第53話 ∀+∃+Δ=?
――惑星どころかこの銀河から誰もいなくなった……
誰もが目覚めるなり鼻につくのは焦げ付く金属の匂いではなく、嗅ぎ慣れた潮の香りであることに困惑する。
「あ、あれ、あたしたち、生きてる?」
たんぽぽは目眩残る意識を振るい立たんと頭を振るう。
「いつの間に、外に、そうよエネルゲイヤーΔに!」
足場である金属が手の形だと気づいたたんぽぽは、沿岸部に倒れ伏すエネルゲイヤーΔを見上げていた。
爆発と炎、降り注ぐ瓦礫にて死ぬと思った瞬間、勝手に動き出したエネルゲイヤーΔの手に包まれ、地上へ連れ出される。
そして沿岸部に流れ着いた。
「くっ~無事な人!」
声から意識をどうにか振り絞る蒼太が安否を問う。
「白花、以外はな」
みそらの重く、苦しい発言が空気を締め付ける。
すぐ側には朱翔が横となり、腹部を赤く染めている。
意識はなくとも呼吸は安定していた。
「傷はなんとか治した。けどよ、激戦の後だったんだ。完全回復とはいかねえ、クソがっ!」
みそらより漏れ出るのは悔恨だった。
「あの単細胞、よりによって、よりによって!」
みそらを悔恨へと縛るのは何度も交戦しておきながらチュベロスの正体を看破できなかったことだ。もし看破できていたら白花を奪われることはなかった。朱翔が刺されることもなかった。
「後悔は後からにするんだ。今我々の相手は!」
「分かっているがよ、おっさん!」
「違う。私たちの相手はまず人間のようだ。後、私はまだ二〇代、おっさんではない!」
黒樫の前者の意味に子供たちは気づく。
沿岸部には自衛隊や警察の車両が集い、野次馬すら遠巻きに現れている。
天沼島地下区画で起こった謎の爆発、再び沿岸部に現れた黒いロボット。そしてその手に包まれていた人間。
もはや言い逃れなどできぬレベルだ。
「サイコーの弁護士は保険として用意しているが、事態と特異性を鑑みてまともに運用できるかが疑問だ」
黒樫は鎬を削るように迫る自衛隊と警官隊から子供たちを守るよう一歩前に出る。
「ここは私に任せて、君たちは行くんだ。やるべきことが、取り戻すべき者が居るはずだ。大人たちの都合に足を掴まれている暇なんてないぞ」
現状況を読み解き、最適な行動を取れと黒樫は行動を促した。
取り出したタブレットを素早く弾くなり、エネルゲイヤーΔより軋んだ駆動音が響く。黒き頭部がガクついた音を発し、片側しかない機関砲を迫る自衛隊と警官隊に向ける。
「さあ、これから本番だ! 老人は過去に縛られ、大人は現在を作り、そして子供は未来を進む! ならば大人として私は君たちの道を塞ぐ壁を今取り払おう。ある道を進むも新たに道を作るのも、後は君たち次第だ!」
エネルゲイヤーΔより一発のビーム弾が放たれる。
同時、タブレットを蒼太に投げ渡してきた。
満身創痍の状態で放たれた一発の威力は弱々しく、両者の間に沿岸部を覆う砂埃を巻き起こす威力しかなかった。
「白花くんを助けたらゲームで会おう!」
視界不良により飛び交う怒号の中、確かに響いた黒樫の声。
続けざま、確保の叫びが響く。
朱翔の身体を支えるみそらたちは、悔しさを噛みしめながら一度も振り返ることなく沿岸部からの撤退に成功した。
同時刻、太平洋上にて海面が突如として爆発し、大穴が開く速報が全世界を駆ける。
「うっ、うう、僕は!」
朱翔が目を覚ました時、見慣れぬコンクリートの天井だった。
簡素なベッドに身体は横となり、腹部が血塗れであるも身体に傷がないの気づく。
「気がついたか?」
みそらの声に顔を向けた途端、ペットボトルが飛んできた。
「それでも飲んで回復しとけ」
ぶっきらぼうな言い方だが感謝する。受け取った朱翔はキャップをひねり、中の水を胃の中へ流し込む。
「ここは?」
「あのおっさんが用意していた隠れ家の一つだよ。水も食料もあるから隠れ潜んで休むだけなら充分だ」
「けどいつまでも休ませてもらえないわね」
重い発言はたんぽぽだ。切れ長の目尻と顔を一段と険しくさせている。
「太平洋の海面にでっかい穴開いた速報だってよ」
蒼太からニュース映像が朱翔のARグラスに転送される。
