第28話「開いた扉」






   第28話「開いた扉」





   ☆☆☆





 ミツキがエルハムの置き手紙を見つけるより前の話。


 エルハムは、どうにかしてチャロアイトに行けないかと考えていた。エルハムは昔から城を脱走していたため、それは可能だった。しかし、今はコメットの奇襲事件があったばかりだ。警備も厳重になっているかもしれない。そうなると、チャロアイトに着く前に見つかってしまうかもしれないのだ。

 けれど、行くしかないと思いながらも、悩んでいたのだ。

 しかし、思いもよらない事から、その悩みは解決されたのだ。



 




 エルハムはとある準備をしてから、チャロアイトへと向かった。

 城は少し朝日が昇った明朝とあってそこまで警備が厳重ではなかったため、エルハムはいつも通りに抜け出す事が出来た。

 城下町は店の準備をする人がまばらに居たけれど、皆忙しなく動いており、エルハムに気づく人などいなかった。



 エルハムは山道を歩くと商人達と何人かすれ違う。朝早くから店の準備をしているのだと改めて知ると感謝の気持ちでいっぱいになる。シトロン国の人たちもこうやって働いているのだ。

 エルハムは高まる気持ちを抑えながら、自分が姫だとバレないように挨拶だけは交わしながら歩いた。


 ここでエルハムだとバレてしまうと、トンネル付近にいるであろう騎士団員にバレてしまう。そうなれば、すぐに城に連れ戻されてしまうのだろう。それに見つかった相手がコメットであったならば、最悪だ。コメットの集団に見つかれば、命の危険があるのだ。

 エルハムは、キュッと服を握りしめた。



 光りでぼんやりと明るくなったトンネル。

 そこは、昔にミツキと初めて出会った場所だ。あの頃は、彼が専属護衛になるとは思ってもいなかったし、それに好きな人になるとは考えてもいなかった。

 そんな事を思うと、この場所はとても大切な場所だとエルハムは思えた。

 


 ミツキが帰ってしまうのなら、図書館なんて行かなくてもいい。本など見つからない方がいい。

 弱い自分がそんな風に思ってしまい、店主から話しを聞いた後もすぐには行動出来なかった。けれど、ミツキはきっとすぐにでも本を読んで情報を掴みたかっただろう。それでも、動けなかった。


 そんなエルハムを気持ちを変えたのはある出来事がきっかけだった。








 「次。私証を見せろ。」

 「…………っっ!!はい。」



 考え事をしながらトンネルを歩いていると、いつの間にかチャロアイト国の検問の前に来ていた。そして、兵士がエルハムを見て怒鳴り声で呼んだ。呆然として動こうとしなかったのだ、当たり前だろう。エルハムは焦りながら肩から下げていたバックから私証を取り出した。



 「青果店か………何も持ってないようだが?」

 「今日は取引の交渉をしに来ました。」

 「あぁ、そういう事か。よし、入れ。」

 「ありがとうございます。」


 

 エルハムは、小さくお辞儀をするとすぐに検問から離れた。エルハムは緊張した気持ちを抑えながら平然と歩いていた。けれど、内心ではドキドキしていたのだ。



 「………青果店の娘になれてたかしら?」



 エルハムは、自分の格好を見つめながら、ホッとしたのだった。

 エルハムはいつものように綺麗なドレスを着ている訳ではなかった。この日は青果店の娘であるセイの服を着ていたのだ。セイに変装すれば、商人としてすぐに通れると思ったが、それは正解だった。

