第6話

 土曜日は朝から池に向かった。昨日と同じように鈍色の雲が低く立ち込め、すっきりしない日だった。きょうも魚が餌に興味を持たない日なのかもしれないと思いつつ、力を込めてペダルを踏む。陽射しはまったくないが、少し進んだだけで額にびっしょり汗をかいた。

 土曜日ということもあってか、いつもの場所が占領されていた。少し出遅れた感に後悔しながら目ぼしい場所を探すものの、なかなか気に入る釣り場が見つからなかった。

 それでもせっかくここまで来たのだからと、あまり釣り人のいない場所を探して竿を投げた。心がすでに諦めきってそれを先方が察知しているからか、何度新しい餌を打ち込んでも反応はなかった。

 大きな溜め息を吐きつつ道具をしまっていたときだった。突然背中で声がした。

「金太くん、きょうはいつもと釣り場所が違うんだね」

 振り返ると、この前声をかけて来た老人が笑いながら佇んでいる姿があった。

「はい。きょうは土曜日なので人が多くてだめです」

 左手に釣り竿を、右の肩に釣り道具の入ったナップサックをかけて池の土手を登りながらいった。

「きみのような名人でもきょうばかりは思うようにいかないかね?」

「いえ、ぼくはそんなに上手じゃないです。お爺ちゃんに教わったとおりにやってるだけなんで」

 金太はまだ未練があるのか、池の中央に目を遣ったままで返事をした。

「きみのお爺さんは魚釣りが得意だったのかね?」

「得意だったのかどうかはわかりませんが、いろんな魚釣りを教えてくれました。でも、そのお爺ちゃんも1年前に病気で亡くなったんです。この池に来て魚を釣っていると、お爺ちゃんのことを思い出すんです」

「そうかね。金太くんは余程お爺ちゃんのことが好きだったんだね」

「はい」

 金太の返事に澱みはなかった。

「ところで、金太くん、きょうはもう釣りはおしまいかね?」

 老人は白髪眉毛を何度も動かしながら訊いた。

「これだけ人がいると魚のほうも警戒して深みに逃げ込んでるみたいです」

 土曜日に釣り人が多いのはきょうに限ったことではない。金太もある程度予測をしていたので平然とした顔でいった。

「私の家はこの近くなんだけど、もしよかったらこれから遊びに来ないかい?」

 老人は優しい笑顔で金太を誘った。

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