第8話

 玄関の床も象牙色のタイルが張られ、白い壁にはバラの描かれた油絵が飾られてあった。

 金太がスニーカーを脱ごうとしたそのとき、奥の部屋あたりから物音が聞こえた。

「誰かいるんですか?」

 金太は怯えたような目で河合老人を見る。

「ああ、お手伝いさんの君代さんだよ」

「でもさっき独り暮らしだって……」

「基本的はひとりで暮らしてるよ。まあ、なにもかも自分でやれといってもね、この歳になるとなかなか思うように躰がいうこと利かなくてね。だから君代さんにこうして1週間に3日ほど助けてもらってるんだよ」

 金太ははじめて訪問したこともあって、借りて来た仔猫のようにきょろきょろと室内を見回す。通されたリビングは自分の家のリビングとは比べものにならないくらい広くて、庭を見渡せるほどの大きなガラス窓からは光りがいっぱい入っていた。

 壁際に置かれた高級そうなサイドボードには、見たこともないウィスキーやブランデーのボトルがいくつも入っており、天板には大理石の置時計とバラの生けられたガラス製の花瓶が置いてあった。

 河合老人に勧められてソファーに座った金太だったが、どうにも落ち着かない。いつも家では片足をソファーの上に乗せてリラックスこの上ない姿勢でテレビを観ているのだが、どうも勝手が違う。

 しばらくすると、君代さんがお盆に飲み物を載せてリビングに入って来た。まず金太の前にコーラの入った少し背の高いグラスが置かれ、河合老人の前には麦茶の入ったガラスの茶碗が置かれた。

「さあ、金太くん、咽喉が渇いただろう。この家にはこんなものしかないけど、遠慮なく飲みなさい。もっと欲しかったら君代さんに頼んだらいから」

「はい」

 金太はグラスを手にしながら、このお爺さんはコーラを飲むのだろうか、という疑問が湧いた。老人のいうとおり咽喉がカラカラだった金太は、一気に半分ほど飲んだ。噎せ返るほどの炭酸が咽喉の奥で跳びはねた。

 コーラを飲んだことで少し気持が落ち着いた金太は、部屋の隅にあるガラスに囲まれた縦長のケースが目に入った。

「あれって……」

「あれは私が昔から集めてきたもので、気に入ったものだけをああしてケースに入れて楽しんでる、いってみれば私の宝箱というところかな」河合老人は目を細めて嬉しそうにいった。「もしよかったら、もっと近くに行って見てごらん」

「いいんですか」

 金太はようやく笑顔になって老人を見た。

「いいよ、いいよ。好きなだけ見なさい。なかから出して触ってもいいよ」

 ガラスの飾り棚には、金太の興味を惹きそうなものが整然と飾られてある。

 アンティークの腕時計や金の懐中時計、万年筆が3本、革のケースに収まったナイフ、外国のコインなど、どれも金太の興味を惹くものばかりだった。

 金太も宝箱を持っている。いつも秘密基地の棚の上に載せてある、金属製の菓子箱だ。なかに入っているのは河合老人のものとは較べものにならない粗末なものばかりだが、それでも秘密結社のメンバーが持ち寄った大切なものだった。

 金太がいちばん気になったのは、赤いケースに入った金縁の懐中時計だった。子供の金太が見ても高価なものであることがわかった。

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