原因は不明。海にヘソができたかのような大穴が前触れもなく唐突に生まれていた。
海のヘソは深き虚を今なお存続させている。
恐らくだがチュベロスからの、ここに来いというメッセージだ。
「さてと」
水を飲み干した朱翔はベッドから起きあがる。
鎖に巻き付かれたような身体の重みは水分を補給したことで軽さが増していた。
「おいおい、親友、その身体でどこ行くんだよ?」
「へいへい、親友、それは愚問だって知っているか?」
朱翔が動く理由などただ一つ。
白花を救い出す。
「兄貴には悪いがチュベロスが白花の意識を生かしているとは思えないな」
「けどさ、殺してないともいえないよ?」
憑依するにしろ、寄生するにしろ、寄生側が宿主を殺すのは自殺行為だ。
宿主が死ねば寄生側もまた死ぬ。もちろん地球内での生物の法則だ。宇宙ではどうか別だが、可能性はゼロではない。
「まあ、そうだよな」
やれやれとぼやきながらみそらは後頭部をかいた。
「白花を奪還する。ついでに地球を救う」
「もののついでにあの単細胞をぶちのめす」
方針は決まった。後は行動を起こすのみ。
「行くのね?」
「行ってこい、親友!」
止める権利などたんぽぽと蒼太二はない。
もうエネルゲイヤーΔを駆り共に戦うことができずとも託すことはできた。
「デュナイド、いけるか?」
『刺されたことで体力がかなり消耗している。二〇分以上の変身は君の生死に関わるぞ。それでも、いや野暮な質問だったな』
当然と朱翔は首肯する。
危険は何度もあった。何度も仲間の共に乗り越えてきた。
「可能性は、ここにあるから、救える力は確かにあるから」
朱翔は心臓ある胸部を強く抑えつけ、何度も頷いた。
そしてデュネクスギアを取り出し構える。
「デュナイセット!」
「デュエンター!」
朱翔とみそらは赤と青の光に包まれ、建造物を透過し空へと躍り出た。
「キタ、キタ、キタ、キター!」
チュベロスは急迫する赤と青の光に興奮を抑えられない。
光は巨人の姿となり、思惑通り現れた。
空間操作で海面に虚を開けたはいいものも、後少し到着が遅ければ苛立ちのあまりうっかり地球を爆破していた。それはいけない。楽しみをうっかりで潰すなどあってはならない。
「さあ、潰してやるぜ、おめーらの大好きな可能性を! この究極機怪獣戦艦デュナリプスでな!」
海面の虚より潜行させていた白銀の怪獣を浮上させる。
外見は最強の肉食恐竜、ティラノザウルスに近い。だが全長一〇〇メートルを越えた巨体。原種よりも野太く伸びる前足、背面より腕のように伸びる八本の触腕、胸部にて広がる鮫のような口、額には戦闘機にある透明な天蓋があり、白花が操縦桿を握りしめ不適な笑いを浮かべていた。
「戦闘開始の合図だよ、喜んで受け取りな! ポチっとな!」
操縦桿のボタンの一つを押し押し込み、デュナリプスの背面触腕の先端より、ミサイルの嵐を解き放つ。
一発一発が大陸一つを軽く消し飛ばす威力。それが一斉に赤と青の巨人に迫る。光と爆発の光芒が空を描き、赤と青の巨人は光線を放つことで撃ち落としていくも、触腕より放たれるミサイルの嵐は終わりを迎えない。
「ほれほれ、てめえらが死ぬまでミサイルは終わりがねえぞ!」
チュベロスは笑う。ミサイル程度で近づけぬとはなんとも情けない。
弾切れを狙ってか、バリアを張っているようだが無駄なこと。
「こいつに弾切れはねえ! 何しろ亜空間から無尽蔵に引き出したエネルギーを使って怪獣内部でミサイルを光子形成しているからな!」
巨人どもの悔しがる声と顔が操縦席から丸見えだ。
だが、ミサイル程度で悔しがるのは稚拙すぎる。
究極の通りこの怪獣は全性能を見せつけていないのに。
「へ~バリアを全身に覆って突撃してきたか」
発想と応用力の高さに敵ながら驚嘆する。
ミサイルの嵐を突き破り、デュナリプスの懐に飛び込まんと赤と青の巨人は突撃してくる。ミサイルで足止めしようとバリアに触れた先から爆発、爆発は他のミサイルに誘爆を引き起こし足止めとならない。
「へっへっへ、来るなら来いよ!」
接近を許そうとチュベロスが不敵な笑みを崩すことはない。
