第27話「置き手紙」
第27話「置き手紙」
★★★
走っていた。
走らなければ、後ろから追いかけてくる奴に追い付かれてしまう。
光樹は短い腕を必死に伸ばし、手を繋ぎながら走る母親に頑張ってついていった。けれど、走り続けた足はもつれて転んでしまう。
反対の手で持っていた木刀は、手から離れてカランカランッと地面に落ちた。
母親の悲鳴と、誰かの罵声が聞こえた。
光樹は、目を瞑ってその場に小さくなった。その瞬間、何か温かい物に包まれた。
それは、一番安心出来るものだった。普段は甘えたくても恥ずかしくて甘えられなくなった、母親のゆくもり。
それを感じて、光樹はホッとした。
けれど、それも一瞬の事だった。
すぐにその感覚はなくなり、光樹は恐る恐る目を開ける。
すると、自分の横には苦しそうに顔を歪める母親がいた。背中からは、大量の血が流れ出ており地面に血だまりを作っていた。
光樹は、それを見て駆け寄ろうとするけれど、母親は「光樹、早く逃げなさい………。早く……。」と、泣きながら言うのだ。
光樹は戸惑い近くにあった木刀を持って、立ち上がろうとした。
その時、自分の目の前に大きな靴を履いた人が立っていた。
見上げると、ハーッハーッと荒い呼吸を繰り返し、手には血のついた包丁を持ち、そして顔はニヤリと笑っている中年の男が居た。視線は朦朧としており、顔色は悪い。髪もぐじゃぐじゃに乱れており、どこかおかしいと幼い光樹でもわかった。
けれど、血塗れの包丁を見て、この男が母親を傷つけたとわかり光樹は睨み付けた。
自分は小学生の中で、1番強い男になったのだ。こんな男はすぐに倒せる。そう思っていた。
それなのに、体が動かない。
光樹は自分の木刀を持っている手を見た。すると、カタカタと揺れているのがわかった。
光樹は目の前の恐怖があまりの怖く、全身が震えていたのだ。
目の前の男がニタニタと笑いながら何かを叫んでいる。けれど、何を言っているのかなど理解出来なかった。
その場から逃げたかった。けれど、母親の声だけが聞こえた。「光樹、逃げて。」と言う、弱々しい声だ。
けれど、足さえも動かすことが出来ずに、光樹は木刀を握りしめたまま、男の事を見つめることしか出来なかった。
血塗れの男が、包丁を掲げそのまま勢いよく振り下ろして光樹を斬った。
その瞬間、胸から腹に渡って鋭い痛みが走った。悲鳴も出ないまま、光樹はその場に倒れその苦痛にもがき苦しんだ。
その後にも何度が背中や足、腕などに痛みが走った。叫び声が聞こえた。
けれど、それが自分の声だとわかったのは、随分後になってからだった。
体が冷え、痺れた頃にはもう痛みはなくなっていた。
目の前には同じく苦しそうにする母親が泣いているのが見えた。
強くなったはずなのに………。
毎日練習やトレーニングをして、バカみたいに体や技を磨いていたのだろうか。
全ては、守るためだったではないか。
何が剣道全国制覇だ。
そんなもので勝てても、恐怖には勝てなかったのだ。
光樹は悔しさで涙が出た。
朦朧とした頭と、ぼやけた視界で母を見つめた。そして、震える手を必死に母親に向けた。
「母さん、守れなくて………ごめんなさい………。」
その言葉が上手く言えたのかはわからなかった。
けれど、光樹が見た最後の母親の顔は、とても悲しそうだった。
意識が途切れそうになった瞬間。
ミツキは目を覚ますのだ。
そこで、それが夢だとやっとわかる。
顔や体からは汗が流れ出ており、胸の鼓動も激しくなっている。まるで、激しい運動をした後のようであり、疲労感もある。
ミツキはゆっくりと深呼吸をしながら、辺りを確認する。そこは、シトロンの城の中にあるミツキの部屋で間違いなかった。窓からは、朝日が入り込んできている。夜が明けたばかりのようだった。
最近、ミツキはこの夢をよく見るようになっていた。異世界であるシトロン国に来たばかりの時は、毎日のように見ていたけれど、ここ数年は全く見ていなかったのだ。けれど、城下町の本屋の店主から話しを聞いた後から、この悪夢をうなされていた。
けれど、ミツキは気づいていた。
これは夢ではなく、昔あった真実なのだと。
その事を確かめるためにも、ミツキは早くチャロアイト国に行きたかった。けれど、エルハム姫の襲撃事件があったばかりでそれが許される訳もなかった。
ミツキ自身は私証を持っていない。シトロン国ではミツキの事を知っている人が多いため私証がなくても生活出来ていた。けれど、別の国に行くとなると話しは別だった。
そのため、ミツキ一人でチャロアイトに行けるはずとなかった。
強行突破すれば行けるだろうが、それはシトロンの騎士としては避けなければいけない方法だとわかっていた。けれど、ただ待っている時間はとても長く感じてしまうもので、どんな手段を使っても行きたくなってしまうものだった。
「日本に戻れたら………か。」
日本に帰ったら、自分はどうするのだろうか?そんな事を考えると、ミツキはいつも答が見つけられなかった。
異世界に長く居すぎたせいなのかもしれない。
ミツキはため息をつきながら、ベットから起き上がり身支度を整えた。普段ならば朝食をとりに行くが、ミツキはちょっとした異変に気づいたのだ。
窓から見えるエルハムの部屋のカーテンが開いていたのだ。
いつもならばこの時間は閉まったままだ。
今日は何か予定が入っていただろうか。
ミツキはしばらく考えたが、そんな話しを聞いた覚えはなかったのだ。
ミツキは、いつもの順番を変えて、エルハムの部屋へと向かうことにした。
トントンッ トントンッ
何回か部屋の扉をノックしてもエルハムからの返事はなかった。カーテンが開いていたのだ、寝ている事はないだろう。
奇襲事件の事もある、ミツキは「姫様、失礼致します。」と扉越しに声を掛けて部屋を開けた。
すると、そこはいつもと変わらない整えられた部屋のままだった。けれど、そこにはエルハムの姿はなかった。
「エルハム?」
ミツキは、部屋に見渡し、端から端まで確認したけれど、やはり彼女はいなかった。
「あいつ、どこに行ったんだ………?ん、これは………。」
フッと視界に入った物にミツキは目を止めた。
そこには、エルハムとミツキが勉強するときに使っているテーブルがあった。
その上に何か紙が置いてあるのだ。
そこには、丁寧に書かれた日本語が並んでいた。日本語を書ける人物。それは、ミツキ以外ではエルハムしかいない。
『すぐにかえって来るから、心配しないで下さい。 エルハム』
そう書かれていた。
誰宛なのか書いていないが、日本語で書かれているのだから、読む事が出来るミツキに向けたものなのだとわかる。
「あいつまた勝手に一人でっ!!」
ミツキは、その手紙を持ったまま勢いよく部屋を飛び出した。
ミツキが向かう先はただ1つ。
エルハムが居るであろうチャロアイト国だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます