第17話

「そうさ、それが友だちというもんだ。友だちに遠慮したらだめだ。そこで今度は私のほうから金太くんに質問がある」

「質問ですか?」

「そう。きみのなかで友だちの定義というのはなにかね?」

 河合老人は麦茶の器をテーブルに戻しながら金太の顔を見る。

「友だち、友だち……えーと、よく話をしたり、一緒に遊んだりする仲のいい人でしょうか……うーん、よくわかりません」

「そうだね、まあ、いまきみのいったことで間違ってはいないよね。もう少し難しくいうと、よく話をするといっても、共通の話題がなければそんなに長続きはしないだろうし、遊びにしても同じ価値観じゃないと次がないと思うんだ。それらのことを総合すると、相手の気持を考えつつ意見の交換をし、お互いに愛情を注ぎ合いながら信頼を築くことで成立する関係だと思うよ。だからお互いの間に信頼というものがあるかぎり距離が離れても気持は離れないから心配しなくてもいい。もっと友だちのことを信じなさい」

 拱手したままの老人は、少しでも金太にわかるようにとゆっくり話した。

「わかりました。もっと友だちを信用するようにします」

「そうだね。そうそう、勉強の仕方なんだけど、一気に追いつこうと無理をせずに、まだ時間はあるんだから、毎日1時間でもいいからやるようにして、それができるようになったら次は2時間、その次は3時間といったように計画を立てて進めることだ。だって1時間できないものが3時間は絶対に無理だからね」

「確かにお爺さんのいうとおりです。いわれてはじめて気がつきました。きょうから少しずつはじめることにします」

「それがいい」

 丁度そのとき君代さんがお昼の準備ができたことを伝えにリビングにやって来た。

「さあ、金太くん、腹ごしらえをすることにしよう」

 誘われるままダイニングに行くと、きょうは鮮やかな具の盛られた冷やし中華が用意されてあった。

 ダイニングの椅子に腰掛けるやいなや、胸のなかにあったものをすべて吐き出すことのできた金太は、気がつくと腹の皮が背中にくっつくくらい空腹だった。麺の上に載せられたキュウリ、ハム、薄焼き卵、モヤシを丁寧に混ぜ合わせると、冷たく冷やされた麺を少し強めの酢に噎せながら啜った。

「そんなに慌てなくてもいいから」

 向かいに座った河合老人は、箸の手を止めて笑いながら金太の仕草に見入っている。

 麺を2口3口食べて落ち着きを取り戻した金太は、まだ口のなかに麺を残しながら、

「本当に家族がいないのですか?」と唐突にたずねる。

「息子がひとりと、孫がふたりいる。上は君と同じくらいの男の子で、下に3つ違いで女の子がいるんだが、いまは家族ぐるみでニューヨークに住んでる、仕事でね。いつ帰って来るかわからない。私の奥さんは15年前にガンでなくなってしまった」

 河合老人は、話し終えてからこれまで見せたことのない淋しげな顔をした。それを見て金太はちょっと後悔をした。

「でもいつかはみんな帰って来るんですよね?」

「まあ、私の葬式には帰ってくるだろう……あっ、はっ、は」

 老人の笑う姿を見て、金太の目には無理しているように映った。

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