第32話
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その晩、金太の家は大騒動になった。
夕飯を食べながら、友だちみんなが集まって暗号解読の方法について話し合ったことを話そうとしたときだった。2本目のビールを半分ほど飲んで気分がよくなったのか、父親が突然家族旅行の話を持ち出した。全員が箸を止めて父親の顔を見る。
どうやら夏季休暇が3日間取れたらしくて、その休暇を利用して家族で外出しようということらしい。それと、来年増美は高校3年生、金太は高校生になる。年頃の子供が親と一緒に行動するのは、今年が最後の夏になるかもしれないと思ったようだ。原因がもうひとつあって、休暇の日程が金曜日まで調整がつかなくて、まったく予定が立たなかった。それについては事前に知らされてた母親だったが、あまりにも突然のことにはじめて聞いたような顔になった。
3人同時に催眠術が解けたかのように、ようやく箸が動きはじめた。もくもくと食事をするその姿は、父親が次に発する言葉を待っているようだった。
「どうだ、みんなしてジャンボプールにでも行くか?」
「ばっかじゃないの、子供じゃあるまいし」
増美はホウレン草のお浸しを箸先で解しながら強い口調でいう。
「私もプールなんていや。この歳で日焼けなんかしたらあとが大変だから絶対にいや」
母親は目をつむって何度も首を横に振った。
「金太は?」と、父親。
「オレはどっちでもいい」
投げ遣りな返事をする金太。
「じゃあ、お父さんと金太で行ってくればいいじゃん。私は家で勉強する」
増美の言葉に家族での外出計画は音を立てて崩れて行った。
刀を抜いて勝ちどきを揚げようとした父親だったが、刀を納める場所を失くしてしまった。
「じゃあ金太、お父さんとふたりだけで泳ぎに行くか?」
ビールのコップをテーブルに置く。
「いいけど。いつ?」
「明日は日曜でおそらくイモを洗うようになるだろうから、月曜にしよう、月曜」
「わかった」
金太の心境は複雑だった。家にばかりいるのも、池に魚を釣りに行くのも普段の生活となんら変わりがない。たまには違う景色を見ながら思い切り遊んでみたいと思う反面、父親が嫌いなわけじゃないけれど、なにを話していいか考えているうちにいつもと同じ話になってしまうのに抵抗がないこともなかった。
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