第48話
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金太は、家に入ると真っ先に母親のところに行き、河合邸で豪華な寿司をご馳走になったことを伝えると、足音を立てて階段を駆け上がった。
部屋に入った金太は、河合老人のもらったふたつのアメリカ土産を机の上に並べ、暗号を解読した充実感、みんなと一緒に高級寿司を食べた満足感、そして10月に戻って来るお爺ちゃんの孫に会える期待感、それらを交互にじっくりと噛みしめていた。
母親の声が聞こえた。時計を見るとすでに7時を過ぎていた。
階下に行くとすでに父親が仕事から戻っていて、シャワーを浴びたあとだった。
家族4人揃っての夕食がはじまり、話題はもっぱら仲間と行った河合邸に集中した。そして金太がいちばんいいたかったのは、父親がくれたヒントの「1.0CM」という数字だった。あれ以来金太はちょっと父親を見直している。あれがなかったら暗号解読に至らず、落ち込んで最悪な夏休みになっていたかもしれなかったからだ。
「よかったじゃないか」
大好きなビールのグラスを手にしながら笑っていった。
「うん。10月になったらぼくと同じくらいの男の子と妹がニューヨークから戻って来るんだって」
「すごいな、帰国子女か。その子と友だちになったら英語ペラペラになるぞ」
父親はやや茶化すようにいった。
「そんなんだったら苦労しないよ」
英語があまり得意じゃない金太は、少し期待するような口調で首を振った。
「冗談だよ、冗談。あっはっは」
父親は枝豆を口のなかに放り込んだあと、ビールグラスを空けた。
金太は噛み合わなかった話を思い出しながら部屋の机に向かっていた。別に参考書を開けるわけでもなく、ノッポたちにメールを送るわけでもなく、ただ漫然とコバルト色に染まった窓ガラスに視線を向けていた。
しばらくして金太は姉の部屋をノックした。
「なあに」
「姉ちゃん、ちょっといいかな」
ドアの前に立ったまま話しかける。
「だから、なに?」
ドアを開けた増美は、勉強をはじめたばかりなのか苦虫を潰したような顔で金太を見る。
「きょう、あのお爺さんにもらったんだけど、これ姉ちゃんにやるよ」
金太は右の手をすっと差し出した。
「なにこれ?」
「ドリームキャッチャーっていうんだ」
「そんなことは見ればわかるわよ」いつもの表情に戻っていった。
「姉ちゃん大学受験があるだろ? これお守りにしたらいいよ」
「ちょっとこっちに来なさい」増美は弟を部屋のなかに誘った。「だってそれはあんたがもらったもんだし、受験は私よりあんたのほうが先でしょ」
手にしたボールペンを指の上でクルクル回しながらいう。
「そうだけど、オレの高校受験より姉ちゃんの大学受験のほうが大事だろ。オレだってそれぐらいトウさんやカアさんを見てたらわかるさ」
「そんなことないよ。お父さんやお母さんは私よりも金太のほうが心配なのよ」
「オレが頭わるいからか?」
金太は眉間に皺を寄せ、口をへの字にした。
「なにひがんでるの、そうじゃない。あんたは男だし、この家の跡取りでしょ、だから」
「っていうか、そんなこと考えたことない」
「……あっ、いいこと思いついた」
金太の手からドリームキャッチャーを取り上げるようにすると、「おいで」といい残して階段を急いで降りた。
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