第15話「奇襲」






   第15話「奇襲」



 その後、ティティー王妃の噂は収まるどころか、悪化する一方だった。

 そのためエルハムも外出を控えるようになっていた。


 けれど、アオレン王とティティー王妃は公務を止めるわけにはいかず、騎士団に見守られながら出掛ける日が続いた。

 騎士団員が見守る中でも、中庭に火が投げ込まれぼや騒ぎになったり、謁見中に暴れてアオレン王に掴みかかろうとする人がいたりと、暴動が起こる一歩手前まで来ていた。


 アオレン王もティティー王妃もそれについては否定し、話しを続けていたけれど「実際に遊んだという男がいるぞ。」や「ドレスを注文してきたわ。」とデマを言う人まで増えており、2人の言葉はシトロンの人々に伝わることはなかった。


 そんな中、エルハムはただ怯える日々を送っていた。

 いつも笑顔で挨拶をしてくれて、優しいシトロンの人々。そんな人達が一転して、怒りを表し攻撃をしてくるのだ。

 どうして母の言葉ではなく噂を信じてしまうのか。エルハムは、それがわからなかった。


 エルハムはこっそり城を抜け出してシトロンの城下町に行って、いつも声を掛けてくれた人々に母の事を説明した。

 けれど皆がエルハムを憐れむような目で見て、「子どものエルハム様は何もしらないだけ。」と、相手にしてくれなかったのだった。


 それから、エルハムは自国の人々に会うのが怖くて城に閉じこもる事が多くなっていた。




 そんなある日。

 ティティーが病院での歌のお披露目の公務があり、出掛ける事になっていた。それに同行する予定だったエルハムは、危険だという事で見送られる予定だった。


 その日の朝、ティティーは準備をした後にエルハムの部屋にやって来たのだ。


 「エルハム。出掛けてくるわね。」

 「………お母様。お母様が一番危険なのだから、お休みなさってはいかがですか?」

 「………エルハムは、シトロンの人達が怖い?」


 ティティーはエルハムを優しく抱き締めながら、優しく答えた。白い細身のドレスを着て、綺麗に化粧をした母は、とても美しくまるでラズワルト国にいると言われる妖精のようだった。ティティーは花のような香りがして、エルハムは母に抱きしめられるのがとても好きだった。


 母の問いかけに、エルハムは正直に頭を縦に振って肯定をした。すると、ティティーは「そう。」と言って頭を撫でてくれる。


 「エルハム。みんな、何を信じていいかわならないで不安なだけなの。だから、私たちからみんなを信じなければダメよ。きっと、わかってくれる、と。………私たちは、シトロンの皆を笑顔にするために居るのだから。」

 「………でも、みんな怖い顔をしているわ。そして、お母様を悪者だと言っている。本当の事じゃないのに、どうしてわかってくれないの?」

 「大丈夫よ。……きっとわかってくれる。私たちが笑顔で語りかければ、きっと……。だから、信じましょう。そして、いつも通りに私たちはみんなの笑顔を作っていくために努めるのよ。」

 「………私に出来るかな、お母様。」


 

 怖いと思ってしまうと、なかなか見方を変えられるものではない。そして、母のように自分が何をすれば人々に喜んでもらえるのかわからないエルハムは不安でしかなかった。


 けれど、ティティーは飛びきりの笑顔で、エルハムに言った。


 「エルハムには出来るわ。なんたって、私の自慢の娘なんだからっ!」

 「お母様………。」


 大好きな母からの誉められ、激励される。

 それがエルハムにとって、一番力になる言葉だった。

 

 まずは、いつも優しくしてくれたみんなを信じよう。たった一度、怖い顔をされて勘違いで迷い戸惑って反乱を起こそうとしているだけなのだ。昔からずっとエルハムを見守り、成長を喜んでくれたのは両親と城の人、そしてシトロン国のみんなだった。

