第45話

 金太は、あることは知っていたが、まだこの家の池を見たことがない。スニーカーを前のめりになりながら履くと、真っ先に庭の隅に作られた池に向かった。そこはほかの場所とは少し違っていて、あまり直射日光が当たらないようになっていた。

 突然黒い鏡のように反射している水面がわずかに揺れた。金太は反射的に身を屈めて角度を変える。白と赤の斑模様まだらもようの錦ゴイが泳いで行くのが見えた。その後も目を凝らすと、大小のコイの悠然と泳ぐ姿があった。

(こんな池があったら、友が淵で釣った魚を何匹も泳がすことができるのにな)

 金太は羨ましくて仕方なかった。

 ネズミは木々が密集した場所でなにかを集めている。3種類の蝉があらん限りの声を絞り出して合唱している。金太がネズミのそばまで行くと、樹皮に遺された蝉の抜け殻を集めていた。

「すっごいね、この家。自分とこの家でこんなにあるんだもん」

 ネズミは、金太の目の前で両手を開いて溢れんばかりの抜け殻を見せた。

 やはりアイコは女の子だった。燦々と降りそそぐ太陽をまともに受けて、お爺さんが大事にしている花壇を覗き込んでいる。花壇には色とりどりの百日草、赤い花をつけたベゴニアなどが植えられてあった。なかでも一際目立ったのは、太陽に向かって力いっぱい伸びているヒマワリの花だった。

 ノッポはどこだろうと首を回していると、縁側に腰を掛けて、なにやらお爺ちゃんと話をしている。金太は気になった。

 みんなが思い思いに広大な庭を楽しんでいたとき、母屋のほうから声が聞こえた。

「おーい。お昼の用意ができたから、家に入りなさーい」

 老人が手招きしながら呼ぶと、牧場の羊のように四方から集まりはじめた。

 ぞろぞろと老人のあとについてダイニングに入ると、金太以外の3人はあまりの立派な内装に、つい部屋中を見回してしまった。

 テーブルの上には、5人分の用意がされてある。思い思いの席に座ると、キッチンのほうから君代さんが寿司桶を運んで来た。そしてみんなの前に丁寧に置いた。金太たちは置かれた寿司桶を覗き込んで目を丸くした。そこにはこれまでに見たことのない豪華な寿司ネタが並んでいたからだ。感動の溜め息をつく間もなく吸い物の椀が置かれた。そこには鯛の潮汁が張られてあった。

「お腹が空いただろう、さあ、食べよう。君たちには肉類のほうがよかったかもしれないけど、なんせ向こうは胃にもたれるような料理が多かったから、年寄りの私としてはおいしいお寿司が食べたかったんだ。さあ、さあ」

 河合老人は箸を手にすると、色鮮やかなマグロに手を伸ばした。

 金太たちは「いただきます」と声を揃えると、隣りの寿司桶を覗き込むようにしながら好物のネタから食べはじめた。

 4人が無言で寿司を頬張っているとき、君代さんが姿を見せた。

「お吸い物はお代わりありますからね、どうぞおっしゃってください」

 そういいながら4人の真ん中に助六寿司の桶を置いてキッチンに戻って行った。

「君たちの年齢は食べ盛りだから、寿司桶ひとつじゃ足らないだろ、それも食べていいからね」

 満足そうな笑顔で話す老人は、金太たちの旺盛な食欲を見て、心の底から楽しんでいるようだった。

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