第12話「震える体」
第12話「震える体」
エルハムは嬉しかった。
10年前のように、素直に笑いあったり、素の言葉で話し合ったり、言い合ったり出来る。
そして、守ると言ってくれた。
距離がまた戻ったような気がした。
エルハムは嬉しくなって、目を細め微笑みながら、幼い頃と同じ黒髪と黒目で、大人になった彼を見つめた。
「ねぇ、ミツキ。また、そうやって話しを………….。」
エルハムが彼の腕に手を伸ばしながら、声を掛けようとした時だった。
コンコンッと、エルハムの部屋に来訪を知らせるノックが聞こえた。エルハムは、話しの続きをしたかったものの、もちろん無視することは出来ず、伸ばしかけた手を自分の膝の上に戻した。
「はい。どうぞ。」
「……エルハム様。失礼致します。」
そう言って、深く礼をしてから部屋に入ってきたのは、セリムだった。
セリムは金色の髪をサラサラとなびかせながら颯爽と部屋に入った。けれど、表情は緊迫しており、何かあったのだとわかった。
そして、エルハム達が座っている場所から少し離れた所で立ち止まった。そして、エルハムの目の前に居るミツキをちらりと一見したが、そのまま何も言わずにエルハムに視線を向けた。
ミツキは、騎士団長であるセリムが入ってきたとわかると、立ち上がりセリムに一礼し、そのまま立っていた。
異世界から来たという謎の少年という事で、ミツキは初め、城の人たちや国の人々、そして騎士団でもあまり良く思われていなかった。けれど、ミツキの性格や働き方を見て、みんな彼を認めて国の一員として見ていた。セリムも騎士団員としては彼を認めているようだったが、専属騎士という立場はミツキに相応しくないと思っているようだった。
セリムは専属騎士という名前はなかったものの、騎士団で一番腕の立つ騎士だったため、いつもエルハムの護衛をしてくれていた。そのため、ミツキにその立場を取られたと思っているようだった。何度か「騎士団長としての仕事と専属騎士の2つの仕事は大変だから、ミツキにお願いしたのよ。」と、エルハムがさりげなくフォローをしたけれど、「エルハム様との時間が負担になる事などありませんでした。」と言って聞いてはくれなかったのだ。
エルハムは困った顔でセリムを見ながら、彼に声を掛けた。
「セリム、どうしたの?その顔は……何かあったのでしょう?」
「はい。………先ほど、セイの事件の事を聞きました。エルハム様が無事で何よりでした。」
「お父様からお話があったのね。セイは大丈夫?」
「はい。騎士団が彼女の部屋の見張りをする事になっております。家の青果店の方は休業し、そちらにも騎士団が見守る事になりました。」
「そう。それなら安心ね。」
セイの身辺の警護を聞いて、エルハムはホッと息を吐いた。けれど、襲ってきた人達は、とても残虐だ。どんな事をするかわからないのは不安でもあった。
「騎士団の皆さんも気を付けてくださいね。決して一人では行動しないで。」
「お心遣いありがとうございます。すでにアオレン様からもそう言われておりました。それと………もう1つお話ししたいことがあります。」
「何かしら。」
セリムは、そう言った後、躊躇うように間を置いたのだ。エルハムに言いにくいようで、セリムを緊迫した表情のままエルハムを見つめた後、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「セイの両親を殺害し、セイにも危害や脅しを行ったのは、黒服の男の集団だと話していたそうですね。」
「ええ、そうね。」
「アオレン様も話を聞いたときに、すぐにわかったそうですが、セイも動揺すると思い何も言わなかったそうで………私もその話しを聞いてすぐに誰かわかりました。」
「そうだったの?!では………。」
エルハムが驚き、セリムに答えを求めた。
セリムは、何かを思い出して悲しんでいるような切ない瞳でエルハムを見つめながら、ただ一言はっきりと言葉を落とした。
「チャロライト国の反対組織コメットだと思われます。」
「………コメット………。」
セリムの言葉を聞いた途端、エルハムは一瞬で体や思考が止まってしまった。
鼓動が早くなり、体は冷たなったように感じ、目の前も真っ暗になった。
ただ頭に浮かぼうとしているのは、思い出したくない過去だった。
「セリム団長。コメットは今ほとんど動きがないはずでしたよね。」
「あぁ………おまえにも以前話したことがあったな。中心に立っていた奴が捕まってはいたが、それでも考えが同じ人達はなかなかいなくならないからな。知らないうちに勢力を大きくしていたのだろう。」
「そうなのですか。では、これから注意が必要ですね。」
セリムとミツキが話しをしていると、突然ガタンッと何かが倒れる音がした。
セリムとミツキは驚きその音の方を見ると、エルハムが倒れテーブルに支えられながら何とか立っていた。
「姫様っ!」
「エルハム様!?」
ミツキとセリムはすぐに彼女の元へ駆け寄った。近くにいたミツキが体を支え、そしてセリムはエルハムの近くに座り彼女の表情を心配そうに確認した。
エルハムは顔が真っ青になっており、体が震えていたのだ。
「姫様、どうしたのですか?体調が悪いのですか?」
「………ご、ごめんなさい。なんか急にフラフラしてしまって。疲れてしまったのかしら。」
「エルハム様………。」
エルハムはフラついてしまう体を、ミツキに支えられながらなんとかベットの端に腰を下ろした。
ミツキは心配そうに、エルハムを見つめていた。
「ミツキ、そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫よ。それにセリムも。私はもう幼い頃の私じゃないの。それに、あなた達が守ってくれるのだから。そうでしょ?」
「…………姫様。」
ミツキはエルハムの言葉の意味がわからないようで少し戸惑っていた。それはミツキが彼女の幼い頃を知らないからに他ならない。
返事も出来ないミツキに変わって、セリムが優しくエルハムに語り掛けた。
「えぇ。必ずお守りします。なので、今は無理はなさらずに。さぁ、横になって……お休みください。」
「ありがとう。そうするわ。」
セリムに促されて、エルハムは女の使用人を呼んだ。ドレスを着替えようと思ったのだ。
それを見て、ミツキは不安そうにしながらエルハムを見つめていたが、エルハムは小さく微笑んで彼らを見送ったのだった。
着替えをしてから、エルハムはすぐにベットに横になった。
めまいと震えが治まらないのだ。
「………ここまで自分が怖がりだと思わなかったわ。………まだあの日のことを忘れられないなんて。」
エルハムは大きなベットで一人体を抱き締め、ギュッと目を閉じながら、眠気が来るのを待った。
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