ミサイルの嵐を突き破った赤と青の巨人は速度をそのままに腕を交差する。腕に集いし輝きが光線として放たれた。放たれし赤と青の光線は螺旋描き、輝度を増して胸部装甲に激突する。
目映い閃光と着弾の衝撃が海面に大きな波と虹を走らせる。
「で? なにしたの?」
胸部装甲に圧力あり。システムがコクピットに座るチュベロスに無傷を報告する。赤と青の巨人が宙に浮かぶ形で立ち尽くしていた。
「びゃーはっはっは! てめーらのへなちょこ光線なんて、このデュナリプスの装甲に効くわけねーだろう!」
笑いすぎてお腹が痛くなってきた。一発放てば大抵の怪獣を倒してきた赤と青の巨人自慢の光線が通じていない。
「この光子皮膜装甲はな! 表面にある分子層が光攻撃を吸収、拡散させんだよ! それがぜ~んぶを覆ってんだ、光線放つだけ無駄! コクピット潰しに来ても無駄! なんで狙ってくださいって場所にあんのか、下等生物の無駄な頭脳でもわかんだろうよ!」
赤と青の巨人の行動の切り替えは早かった。
赤の腕を掴んだ青がブンブンと赤を振り回す。自慢の光線が効かぬと思い知り、早速とち狂ったのか、チュベロスは憐みの目で首を傾げてしまう。
「おっ!」
赤の足が爆ぜるように燃え上がった瞬間、チュベロスは驚きの声を漏らしてしまう。
スイングバイよろしく青が赤を解き放つ。灼熱の蹴りがデュナリプスの左肩部に直撃、カーンと乾いた金属音を響かせた。
「エネルギーがダメなら物理は悪かねえけどよ、残念でした!」
右がダメなら左からは定石だからこそ、右も左もガッチガチに固めてある。
「光子皮膜装甲の欠点はな、その構造上、質量攻撃に弱いことだ! だからこそよ、光子皮膜装甲の下にな、光子硬化装甲っていう物理攻撃にて生じる衝撃をシャットダウンする装甲が重ねてあんのよ! もちろん、光攻撃に弱い問題があってもな、二つの装甲の間に圧力センサーを挟むことで表装甲が外圧を受けた際に裏装甲のスイッチが入る仕組みよ! 光攻撃と物理攻撃、双方に対して絶対無敵な装甲が爆誕よ! 表面の装甲が光攻撃を無効、衝撃を加えると圧力センサーが動いて物理攻撃を無効、てめえらが光線放とうが殴る蹴るで戦おうが、効かねーよ、バーカ!」
故にアンチデュミナス。可能性を殺す可能性として怪獣戦艦は建造された。
「もちろん、ただカテーイ、ガンジョーじゃねえ、ただミサイル撃ちまくるだけかと思ったら大間違いだよ!」
背面の触腕が鞭のように動く。八つの触腕の先端より三つのクローが展開され、新たな嵐となって赤と青の巨人に襲いかかる。
「おらおらおら、どうした、どうした!」
もはや蹂躙としか呼べぬ光景であった。
触腕より展開されたクローが赤と青の巨人に終わりなき殴打を浴びせている。赤の巨人が胸部をえぐるように突き刺した触腕により天高く弾かれた。青の巨人は海面を跳ねるように叩きつけられた。
触腕より伝わる衝撃から部位的にバリアを張ってダメージを軽減させていると把握する。
恐らくダメージを受けることであえて距離をとって体勢を立て直す気だろうが、そのたくらみは頑固として認めない。離れれば触腕が届かぬと思ったことこそ大間違い。この触腕は大部分が亜空間に収納されている。地球程度のちっぽけな惑星に届かぬ場所などない。よって伸展した触腕が空に海にと離れた赤と青の巨人をクローで掴み上げ、怪獣戦艦の前に放り投げる。
「は~い、いらっしゃい!」
錐揉み状に迫る赤と青の巨人に向けて、怪獣戦艦の野太い腕がわにわにと動く。肘の部位から野太い柱が現れ、間接部より重厚な音を響かせる。
「地球爆発する前に、てめえらが爆発しちまいな!」
怪獣戦艦は五指を開き、掌の虚を露わとする。虚の奥より覗くのは鋭利な先端。力をため込むように両腕を後方に下げた怪獣戦艦は、赤と青の巨人めがけ掌を強かに叩きつけた。
「ぶっあああくはつ!」
接触と同時、肘より伸展した柱が腕の中を猛進する巨大な杭が赤と青の巨人に突撃、爆発を巻き起こした。
「ぴ~ぎゃはっはっは! 一方的に痛めつけるのってちょ~楽しい!」
天まで届かんとする二つの水柱を前にチュベロスは快感に包まれる。
圧倒的な力で蹂躙し破壊する開放感はなんとも言い難い甘美な快楽である。
