第16話
ふたりが外から戻ると、すかさず君代さんがリビングに冷たい飲み物を運んで来た。
「そうかい。もらってもらえて、私のほうも大助かりだったよ。ああいうものは足が早いからいつまでも置いておくわけにはいかないからね」河合老人は、両手のひらをマッサージでもするかのように軽く擦り合わせながら金太の顔を優しい眼差しで見る。「そうそう、金太くん、さっき悩みがあるっていってたけど、もしよかったら私が聞いてあげようか?」
目の前に置かれた麦茶の器に手を伸ばしながら訊いた。
「ええ、はい」
金太は煮え切らない返事をしながら、ソファーから腰を浮かせると、尻のポケットから折り畳んだA4の用紙を取り出した。
「……ぼくいま中学の3年生で、来年受験なんですけど、正直なところ勉強が苦手だからみんなにどんどん放されて行くんです。それは自分でもよくわかってるんですけど、どうしようもなくて……。それとか、受験勉強が障害となって、これまで仲がよかった友だちとの距離がどんどん離れて行くような気がしてならないんです」
金太は、ずっと老人にあったときのイメージトレーニングをし続けていたこともあって、話に澱みがなかった。
「なるほど。そんな悩みを持っていたのか。可哀そうに。ところで、金太くんは学校の成績はどうなんだい?」
「中の……下くらいです」
金太はいったあと、照れくさそうに後頭部を掻いた。
「ほうほう、それなら大丈夫じゃないか」
「……?」
老人のいっている意味が金太には理解できなかった。
「だって、ビリじゃないんだろ? だったらまだ可能性は充分にある。ただ、いま金太くんは勉強の仕方がわからないだけだと思うよ。勉強の内容が私の時代と違うから適切はアドバイスができないけど、きみの友だちならそのへんをクリアーしてるはずだから訊いてみたらいい」
「でも……友だちに訊くのはいいんですが、みんなもいろいろと悩んでると思うんです。そんなことくらい自分で解決しろよっていわれそうで、なかなか相談できないというのが本音です」
金太は俯いたまま顔を上げなかった。
「金太くん、きみはこういうことわざを聞いたことがあるかね? 『聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥』。このことわざは、知らないことを聞くのは恥ずかしいことかもしれないけど、知らないままにしておくと自分もさることながら、自分の子供、孫まで知らないままになって取り返しのつかないことになってしまう、という教えが含まれているんだよ。だから、知りたいことがあるんだったら躊躇なくたずねたらいいんじゃないかな」
「そういうもんですか?」
顔を上げた金太は、ようやく真正面に老人の顔を見ることができた。
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