だが、なるほど、間接部に限界値以上の圧がかかったからか」

 分析が済むなりチュベロスは仮装キーボードに間接部の負荷分散と装甲へのエネルギー分配を入力していた。

「よっしゃ、今度こそ砕いてやるって、左も飛ぶのかよ!」

 デュエヴォルは大上段より振り下ろされる長大な光の剣にてデュナリプスの左腕を切り飛ばした。愕然、唖然、驚愕とマヌケのようにチュベロスは口を開くしかない。

「ええい、光子エネルギー再構築システム起動! ドでかい部位だから応急処置だ!」

 チュベロスの応対力は早い。両腕失おうと即座に再構築させる。損壊部より光が集い、小さくとも鎌のような前足が形成されていた。

「小さくてもこの刃、触れれば切れる!」

 前足がワイヤーを伴いロケット推進で射出される。意志を持つかのように宙を舞い、デュエヴォルに追随を許さない。デュエヴォルは背後から迫る前足に光剣を振り上げる。だが、接触の火花散らすだけで切断に至らなかった。

「んじゃ追いかけているうちにちゃちゃっと触腕の背面格納庫、再リンクしておこう」

 ついでにミサイル以外の武装を触腕に付け加える。作業はものの数秒で終わり、究極機怪獣戦艦は背面より一六本の触腕を展開させていた。それはあたかも海底より浮上せし深海の悪魔と呼べるおぞましき姿だ。

「八本はミサイルのまま、そんで残る八本はビーム砲だ!」

 物理とビームの二重奏が海面を轟かせ、炎に染め上げる。

 織物のように隙間なく放たれるビームの嵐を空舞うデュエヴォルは掠めることなく掻い潜り、背後より迫るミサイルもまた、海面に背を向けた姿勢まま手先より放たれる光のシャワーにより爆散する。

 デュエヴォルとデュナリプスの距離が目と鼻の先にまで縮まった。

 迎撃の触腕が群れなして迫ろうとデュエヴォルは真正面から両手両足で弾き、さばいてはいなして見せる。ひときわ大きな波動が突き出した拳より放たれ、全ての触腕が後方に弾き飛ばされた。

『せいはっ!』

 巨体の懐に踏み込んだデュエヴォルは力強く拳を握りしめ、敵装甲を殴りつけた。

「ぐふっ!」

 硬い金属音が胸部に響き、伝播する衝撃にてチュベロスが呻く。

 デュナリプスが海面かき分け大きく後退する。

『そうか、それなら!』

 拳握りしめるデュエヴォルはこの一打でとある確信を得た。

 だからこそ拳に光子エネルギーを集約させる。

「装甲抜けてねえんだよ! おっら、以下略、発射!」

 デュナリプスの胸部が開かれ、禍々しき光が集う。

 急速チャージにより威力は五〇%だが、消し飛ばすには充分な威力。禍々しい光は今度こそ巨人を飲み込んだ。

 だが放たれし光が無数の帯状に切り裂かれる光景を見せつけられる。

『サンライトヘヴィプレッシャー!』

 巨人が突き出す右手には球体が螺旋を描き、デュナリプスより放たれた光線砲のエネルギーを切り裂きながら猛進している。

「んなバカな! これだけでも月を粉砕できる光子エネルギーだぞ!」

 デュエヴォルの進行速度と威力は一切減衰せず、押し寄せるエネルギーの波濤を無数の帯状に切り裂き続け、海面に飛沫粒子の雨を降らせ続ける。

『砕けろ!』

 飛沫粒子の雨を駆け抜けたデュエヴォルは敵胸部装甲に螺旋球を叩きつけた。

 金属板を叩きつけたような音がただ響く。

「ふぃ~冷や冷やさせんなっての。なんだよ、ビーム切り裂くから何事かと思ったけどよ、それだけじゃないか」

『それはどうかな』

 巨人がまたしても不敵な笑みを崩さないことがチュベロスに苛立ちを走らせる。

「そうかよ、ならさ!」

 前足を射出して拘束せんとした時、システムが胸部装甲の異常を伝えてきた。

「へ? 光子装甲分子皮膜断裂? 内部圧力センサー異常圧力で圧壊?」

 ピキっとガラスがヒビ割れるような音が胸部装甲から全身に伝播する。

 デュエヴォルが螺旋の球体打ち込んだ箇所が軋み、凹み、亀裂走らせながら機械の臓物を曝し出した。

「ばか、な、ぐあああああああっ!」

 一瞬の驚に縛られたチュベロスを見逃すことなくデュエヴォルは損壊部に光線を撃ち込んだ。いくら無敵の装甲を持とうと装甲が無敵なだけで内部は無敵ではない。

 頑丈な甲良持つ亀とて内蔵は柔いが典型的な例だ。

 撃ち込まれた光線は金属の臓物を容赦なく破壊し巨体に激震を走らせた。

 光子攻撃と物理攻撃に無敵の装甲だろうと、二重装甲であるならば光子と圧力を同時に断続的に加え、耐久値を0に落とせばいいだけの話。デュエヴォルがとった手は圧縮光子エネルギーを螺旋描くように形成し叩きつけたこと。何事にも限度はあり絶対はない。絶対の道理があるならば無茶を通して穿つだけだ。

