第29話「魔法の図書館」






   第29話「魔法の図書館」






 しばらくの間泣き続けたセイを、エルハムは抱き締めながら、これから彼女に何が出来るだろうか、と考えていた。


 彼女を守り支えることは出来る。けれど、それでセイが幸せになれるかは別だ。

 先ほど、セイはまた店を始めたいと言う夢を教えてくれた。そうなると、この城を出て暮らしていかなければいけない。

 そのためには、コメットとの事を解決するしかないのだ。

 エルハムは、そう思いコメットとの解決方法を考えていかなければならないと、改めて思った。


 

 「エルハム様………その、ありがとうございます。泣いている姿を見せてしまうなんて、お恥ずかしいです。」

 「そんな事はないわ。……それに、セイの言葉を聞いて、私も今やろうとしている事をまずはやってみたいって思えたの。考え直すきっかけになったわ。ありがとう………。」

 「やりたい事、ですか?」

 「えぇ………チャロアイトに行こうと思ってるの、ミツキのために。コメットの奇襲事件でセイが傷ついているのに………ダメな姫だと思っているわ。」

 「それはどういう事なのですか?」



 セイは疑問を浮かべた顔でエルハムを見つめた。それもそのはずだ。何も知らないセイは、何故エルハムがチャロアイトに行かなければ行けないのか、わかるはずもなかった。


 エルハムはセイに話してしまうのを迷いながらも、全て伝える事に決めた。

 彼女も自分の気持ちをさらけ出してくれたのだ。エルハム自身の想いも伝えなければいけないと思ったのだ。



 そして、エルハムはミツキが異世界から来た事、そしてその事について書かれている書籍がチャロアイトの図書館にあるかもしれない、と言う事を彼女に伝えた。



 「エルハム様。………確かに、私はコメットを、両親を殺した人を早く見つけて欲しいと強く思っています。エルハム姫様への希望はそれが最優先です。」

 「そうよね。それが当たり前だわ。」

 「けど、エルハム様ご自身への願いは、やらなければいけないと思ったことを今やるべきだと、思います。私の両親のように、急にいなくなってしまい、叶えられなくなる想いも沢山あるのです。だから、エルハム様が大切にしている人のために、やるべきだと思った事は、今やった方がいいと思うのです。」

 「セイ………ありがとう。あなたは本当に優しいわ………。」



 自分の気持ちを理解してくれる人がいる。

 そして、エルハムのやろうとしている事を1番に非難していい彼女が気持ちをわかって、背中を押してくれるのがエルハムは心強かったのだ。



 「そうよね。ミツキが急にいなくなってしまったり、私が襲われたりしたら出来なくなってしまうわね。」

 「エルハム様がチャロアイトに向かったら、それでけで注目を浴びてしまいますね。コメットをすぐに気づくでしょうし、危険があると思います。……………あ、そうです!いい方法があります。」



 セイは何かひらめいたのか、独り言を言いながらベットから立ち上がり、棚から自分の洋服を取り出した。

 そして、エルハムに両手で自分の洋服を差し出したのだ。

 エルハムは彼女の考えがわからず、その服を見つめながら首を傾げた。


 すると、セイは少しだけ微笑み、ある考えを教えてくれた。

 


 「エルハム様が私の洋服を着て商人としてチャロアイトに入るのです。そうすれば、誰にも邪魔されずに調べものが出来るのではないでしょうか?」

 「………それはすごいいい方法ねっ!すごいわ、セイ!………あ、でも検問で私証を出してしまったら、エルハムだとバレてしまうんじゃないかしら?」

 「…………これを使ってください。」



 セイは次にスカートのポケットから小さな袋を出し、中からある物を取り出した。

 それは、セイの私証だった。



 「それは、とても大切な物よ!預かるなんて、そんな事………。」



 私証は命の次に大切だとされている物だ。 

 これがなければ、生活するのを困難になる。そのため、この世界では私証はとても大事にされているのだ。それを他人に渡すというのは、家族でもしていない事なのだった。そのため、エルハムはセイの行動や考えに驚いてしまった。

 けれど、セイはにっこりと微笑んだ。

 それは事件以降には全く見られなかった、彼女らしい微笑みだった。



 「私はエルハム様に助けられました。お貸しするぐらい何ともありません。どうか、微力ですがこれをエルハム様のお役に立ててください。」

 「………じゃあ、私の私証をあなたに………。」

 「それはお預かり出来ません。もし、チャロアイトで見つかってしまったときに、エルハム様本人だと証明出来るものがないと、大変なことになると思います。エルハム様が無事に帰ってきていただいて、私に返して貰えれば大丈夫です。」

 「…………セイ。本当に、ありがとう。微力なんかじゃないよ。とっても助かる。」

 「よかったです。それでは、今から少しの間青果店のセイ、ですね。」



 いたずらっ子のように笑うセイを見て、エルハムもつられて微笑みながら、「そうね。」と、笑ったのだった。






 そんな作戦を思い付いたセイに感謝しながら、エルハムはチャロアイトの城の近くにある図書館に向かった。


 チャロアイトは魔法の国とあり、とても不思議な光景が沢山ある。道で魔法を使った大道芸をしていたり、風にのって飛んでいる人や、噴水の水を使って、魔法で色をつけたり、いろんな形にしたりして遊んでいる子どももいた。

 そんな様子を物珍しそうに見ながら、エルハムは先を急いだ。

 しばらく歩くと、図書館が見えてきた。古い造りに壁面は蔦で覆われている雰囲気のある建物だった。窓にはステンドグラスがあり、まるで教会のようだった。

 図書館の出入り口からは人が行き来しているのが見えたので、エルハムはホッとしながらそこへと向かった。


 中に入ると、エルハムは圧巻されてしまった。壁一面や本棚に本が並んでおり、それがとても高いところまで続いているのだ。そして、利用している人々は空飛ぶ椅子に乗って自由に本を探したり本を読んでいるのだ。

 そんなシトロンでは見られない光景に、エルハムは呆然としてしまった。



 「この図書館のご利用は初めてですか?」

 「………あ、はい。」

 「私はここの司書です。椅子の使い方をお伝えしますね。」

 「はい、ありがとうございます。」



 自分よりも年上であろう女性に声を掛けられ、エルハムは空飛ぶ椅子の操作方法を教わった。けれど、とても簡単で声で見たい本などを伝えると自動で動いてくれるようだった。

 エルハムは、本屋の店主に教えてもらった本のタイトルを椅子に伝える。


 すると、椅子はふわりと動いて、ゆっくりと上へ上へと上がっていった。

 怖さも感じないぐらいのスピードであり、エルハムは少しワクワクしてしまった。けれど、あまりに上にいくので、途中から怖くなってしまいそうになったけれど、目的の場所に到着し、本棚の本が淡く光るのを見た瞬間にはそんな気持ちは忘れてしまった。



 どうやら下の方に新しい書籍が置いてあり、上に行くにつれて古い本になるようだった。エルハムはかなり上まで来ており、周りのお客さんもまばらだった。



 「カゲカワシンジ伝記、あったわ…………。」



 伝記は3巻まである本だった。1冊は薄いもので、大分古いものなのか表紙は色褪せ古びていた。


 エルハムは3冊の本を手にとって、数ページ捲ってみた。


 文字が並んでいる列を辿っていると、エルハムはある物を見つけた。


 この世界では見るはずがない、ニホンゴだった。



 「これだわ………やっと見つけた!」



 エルハムは嬉しさを隠しきれず、ふわふわと宙に浮かぶ椅子の上で、古びた本をぎゅっと抱き締めたのだった。






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