第11話
「お昼もその家で?」
「うん。別に食べたいっていったわけじゃないけど、知らないうちにお手伝いさんが素麺を用意してくれてた」
「お手伝いさんがいるの?」
母親は愕いた顔になって訊いた。無理もない、お手伝いさんなんて言葉を最近耳にしたことがなかったからだ。
「そうだよ。だからめっちゃ大きい家だっていったじゃん」
ちゃんと話してるんだから2度同じことをいわせるな、といった顔で母親を見る。
「その河合さんって人の家、この近くなのか?」
父親がタバコの箱に手を伸ばしながら訊いた。
「うん。自転車で5分くらいかな」
「河合さんねえ……このへんで大きい家……庭が広い……。長いこと住んでるけど、どうも心当たりがないなァ。お母さんも知らないだろ?」
「知らないわ。ねえ、お礼に行かなくていいのかしら」
母親は大きなマスカットをラップにくるみながら父親に訊く。
「別にいいんじゃないか、そんなに神経質にならなくても。なあ金太、今度その河合さんに会ったら、両親が喜んでましたっていっといてくれ」
父親はタバコの烟りを吐き出したあと、ソファーに背を預けて金太を見た。
「わかった」
金太はそういい残すと、振り返ることなく2階の自室へ階段を昇った。
机に向かうと、いつものようにパソコンの電源ボタンを押す。期待しながらメーラーが立ち上がるのをジリジリしながら待ったのだがどの友だちからも連絡はなかった。あるのはわけのわからないメールばかりだった。迂闊にクリックなどしようものなら取り返しのつかないことになりかねないので、すべてをゴミ箱に投げ捨てた。
金太は、デスクトップの荒廃した山の壁紙を凝視しながらしばらく考え事をした。
夏休みに入ったら、あの老人の家に遊びに行って、いまある自分の胸の内をすべて話してみようかと思っている。父親や母親に聞いて欲しいと思うのだが、まともに聞いてもらえそうにないような気がしてつい話すのを躊躇してしまう。友だちのノッポやアイコに話そうと思ったこともあるのだが、自分だけが苦しんでいるはずがない、彼らだってきっと同じ悩みを抱えているに違いない……そう考えると自分の気持を楽にしたいだけの理由で相談するのは自己中と思えてならなかった。あのお爺さんだったら人生経験が豊かで、客観的なアドバイスをもらえそうに思えたのだ。
そう決心した金太は、月曜までにやらなければならない数学と英語の宿題にとりかかった。だがやはり数学だけはニンジンのサラダやカボチャの煮物より苦手だった。でもこれを克服しなければ次の一歩がない。なんでもするから、誰かニンジンのサラダにかけるドレッシングを見つけてくれないかと胸のなかで手を合わせるのだった。
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