第10話

           3


 秘密基地に釣り道具一式をしまうと、ドアに鍵をかけたあと腕時計を覗いた。文字盤の数字は13:45を表示していた。

 家に帰ってリビングに顔を出すと、父親と母親がテレビを観ているところだった。ソファーの母親が首だけ回して、「金太、お昼ご飯は?」、と訊いた。

「すませた。これもらった」

 最近の金太はいつも母親に対してこんな調子だ。本人に悪気はまったくないのだが、ついこういう口調になる。

「なに?」土産物とわかったからか、座り直して手提げ袋を受け取った。「まあ、立派なマスカットと梨が3つも。こんなにたくさん誰にもらったの?」

 いつもなら眉間に皺を寄せる母親だが、どうやら好物のフルーツをもらって来たことでご機嫌がよさそうだ。

「うん、友が淵の池によく来る人。独り暮らしだから遊びに来いって」

 金太は面倒臭そうにいう。

「大丈夫なの? その人」

「なにが?」

「ひょっとして男の子に悪戯するとか、計画的に誘拐を企んでいるとか……」

「お母さんテレビドラマの観すぎじゃないのか」

 テレビを観ていた父親が横から口を挟んだ。自動車の部品を製造する会社に勤めている父親は、きょうは土曜なので会社は休みだった。

「そんなことないわよ。だってこのところそういった事件が多いんだから。なにかあってからでは遅いじゃない」

 母親は子供への心配を否定されたと思ったのか、語気を強めて必死に弁解をする。

 ふたりの遣り取りを横目に、金太は冷蔵庫から冷えた水を取り出してコップに移す。

「なに変なこといってんだよ、河合さんを見たこともないくせに。それにわざわざ果物までくれたんだ。誘拐なんて考えてるはずないじゃん。バッカじゃねえの」

 せっかく手土産を持たせてくれた老人に対して、母親のいきなりの言い方に金太は腹立たしく思った。

「その人、河合さんっていうの?」

「ああ、すっげえ大きな洋館にひとりで住んでる。庭だってめっちゃ大きい。もうすぐ夏休みだから、休みになったらまた遊びにおいでっていってた」

 金太はグラスに残っていた水を一息で飲んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る