「下半身ユニット強制分離、次いでエネルギーバイパスを上半身に集中! ああ、なんだこれ!」

 究極機怪獣戦艦は各部がブロック機構で構成されている。

 万が一損壊しようと損壊部位を切り離すことで戦闘力低下を抑えることができた。

「邪魔な紙切れだな、もう!」

 あれこれ処理する中、宿る女の服から飛び出てきた一枚の紙切れ。視界を覆うよう顔に張り付き、操縦を妨げている。チュベロスは苛立ちのあまり紙切れをビリビリに裁断してしまう。

『おい、それ!』

 紙切れの正体にデュエヴォルが驚き固まっている。

「あぁん! 紙切れがどうしたってんだよ! んなもん破り捨てただけで何だってんだ!」


 よくも――


「ああ? なんか言ったか?」

 巨人の声ではない。だが確かにチュベロスは声を聞いた。

 だが集音センサーは外部の声を一切拾っていない。


 よくもわたくしと朱翔さんの婚姻届を!


 奥底より響く怒りがチュベロスの意識を強制的に引きずり込んだ。


 チュベロスは太陽に放り込まれたような業火に悲鳴を上げる。

「熱い、熱い! なにこれ! ここどこ! なんなのよ!」

 見渡す限り一面は炎に包まれ、熱さで逃げまどうチュベロスに絡みついて離さない。

「シートにいたはずだ! まだ撃沈轟沈されてねえはずだぞ!」

 全身を焼かれるチュベロスは炎の中に佇む人影に気づく。

「てめえか、てめえの精神攻撃か!」

 直感で原因を看破したチュベロスは人影に掴みかかる。

「ぐええええええっ!」

 だが逆に首根っこを掴まれ、カエルが潰されたような奇声を発していた。

「よくも、よくも、よくも……よ・く・も!」

 鬼がいた。憤怒に猛る鬼がいた。視界通じて映る姿は女だ。宿主として新たな身体とした地球の女だ。だが、データの表情と今の表情は同じ個体かと思えぬほど違いがありすぎた。

「あれが紙切れ、ですって? あの紙は婚姻届といって夫婦の契り交わす大切なものなのですよ!」

 チュベロスは女から視界を逸らせない。逸らそうとしても炎が心を縛り逸らすことすら許されない。

「それも宇宙に行く前の朱翔さんと交えた大切な、大切なものを、よくもゴミのように破り捨ててくれましたね!」

 何かが心を浸食する。急激な悪寒が全身を震えさせる。周囲はあんなにも焦げ付くほど熱いのに、心は悪寒の震えが止まらない。

「挙句に! わたくしの手で朱翔さんを刺してくれましたね! あの人が万が一浮気でもしたら刺す気は……まあまあありましたけど、一途に想う乙女心を踏みにじる行為は――万死に値します!」

「ひ、ひっ、ひいいいいいいいいいっ!」

 チュベロスはただ泣きわめくしかなかった。

 たかだが下等生物にここまで追いつめられるとは思わなかった。

 一度、器とした肉体の主は二度と表面に意識が現れぬよう処理をする。

 意識を殺せば身体も死ぬからだ。

 ところがこの個体は、紙切れ一つ破った程度で沈められた意識を表に浮上させた。浮上させ、宿るチュベロスの意識を逆に自分の領域に引きずり込んできた。

「もういやあああああああ、お前、出て行けえええええっ! いや、僕様が出て行くのか、ふぎゃううううううっ!」

 触れなくていい逆鱗を、踏まなくていい尾を踏んだと痛感したチュベロスは絶叫しながら逃げる。

 掴む手を振り払い、泣き叫びながら逃げるしかできなかった。


『白花!』

 コクピットの天蓋が突然開き、白花の身体が外に排出された。

 そのまま海面に落下していく白花をデュエヴォルは落下速度を合わせて優しく両手で受け止めていた。

『よかった。息はある』

 意識はなかろうとわずかな呼吸により生存を安堵する。

「ひぐ、ひぐ、ひぐ、なんだよ、その個体、僕様を追い出すなんてしっちゃかめちゃくちゃだ! 鬼畜すぎんだろう!」

 コクピットから泣きじゃくる声。見上げれば一〇歳児サイズのアメーバーがシートに座っておりデュエヴォルは息を呑む。

『その姿は!』

「ふん、笑いたきゃ笑え、これが僕様の正体だよ!」

 だから、みそらの単細胞発言で激昂したのか合点が行った。

「義体使うか、他の生物に寄生する、しかねえ単細胞生物だよ!」

 開き直るチュベロスは触腕より光線を放っていた。

 応射としてデュエヴォルは片腕を振るい光線を放つ。

 両者の光線は激突し、海面を閃光で染め上げた。

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