第30話「不穏な視線」
第30話「不穏な視線」
エルハムは、急ぎ足でシトロンへ続くトンネルへ向かっていた。
すぐにでも本の内容を知りたく、図書館で読んでしまいたかった。しかし、チャロアイトに居る時間が長い程危険も増えていくはずだ。本のページを捲りたいのを我慢しながら、図書館を後にしたのだった。
図書館に来て、目的の物を手に入れたのは、ニホンとこちらの世界の事を何も知らなかったエルハムとミツキにとって大きな収穫となるはずだ。
けれど、残念な事もあった。図書館で借りられる本が1回で1冊のみだったのだ。エルハムが借りたい本は全部で3巻だ。最後の本を返しに来る事を考えると、セイになりすましてチャロアイトに入る危険な事をあと3回もしなければいけなくなるのだ。それは、エルハムにとっても大変な事だった。頻繁に城から抜け出すのはバレてしまう可能性も増える。
エルハムは今後どうしようかと悩んでいた。
検問は帰りとあって、呆気なく終わった。
そして、エルハムは明るく照されたトンネルを歩いた。シトロンの城下町に着く前に、森の中で着替えなければと考えていた。今は、大分日が昇り、人々も沢山居ることが予想できる。そうなると、セイの格好では歩いてしまうとかえって目立ってしまいそうだと思い、エルハムはバックに服を隠し持っていたのだ。
シトロンへ戻ってからの事を考えながら歩いているとあっという間にトンネルを抜けて自分の国へ戻ってきた。何事もなく終わった事に安堵しホッとした時だった。
「おい。こんな所で何やってるんだ。」
「えっ………。」
突然自分に向けて声を掛けられ、エルハムは驚き体をビクッとさせた。恐る恐る声の主の方へと体を向ける。すると、そこには騎士団の正装のミツキが腕を組んで、トンネルの壁に寄りかかって立っていた。
エルハムは驚き、悲鳴を上げそうになったのを何とか我慢した。
「な、何でミツキがここに………。」
「おまえが置き手紙残したんだろ。」
「そ、そうだけどどうして、ここに居るってわかったの。」
「俺にも内緒で行こうとしている場所なんて、ここしかないだろ。……それに、おまえ何でそんな好をしてんだよ。」
ミツキはエルハムを見つめてため息をついた。その時、誰かがトンネルから出てくる気配があった。ここでミツキが誰かに見られてこの格好の自分を見られてまずいとエルハムは思った。
「とりあえず、ミツキ。こっちに来てっ!」
「お、おいっ…………!」
エルハムはミツキの腕を通って山道ではない森の奥へと隠れるように入った。
ミツキは疑問に思いながらも、エルハムに何か考えがあるとわかったのか何も言わずに着いてきてくれた。今は誰にも見つかりたくなかったため、エルハムは彼が理解してくれた事に感謝した。
そして、しばらく歩き木々が多くある場所でエルハムは立ち止まった。
「ここまで来ればいいかしら。」
「………で、ここまで隠れた理由と、その服装の訳を話してくれるだろ?」
「うん。実はね………。」
エルハムは、小さな声でセイとの話を彼に伝えた。変装してチャロアイトの国へ入ったこと。そして、ニホンの事が書いてあるであろう本を見つけて持ってきた事をミツキに伝えた。
すると、ミツキは大きなため息を付いてジロリとエルハムを見た。
ミツキが怒っているとすぐにエルハムもわかり、オドオドしてしまう。けれど、この方法しかないとエルハムは思ったし、どうしても本を彼に渡したかったのだ。
ミツキがきっと喜んでくれると思ったから。
「何でそんな危ない事を考えるんだ。おまえがコメットがいる国に1人で入るなんてありえないだろ。何かあったらどうするつもりだったんだ!」
「この方法以外だと私がチャロアイトに入国にしたとすぐにバレてしまうわ。そしたら、その方がコメットに気づかれてしまうと思ったの。」
「…………俺に一緒に入ればよかっただろ。エルハムだとバレても、俺が守ってやるだけだ。」
「だって、あなただってチャロアイトに行くのは危険だと許してくれなかったじゃない。………私は、どうしてもあそこに行きたかったの。」
エルハムは持っていた鞄をギュッと握りしめた。その中には、図書館から借りてきた本が入っている。
ミツキにそれを見せたら、喜んでくれるかと思っていた。元の国へ帰ってしまうかもしれないと悩みながらも、彼に読んで貰いたい。そう思っていたのに………。
エルハムは、悲しくなった気持ちを彼に気づかれないように俯き、小さく「ごめんなさい……。」と、ミツキに謝りゆっくりと後ろを向いた。
「私、着替えてくるから。……少しだけ待ってて……。」
こんな事で泣きそうになるのは子どもみたいだ。勝手にミツキのためだと思って張り切って、それが彼には迷惑になっていたのかもしれない。
それがとても情けなくて涙が出てきそうだった。年上なのに、一国の姫なのに……何をやっているのだろう。
涙が出る前に彼から離れたくて、エルハムは小走りで木陰に向かおうとした。
すると、体は何故か動かす変わりにふわりと温かいものに包まれて。それがどんどん強くなり、そしてドクンドクンという鼓動と吐息、そして好きな匂いを感じて、エルハムはミツキに後ろから抱き締められているのだとわかった。
「あの……ミツキ?どうしたの?」
「…………悪かった。」
ミツキは腕を交差させて、エルハムを逃がさないように抱き締めいた。そこ声は、何故か悲しげでエルハムは戸惑ってしまう。
先ほどまで、あんなに怒っていたのにどうしてそんな切ない声を出すのか。エルハムは不安に思いながら彼の言葉を待った。
すると、ミツキは顔をエルハムの肩に埋めたままゆっくり話し始めた。
「おまえが俺のためにしてくれようとした事は嬉しいんだ。感謝してる。………けど、勝手にいなくならないでくれ。置き手紙を見た瞬間、頭が真っ白になった。」
「ミツキ………。」
「おまえがずっとニホンの事を考えてくれてるのは嬉しいよ。けど、俺はおまえを守りたいから。だから、俺が知らないところで傷つかれるのは嫌なんだよ。だから、おまえの考えること話してくれ。」
「………うん。。私もあなたに相談もしないでしまったわ。心配かけてごめんなさい。」
「…………エルハム、ありがとう。ニホンの事が少しでも分かれば、少し安心できるよ。」
エルハムは彼の表情を見なくても、今どんな顔をしているのかわかる。
きっと、少し照れながらも微笑んでくれているだろう。
ミツキが自分の事を心配してくれて、そして「ありがとう。」と言ってくれる。その優しさが嬉しかった。
そして、こうやって抱き締めてくれる。彼の熱を感じるとこうも安心してしまう。それは背リムの時とは違う安心感だった。
やはり、ミツキが好き。とても大切な存在だ。
そんな風にエルハムは思い、微笑みながらミツキの頭にコツンと自分の頬を寄せた。
その後、2人はこっそりとシトロンの城へと戻った。エルハムの使用人だけが探していたようだったが大した騒ぎにはなっていなかったので、エルハムはホッとした。
トンネルを出てからミツキに会ったことで、どこか安心しきっていたのかもしれない。同じくミツキもエルハムを見つけて警戒心がなくなっていたのかもしれない。
エルハムとミツキを見つめる視線に、2人は気づく事はなかった…………。
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