地球爆破の次に最高に味わえる瞬間だ。
「おうおう、まだ生きてるのかよ、っかなんで五体満足どころか腹に穴開いてないんだ? 僕様は腹に穴開いたんだぞ? 不公平だろう」
海面に力なく浮かぶ赤と青の巨人にアーマー損壊のダメージはあろうと、本体に貫通痕どころかへこみすらない。
先の瞬間映像を解析すれば、撃ち抜かれる瞬間、接触部に何重ものバリアを重ねて展開させることで本体に加わる衝撃を減衰させて致命傷を避けてきた。
「くっあ~しぶてーな、ならさ、きれいさっぱり消し飛ばしてやるよ」
コクピット内で苛立つチュベロスは長い黒髪をかきむしる。
頬にまとわりつくサラサラとした髪がうっとおしくてたまらない。地球を爆発した後できれいさっぱり刈り取っておこう。
「やっぱさ、きれいさっぱり直にやったほうが今後の邪魔ないから安心するわ」
究極機怪獣戦艦の胸部が大きく開かれ、暴虐的な輝きが収束する。
「ヒッサーツ! 究極滅亡バス、タ、おおおう!」
必殺の一撃を放たんとした時、真横からの攻撃に意識を割かれ、チュベロスは砲撃を一時中断する。センサーにノロノロと接近する機影を捕捉する。姿形がはっきりと目視できるまで接近を気づかれなかったのは、あまりにもボロボロの骨だけだったらだ。
「おいおい、そんなズタボロになってまだ戦うのかよ?」
確かエネルゲイヤーΔだったか、前の肉体で自爆した際、邪魔してくれたデク人形。下等生物に操られるだけに成り下がった機械惑星の生き残りが現れてなにをするつもりか。頭部より機関砲を放ち続けているが、あのような状態でまともに撃てるはずがなく砲塔部が暴発する。それだけでなく各部より火花と噴煙を散らしながら、海面に浮かぶ赤と青の巨人を守るように不完全燃焼を起こしつつあるスラスタで滞空し、究極機怪獣戦艦の前に立ち塞がった。
「はぁん! 今更出てきてなにができるんだか?」
チュベロスは鼻穴をほじりながら失笑する。
「一緒に消えたいのなら、消えちまいな! ヒッサーツ! 究極滅亡バスターハザード!」
究極機怪獣戦艦が吼える。開かれし胸部に光の線条が幾重にも描かれて収束、禍々しい光は神速を超え、海面を消失させながら巨人たちを包み込む。
「ぴーぎゃはははっ!」
あっけない。あまりにもあっけない。放たれし一撃は爆発の煙すらあげさせない。ただ漂うのは粒子の残滓、閃光が鎮まれば広がるのは水平線のみ。はじめから存在しなかったかのように塵一つ痕跡すら残されていなかった。
「さ~て、地球爆発させますか!」
チュベロスは心奥底よりわき上がる快感に身を委ねていた。
だが、身を委ねる時間はあまりにも短かった。
「なんだ、このエネルギー反応?」
電子警告音が鳴り止まず、センサーが上空に空間の亀裂を捕捉する。
「はぁん、亜空間に緊急回避でも、したって、おいおい待て待て、待て!」
空の亀裂は枝分かれを繰り返す。エネルギー反応の上昇は止まらない。観測するモニターの計測値は天井知らず、ついには計測不能を叩き出し強制終了する。
快感を未知なる恐怖が塗り潰し、声を震えさせた。
「その姿は――なんだ!」
空間の亀裂より現れたのは金の右足と銀の左足だ。
その姿が現れる度、チュベロスの中で疑問が膨れ上がり口より吐き出させるのを強要する。
「圧倒的な力で身も心も砕いてやったぞ! 下等生物がまだ抗うのか! 痛めつければ痛めつけるほど立ち上がるのかよ! なんだよ、それ! なんなんだよ、その力は、その姿は!」
チュベロスの叫びに現れし金銀の巨人は男女重なった声で返す。
『愛だよ!』
「ざけんなああああああああっ!」
怒り叫ぶチュベロスは究極怪獣戦艦より無数のミサイルを放つ。
そして巨人の腕の一振りで、呆気なく粒子状に消失する瞬間を見せつけられ、愕然と口を開く。
この姿はデュナイドでもデュエンドでもない。
故に名乗ろう。
『 Dunamis…▽…EVOL……』
二つ、いや三つの可能性が一つとなり愛を救う姿の名は――
『
――
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