 セイの私証を見ながら、エルハムは「セイ、ありがとう。」と、小さな声で呟いた。








 それは、奇襲事件が起こって数日後の事だった。エルハムは、いつものようにセイの部屋前に来ていた。


 今日は奇襲事件について彼女に話しをしておこうと思ったのだ。

 彼女も城に住む一人だ。しっかりと騎士団に警備をしてもらうから安心して欲しいとも伝えたかった。



 コンコンッ



 いつものように、扉をノックした。

 すると、その日はいつもと違った。

 いつもならば、反応はなく沈黙だった。けれど、この日はゆっくりとドアノブが動いたのだ。



 「…………。」

 「………セイ!会いたかったわっ!」



 ドアを開けて出てきたのは、少し痩せてしまい、笑顔がないセイだった。

 けれど、エルハムは自分でドアを開けて、顔を見せてくれた事が嬉しくて仕方がなかった。



 「…………城で、エルハム様が狙われたと騎士団の方が話してるのを聞きました。…………エルハム様………すみません。」

 「何故、セイが謝らなきゃいけないの?謝る必要なんてないわ。」

 「ですが。私がここにいるからエルハム様が狙われたのでは………。」

 「私がこの城に居るから、よ。ねぇ、セイ。少しお話ししたいわ。」

 「はい………。」



 セイは、ぎこちなく微笑んでくれた。

 そして、部屋の中に入れてくれたのだ。

 広めの部屋は少し薄暗く感じた。けれど、彼女が居やすい雰囲気に合わせようと、何も言わずにエルハムは小さな椅子に座った。

 ベットに机や棚があり、机の上には裁縫セットと布が置いてある。布はもちろんエルハムが準備したものだ。それにはとても鮮やかなな刺繍がしてあった。


 セイは、エルハムと向かい合うようにベットに座った。彼女は気まずそうに、視線をキョロキョロさせている。



 「城の生活はどうかしら?何か困っている事はない?」

 「皆さん、とても優しくしてくださっているので、感謝しています。エルハム様、ありがとうございます。」

 「そう。よかったわ。私はあなたに何も出来ていないけど、城の人たちがそれを聞いたら喜ぶと思うわよ。」

 「な………何もしてないなんて事はありませんっ!」

 「セイ………。」



 セイは焦ったように大声を出して、エルハムの言葉を否定した。そして、その瞳には涙が溜まって行くのがわかった。



 「エルハム様が毎日のようにここに来てくれた事。本当に感謝しているです。始めは……その、シトロン国と対立する何かの争いに巻き込まれたのだから、城に居るのも嫌でした。お父さんとお母さんが死んでしまって、一人になって………夜も怖くて眠れなくて。本当に辛かったですけど、もし一人だったらと思うと、もっと怖くなって。そんな時にエルハム様のいつもと変わらない優しいお声を聞いたり、騎士団の人に見守って貰っているから、だからこうやって生きていられるんだってわかったんです。」

 「……セイはすごいわね。私はお母様が亡くなった時はセイよりもダメになってしまったの。セイが元気になってくれるのは嬉しいけど、我慢はしなくていいのよ。」



 両親を目の前で亡くしたセイの絶望と悲しみは、エルハム以上のはずだ。それなのに、セイは少しずつ前を向こうとしている。

 そんなセイを見て、エルハムは無理をしているのではないかと心配になったのだ。


 「エルハム様、私、お店を続けたいのです。今は果物を見るのも怖いんですけど、両親と育てた果物達を作り続けたいって思ってます。あそこが思い出したくない場所だけど………思い出が沢山ある場所でもあるのです。」

 「そうね………。セイにとって大切なお店ね。」

 「はい。だから、一人でやって失敗するかもしれません。けれど、やってみてから決めたいのです。………まずは、果物を触って食べられるのうになるのが先ですけど。」



 苦笑を浮かべ、目を細めるとポロリとセイの瞳から涙が溢れた。

 すると、我慢していた涙が次々にこぼれ落ちていった。



 「あれ………私、いっぱい泣いたはずなのに。前を見ようとしてるのに、また泣いちゃうなんて………。」



 手でゴシゴシと目を拭くセイに、エルハムはゆっくりと近づいた。

 そして、優しく頭を包むように抱き締めた。



 「エルハム様っ!?」

 「泣きたいときには泣くべきよ。………でも、大切な話しを聞かせてくれてありがとう。今度、おじ様とおば様のお墓を作ってお祈りさせてね。」

 「……………お父さん………お母さんっっ!!わぁーーーっっ………。」



 タガが外れたかのように、涙を流し大きな声で泣くセイは、子どものようだった。

 エルハムはその気持ちを受け止めて、彼女を強く抱き締めた。


 彼女がそれで不安や怖さ、悲しみから解放されるわけではないのはエルハムもわかっていた。けれど、少しでも安心出来る時間を過ごし、癒されて欲しいと願った。



 それに、エルハムは彼女に感謝をしていた。セイが言った「失敗するかもしれない。けど、やってから決めたい。」という言葉が、胸に強く響いていたのだった。





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