第11話「守りたい」
第11話「守りたい」
エルハムは自室に戻り、窓際の椅子に座り呆然と中庭を見つめていた。
ここは昔から、ミツキと勉強を教え合っている場所。懐かしくも大切な場所だ。
けれど、今はそれを懐かしく思い出しているわけではなかった。
先ほどの、セイの事件でのアオレン王との謁見。
自分はセイに謝罪させるだけさせて、彼女を安心させる言葉1つも掛けてあげられなかった。目の前には、両親を亡くし傷ついているセイ。
エルハムはセイを友達だと思って大切にしていたはずだった。そんな彼女が直ぐそこで泣いているのに、声を掛けることすら出来なかった。
「こんなので、笑顔にさせる事なんて出来るのかしら?」
溜め息まじりの言葉を吐きながら、また中庭を眺める。通年で色とりどりの花が咲くシトロンの城の庭はとても美しかった。けれど、それを見ても今のエルハムの心は晴れる事はなかった。
トントンッ。
どんよりとした雰囲気の部屋にノックする音が響いた。
その音を聞いて、エルハムはすぐに椅子から立ち上がりドアに駆け寄った。返事をするよりも早く、エルハムはドアを勢いよく開けた。
「っっ………姫様。いらっしゃったのですね。遅くなってしまい、すみませんでした。」
そこに居たのは、いつもの騎士団の正装ではない、ラフな格好をしたミツキがいた。半袖の右の二の腕は白い包帯でぐるぐる巻きにされていた。
返事もなく突然開いたドアに驚きながらも、ミツキはゆっくりと頭を下げた。
「ミツキ。怪我は大丈夫なの?あんなに沢山血が出ていたのに………。」
「心配をさせてしまい、申し訳なかったです。このように、大袈裟に覆われていますが、大したことはないです。」
「………そう。とりあえず部屋に入って、立ったままでは疲れてしまうでしょ?」
「ありがとうございます。」
ミツキは、心配しすぎだという苦い顔をしながら微笑みながらも、部屋に入った。
エルハムは、窓際のいつもの椅子に座るようにミツキを促し、エルハムもその隣の椅子に腰を下ろした。
「姫様。アオレン王様との話はどうなりましたか?セイは何か話しましたか?」
「えぇ。いろいろ話してくれたわ。」
治療のためにセイの謁見に立ち会えなかった彼は、セイが話した事が気になっているのだろう。エルハムは、セイとアオレン王が話した事を出来る限り丁寧に伝えた。
「なるほど……そんな事があったのですね。その黒い服の男達は何者なんでしょうか。」
「そうね。あんな、残虐な事が出来てしまう人なんて……わからないわね。怖いわよね……。セイが今どうしているのか、心配だわ。きっと寂しさと恐怖でいっぱいよね。」
「………姫様。」
ミツキはそう呟くと、何故かエルハムの事を見つめていた。何も言わずに自分を真剣な表情で見るミツキに、エルハムは緊張してしまい顔が熱くなってしまった。
すっかり大人になったミツキは小さい頃の面影を残しながらも、立派な大人の男性なっていた。鋭い目付きに、ショッした輪郭、ゴツゴツとした手に、鍛えられた体。そんな彼に見つめられてしまうと、幼い頃には感じたことのない、胸の高なりを味わってしまう。けれど、それは嫌な感覚ではなく、不思議な気持ちだった。
そわそわしながらも、ミツキの真っ黒な瞳を見つめていると、ミツキは心配そうにゆっくりとエルハムに言葉を掛けてきた。
「………姫様は、大丈夫ですか?」
「……え………。」
「姫様は、怪我をした俺やセイの心配ばかりしています。狙われたのは姫様です。怖い、ですよね?それに、先ほどから泣きそうな顔を、しています。何かありましたか?」
「…………。」
「専属騎士になった時にした約束。姫様は覚えてますか?」
覚えているに決まっていた。
エルハムにとって、その約束は姫としてではない、人間として甘えられる場所が出来た瞬間なのだ。自分の本当の気持ちを、周りの目を気にせずに話せる。それがミツキ、ただ一人の存在なのだ。
小さかった彼の体温を感じながら約束を交わしたのだ。
ここで、黙ることは出来ない。
ミツキに甘えるしかないのだ。
約束のために言うだけ。
約束を破らないために話すだけ。
そう思いながらも、彼に話す前だったけれど、エルハムは気持ちがスッと落ち着いたのを感じていた。
「怖くなかったと言ったら嘘になるけれど……今は、それよりも自分のせいで傷つく人がいるのが、怖いわ。私がいなかったら、セイもセイの両親も、それに………ミツキだって怪我をしなくてもよかったはずだから。それと、自分がとても情けなくなってしまってたの。」
「情けない?」
「えぇ。セイがせっかく本当の事を話してくれて、私に謝罪までしてくれたのに。私は彼女に言葉を掛けることすら出来なかった。何を言えばいいのか、それに、自分の判断が正しいのか迷ってしまったわ。……これは姫失格ね。」
情けなくて、悔しくて。
母のようになりたいと思っているのに叶わなくて。
瞳に込み上げてくるものを感じながらも、エルハムはそれを隠そうと苦しげに微笑みをミツキに返すしか出来なかった。
「やはり、姫様は昔と何も変わらないな。」
エルハムの微笑みと同じような表情を見せて、ミツキはそう言った。
いつからだろうか。
彼がエルハムに対して、敬語を使い始めたのは。
ミツキがシトロンの事を詳しく知るようになり、そして騎士団に入団して少し経った頃だったとエルハムは思った。
出会ったばかりの頃は、無愛想ながらも友達のように気軽に話している様子だった。けれど、少しずつ固い言葉を話すようになった。エルハムは「その話し方はやめて。」と、何回も伝えたけれど、「姫様の専属護衛なので。」と言うだけで、ミツキは応えてはくれなかった。
そのうちに、今のような丁寧すぎる言葉でエルハムに接するようになったのだ。
身近に感じていた人が少しだけ距離が遠くなった。そんな切ない気持ちになったのをエルハムは今でも覚えていた。
それなのに、今の彼の言葉はどうだろう。
呼び方は変わらないはずなのに、話し方や語尾が昔の彼のままに感じてしまい、エルハムは懐かしくも嬉しく思い、目を見開いてしまった。
「自分が怖かったり、悲しくても、まずは他人の事を優先にする。それが知らない人でも。だから、俺はおまえの専属騎士になった。………体を張って助けてくれたんだ。次は俺が………。」
「ミツキ……。」
「だから、俺が怪我したとき、おまえはそんな事するなと言ったけど……俺は変えるつもりはないならな。それに、セイの事は、今不安定になってるはずだから落ち着いてからセイが何を求めているか、考えればいいと思う。」
「………わかった。ミツキ、ありがとう。」
エルハムは、自分が怪我をするよりもミツキが血を流す方が怖いと思ってしまう部分もあった。
けれど、それがミツキの本当の気持ちだとわかり、エルハムは彼の思いが知れたのが嬉しかった。あまり自分の事を話さない彼。
けれど、昔の出会いを大切にして自分の事を考えてくれているのが、くすぐったくもあり、幸せだと思えた。
セイの事も、ミツキが言ってくれたように、彼女と話をしてからいろいろ考えよう。
ミツキの言葉で、エルハムはそんな風に前向きに考えられるようになっていた。
ニッコリとエルハムが微笑み返すと、ミツキも安心したように笑顔を見せた。
どんよりとして曇っていた気持ちがゆっくりと晴れて、前を向けるようになった。エルハムはそんな気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます