第7話

「えッ?」

 金太は、なにか聞き違いをしたのかのかもしれないと思った。

「いや、私は独り暮らしでね、誰もいないから遠慮しなくてもいいんだよ。それともなにかい、知らない人だから危険な目に遭わされるかもしれないとでも思ってるのかい? 私がそんな怪しい者に見えるかね? それにこの歳じゃあ若い金太くんに勝てそうもないよ」

 老人は歩きかけようとした姿勢で話す。

「そんなんじゃないんですけど……」

 正直なところ、金太はどうしたらいいか逡巡していた。

「歩いて5分ほどだ。まあせっかく金太くんを誘ったんだけど、さっきもいったように独り暮らしだからきみの気に入るようなもてなしはできないよ。これだけは先にいっておく」

 すでに老人はゆっくりと歩きはじめていた。

 老人の家は金太の家と池の丁度真ん中あたりで、いつも金太の通る道より1本なかに入った閑静な場所にあった。

 石を積み上げた塀が長く伸びている。塀の上から大きな木の枝が道路のほうに伸びて、いくつも涼しげな陰を拵えている。

 正面には黒く塗られた大きな門があり、その横には人ひとり通るくらいの通用門がある。つと門柱を見ると、立派な檜の表札に「河合」と筆で書かれてあった。

「自転車はなかに入れておきなさい。万が一盗まれんとも限らんからな」

 金太は河合老人のいうとおり自転車を塀のなかに入れた。

 門から玄関までは石畳が続いている。その両脇はツゲとツツジの生垣があり、その向こうは森と見まがうくらい鬱蒼と木々が植えられてある。

 サクラ、ケヤキ、クヌギ、モミジ、マツ、イチョウ……樹木が体裁よく配置されている。まるで植物園だった。おそらく季節を愉しめるように造園されているのだろう。金太の家の庭で自慢できるのはお爺ちゃんが大事にしていたアジサイくらいだ。

 緩傾斜なアプローチを進むと、外壁が薄いグリーンのタイル張りで、2階建ての洋館が姿を見せた。いまにもずり落ちそうに組まれた瓦が珍しくて、首が折れるように見上げたまましばらくその場に固まってしまった。いままでこんな立派な家を見たことがなかった。

「さあ、遠慮しないでいいから」

 河合老人は玄関の大きな扉を開けながら金太を招じ入れた。河合老人はパナマ帽を脱ぐと慣れた手つきで帽子掛けにかけた。夏らしく短かくした頭髪は白髪だったが、禿げてはいなかった。

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