 そんな人達を信じないなんて、少し考えればおかしなことだ。


 まずは母が言った事を信じて、笑顔で過ごし、そして信じよう。

 エルハムはそう決めた。


 「お母様。やはり私もついて行っていいですか?」

 「えぇ!もちろんよ。それなら、セリムにも来て貰いましょうね。」


 エルハムがしっかりと前を向いた事に、母が喜んでくれたのがエルハムにはわかった。






 けれど、事件は無惨にも起こってしまう。


 それは、ティティーが病院の広場で歌を歌っている時だった。エルハムはステージの脇で母の笑顔と歌声を見守り、そして母の姿を見て勉強をしていた。どんな事を話せばいいのか、立ち振舞いはどんな風なのか、など学ぶことは沢山あった。

 そんな中でも、母の歌声はとても美しくうっとりと聞き入ってしまうのだ。病院の人達も、初めは戸惑ったり、睨み付けている人も多かった。けれど、母が話をして歌を歌うと、皆がティティーに魅了され微笑んでいるのがわかり、エルハムはとても嬉しくなった。


 けれどそれは全員ではなかったのだ。


 エルハムが声を掛けられ席を外した時だった。母が居た所から罵声と悲鳴が聞こえてきたのだ。


 「………お母様っ!?」

 「エルハム様っ、お待ちください。何が起こったのかわかりません。ここは、私と一緒に………っっ!!」


 その時だった。

 エルハムはセリムに突き飛ばされて、そのまま転びながら前に飛んでしまう。

 それと同時に、キンッ!という金属がぶつかる高い音が辺りに響いた。それが剣と剣とが激しくぶつかる音だとエルハムはすぐにわかった。

 恐る恐る後ろを向こうとした。けれど、それもすぐに止められてしまう。


 「エルハム様、後ろを振り向かず逃げてくださいっ!」

 「セ、セリム………。」

 「いいから早くっっ!」


 セリムの焦り強くなった口調、そして剣の音。罵声と、荒い呼吸。

 何か悪いことが起こっているのだ。

 そう重いながらも、エルハムはセリムの言ったように、その場から逃げることしか出来なかった。


 その後、どうやって逃げたのかエルハムは全く覚えていなかった。


 ボロボロになったセリムが、病院の中庭の木の影で小さくなって震えているエルハムを発見してくれた。自分の方が傷だらけだったのに、セリムは「エルハム様がご無事で何よりです。」と、一安心した様子だった。

 エルハムはすぐにセリムに抱きついた。彼からは血の匂いがした。


 「私だけ逃げてしまってごめんなさい。セリムが守ってくれて助かったのよ。ごめんなさい………。」

 「エルハム様………。」


 安心と後悔で、エルハムは泣きながら何度もセリムに謝り続けたのだった。



 そこへ、同行していた騎士団員が慌てた様子で中庭に駆け込んできた。


 「エルハム様!ここにいらっしゃいましたか。」

 「皆さん、騒ぎは大丈夫でしたか?」

 「………エルハム様、お急ぎください。」

 「な、何があったのです?」


 エルハムは涙を溜めた瞳を手で擦りながら、騎士団員の方を向いた。彼らの表情は、戸惑っている様子だった。

 そんな彼らを見て、エルハムも何か悪いことが起こったのだとすぐに理解した。


 「エルハム様。先ほど、突然何者かがティティー王妃様に近づき、王妃様が刺されました。………かなりの重傷です。」

 「っっ………お、お母様がっ…………

。」

 「急ぎ、王妃様の所へお向かいくださいっ!こちらです。」

 「そ、そんな………お母様が、刺されたなんて。」


 あまりの衝撃に動揺し、フラフラと倒れそうになるエルハムをセリムがしっかりと支えてくれる。


 「エルハム様。お気を確かにお持ちください。急いで王妃様の所へ行きましょう。」


 セリムに腕を引かれながら、エルハムは足を早めた。

 エルハムはまだ、母が大怪我をしたとは思えず、呆然としたまま走っていた。






 

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