第21話

 次の日、昨日と同じように母親に河合老人が姿を見せないことを話したあと家を出た。最近は短時間ながらも真面目に勉強しているのと、河合老人の家から帰ると、必ず手土産をもらってくるので母親もあまり小言をいわない。

 きょうは釣り場には行かずに、直接河合邸に向かった。相変わらず真夏の陽射しは容赦なく刺し込んで来る。家を出てしばらくはそれほどでもないのだが、河合邸に着く頃には首から背中にかけて汗が流れていた。

 自転車を門の前に置いた金太は、躊躇なくインターホンに向かった。1度額の汗を拭ったあと、意を決してボタンを押す。昨日と同じようにまったく反応がない。

(やはりなにかあったのかもしれない)

 そんなことを考えていたとき、目の端でひらひらと揺れ動いているものに気がついた。

 気になって近づいてみると、通用口に幅が2センチほどで、長さが40センチくらいに切られた紙が画鋲でとめられていて、それがわずかな風に揺れていたのだ。

 その短冊のような細長い紙にはボールペンで意外なことが書かれてあった。

『金太くんへ スイカツラノウレイヲアヤマチトヤメバウシコサワグ 1.0CM』

 金太は、自分の名前が書いてあったことで画鋲から外して読んだのだが、まったく意味不明の言葉に頭のなかがとっ散らかってしまい、思わずその場にしゃがみ込んでしまった。

 これは河合老人が連絡用に貼っておいたものに違いないと考えた金太は、しばらく門柱が拵えた影の部分に腰を降ろして、伝言とおぼしき文字を何度も読み返した。カタカナの部分もそうだが、最後の「1.0CM」というのも理解不能だった。

 解読を諦めた金太は、なにが書かれているのかわからない紙切れを丁寧に畳んで半ズボンのポケットに入れると炎天下のなか家に向かってペダルを踏んだ。

 家に帰ると、真っ先にタオルで躰を拭き、冷蔵庫から麦茶を取り出し一気に呷った。エアコンのリモコンを手にすると設定室度を下げると同時に風速を最大にした。

 両目をつぶって胸元に冷風を受けていたそのとき、後ろで声がした。

「どうしたの? 河合さんのところに行ったんじゃなかったの?」

 母親が山盛りなった洗濯カゴを抱えながら訊いた。

「うん、行ったんだけど留守だった。インターホン押したけど誰も出て来なかった」

 金太はエアコンに向かったまま話す。なぜか自分向けのメッセージがあったことは口にしなかった。

 汗が落ち着いた金太はもう一杯麦茶を飲んだあと、頭を掻き毟るようにしながら2階の部屋に向かった。

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