第26話「真実への道」






   第26話「真実への道」





 セリムがどうしてこんな事をしているのか、エルハムにはわからなかった。

 けれど、エルハムの腰に手を当てる彼の力は強く、そこからは「守りたい。」という気持ちが伝わってくるようだった。


 エルハムが動揺していたが、部屋に入ってきたミツキは一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐにいつもの冷静な表情に戻っていた。

 そして、冷たい視線をセリムにおくっていた。



 「セリム団長………何をしているのですか?」

 「見ていてわからないか?少しは遠慮をして欲しいものだが……。」

 「セリムっ!冗談は止めてちょうだい。」

 


 エルハムは恥ずかしさと戸惑いで、セリムの体が痛まない程度に、ゆっくりと体を押した。けれど、セリムの力は緩むことがなく、また彼の胸に押し付けられてしまう。



 「………セリム、もう終わりにして………。」

 「セリム団長、エルハムが嫌がっているように見えます。専属護衛として、それは見過ごせません。」

 「専属護衛として、ね………。」



 セリムはそう呟くと、やっとエルハムを抱き締めていた腕を緩めた。

 そして、いつものように優しくエルハムを見つめて微笑んだ。



 「約束成立ですね。私はエルハム様との約束を守ります。」

 「え、えぇ………それはよかったわ。」



 エルハムは、顔を赤らめながらも、セリムからゆっくりと体を離しベットから離れた。

 約束とは言え、誰かと抱き締め合っているのをミツキに見られてしまったのは、とても恥ずかしく、そして気まずく感じてしまう。



 「約束……?」

 「えぇ………今、セリムと約束をしたの。だから、ほら……ミツキとも約束を交わすときにやっているでしょ?それをしていて………。」

 「そうでしたか………。」



 後ろめたい事など何もないはずだ。

 それなのに、ミツキがエルハムを見ず、視線をそらしたのだ。それに、表情は暗く、怒っているようにも見えた。



 「ミツキ………?」

 「それで、おまえがここに来た用事は何だ?」

 「………姫様に来客です。」

 「そう………でも。」

 「エルハム様、私はもう大丈夫です。看病ありがとうございました。また、お礼に伺います。」

 「お礼なんていいのよ。じゃあ、セリム、無理はしないでね。」

 


 まだ心配ではあったものの、いつまでもセリムの看病だけをしているわけにはいかないのだ。それに、彼自身も動けるようになったら、仕事をするつもりなのだ。

 エルハムは、彼を応援する気持ちでセリムに笑顔で手を振ってから部屋を後にした。






 そして、廊下でミツキに話しを掛けようとするが、それよりも先にミツキが口を割った。



 「ミツキ………。」

 「城下町の本屋の主人が来ております。」

 「………ねぇ、ミツキ。さっきのは、本当にセリムと約束を交わしていただけで……。」

 「それは先ほど聞きました。姫様が、気になさる事は何もないと思います。私も、危害を加えられてないのならば、2人で何をしようとも口出しをする権利はありません。」

 「ミツキ、だから私はっ………。」

 「店主がお待ちです。お急ぎください。」



 ミツキは深く頭を下げながら、そう言った。

 「もうこの話しはおしまいだ。」という事なのだろう。

 エルハムはモヤモヤした気持ちのまま、廊下をトボトボと歩いた。

 

 目の前を歩くミツキは、こちらを見ることもなく淡々と歩いている。



 その彼の言葉に、エルハムは深く傷ついていた。約束とは言え男女が抱きしめあっているのを見ても、ミツキは「口を出す権利はない。」だけで終わったのだ。エルハムもセリムも、ミツキより地位は上なのだから当たり前の事なのもわかっている。

 けれど、何故か悲しいのだ。




 ………エルハムは、ミツキに特別な事を求めていたのだとわかり、切なくなった。



 ミツキにとって、自分は特別ではなく、専属護衛として守らなくてはいけない人という存在なだけなのだと、改めて実感したのだった。








 「エルハム姫様。お忙しい時間にすみません。昨晩は奇襲事件があったとか………お怪我はされませんでしたか?」



 応接室にいたのは、以前エルハムとミツキが買い物へ行った本屋の店主だ。トレードマークである丸眼鏡は今日も綺麗に磨かれていた。



 「ご心配ありがとう。私は大丈夫よ。それより、こんな時に訪ねてくれるなんて急用だったかしら?」

 「はい。実はやっとの事で思い出したのです。やはり年を取ると何の記憶だったかわからなくなってしまいますな………。」

 「もしかして、それは………!」

 「先日お話しをしました、ミツキ殿が前に居たというニホンについて書かれた本についてでございます。」



 その言葉を聞き、エルハムとミツキは驚き、目を大きくさせた。ミツキは店主に近づき、「それはどこにある?本屋にあるのか?」と、問い詰めていた。エルハムは、「ミツキ、落ち着いて。ゆっくりとお話を聞きましょう。」と、彼を窘めた。すると、ミツキはハッとした表情になり店主に頭を下げてエルハムの後方へと控えた。



 「ごめんなさい。ミツキもずっと気になってたみたいなの。だから朗報が嬉しいの。………それで、その本はどこにあるのかしら?」

 「はい。私の本ではなかったので、確か図書館にあったと思うのです。」

 「それはシトロンの図書館かしら?」

 「いえ………かなり前だったと思うので……おそらくチャロアイト国の図書館にあったものだと思います。」

 「そう。チャロアイト国に………。それで、内容は覚えているの?」

 「異国であるニホンから来た人の伝記だったと思うのですが………ニホンという名前だけは覚えておりますが、内容はうろ覚えでして。申し訳ないです。」



 店主はそういうと申し訳なさそうに頭を下げていた。

 けれど、エルハムは驚きと感謝で胸がいっぱいになっていた。



 「そんなことはありません。よく思い出してくれました。初めての手掛かりなので、とっても嬉しいです。そうよね、ミツキ?」

 「あ、あぁ………。今まで手掛かりなんて見つかったことがなかったから驚いてしまって……。本当にありがとうございます。」



 ミツキは少し顔が強張っていたけれど、それぐらいに驚いている証拠だった。


 エルハムは店主にお礼をしてから、奇襲事件の事もあるのでミツキに店主を家まで送ってあげるようにお願いをした。



 

 「今度、チャロアイトに行かなきゃ………。」


 

 そうエルハムは思いながらも、今の状況では行けないのはわかっていた。しかも、チャロアイトはコメットが居る国でもあるのだ。

 いくらミツキが欲しい情報があるとしても、父が許してくれるはずがなかった。

 それに、ミツキは私証がないのだ。

 エルハムの護衛としてならば、なんとか入れるだろうが、一人ではチャロアイトに入る事も出来ない。


 どうしようか。

 そう悩みながらも、エルハムは少しホッとしていまっていた。



 もし、その本にニホンに帰る方法が載っていたとしたら、ミツキは居なくなってしまうのだろう。

 そう思うと、エルハムは、その本を読むのが怖くて仕方がなかった。








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