第20話

 次の日、きょうは河合老人の家に行くかもしれないと母親に話してから家を出た。

 池について道具をセッティングしたあと、ぐるりと見回したが散歩を楽しんでいるような人影はなかった。金太は腕時計に目を落としながら、いつももう少し時間が遅いから、そのうち声をかけてくれるだろう、そう思いながらウキの頭を凝視し続けた。しばらく水面を見ていると、突然ウキがつんと水面下に隠れた。金太は手首を返して竿を立てた。獲物は間違いなくかかっている。水中で激しく抗う魚の力がまともに伝わって来る。竿を斜めに寝かせてゆっくりと岸に引き寄せる。その瞬間銀色の鱗がキラリと光った。浅瀬まで引き寄せたとき獲物の全貌が見えた。針にかかったのは10センチほどのマブナだった。

 それを見て金太は期待したほどのサイズでないことにやや落胆した。マブナを針から外してやると、そっと池に帰してやった。小学生の頃は、その日釣れた魚を自慢げにポリバケツに入れて家に持って帰ったものだが、最近は面倒臭くなって釣ったあとはこうやってすぐに放流してやるのだ。そうすればまた釣れるような気がした。

 魚を池に帰したあと、立ち上がって首を回しながら池の周囲を追って見るものの、それらしき人物は見当たらなかった。

(やはり、この暑さで躰の調子を崩したのかもしれない)

 金太は道具をナップサックにしまうと、急いで自転車のところに行き、釣り竿を車体に縛り付けたあとおもむろにペダルを踏み込んだ。

 気が急いているからか、一生懸命ペダルを踏んでいるにもかかわらず思ったより時間がかかった。

 河合邸の門に前に佇んでいたのだが、なにせ敷地が広すぎて家のなかの様子などわかるはずがない。金太は通用口の横にあるインターホンのボタン思い切って押してみた。しばらく待ってみたがまったく反応がない。もう1度押してみるがやはり同じだった。

 これ以上どうすることもできない金太は、未練が残ったが諦めて帰ることにした。自転車を漕ぎながら、河合老人がいないのはそれほど不思議に思えなかったが、お手伝いの君代さんまでいないことに納得がいかなかった。

 釈然としないまま自分の部屋に入った金太は、机に向かっていろいろなケースを推理してみたものの、自分の都合のいいようにしかストーリーを紡げなかった。そして出した結論は、明日もう1度河合邸に行ってみることにした。

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