第25話「約束の証」
第25話「約束の証」
「セリム……。」
エルハムは必死に手を組んだ祈っていた。目の前に居る、苦しげに目を瞑って眠るセリムを見つめながら。
エルハムがコメットに襲われた時にセリムがエルハムを守ってくれた夜。脇腹に刺さった弓矢が思ったより深く刺さってしまい、セリムはそのまま気を失ってしまった。
騒ぎにようやく気づいた騎士団員がぞくぞくとエルハム達の元に集まり、団長の傷を見て皆が絶句した。いつもは毅然と団員をまとめているセリム。その彼が体には矢が刺さり、そこからは血が溢れ、そして本人はぐったりとしているのだ。動揺するのも無理はなかった。
けれど、1人だけ違った。
「ボーッとしている暇はない。団長を部屋に運ぶんだ。そして、誰か医者を呼んでこい!急いでだっ!」
「っあぁ、そうだな。よし、みんなで団長を運ぶぞ。あまり揺らさないようになっ!」
「俺は医者を呼んでくる。」
「じゃあ、城周りの警備を他の奴らとしてくる。」
団員はそれぞれの役目を考えて動き出した。セリムが倒れたのは確かに大きい。だが、騎士団が全体が動けなくなったわけではないのだ。
皆が、一気にセリムの救出とコメット奇襲の後始末に追われた始めた。
そんな中、エルハムは倒れたセリムを見つめていた。生まれたときから近くにいた彼が、自分の前で倒れている。いつも優しくて守ってくれていた彼がとても辛そうにしている。
彼が怪我をするのなどわかっていたはずなのに、いざ本当に傷を負ってしまうと、エルハムは激しく動揺してしまう。
覚悟が足りないとは思う。けれど、やはり悲しくなってしまうのだ。
そのため、セリムが自室のベットに運ばれてから、エルハムは彼の傍から離れなかった。
医者にも治療して貰い、傷の手当てはしてもらった。酷い傷に見えたけれど、命の心配はないとの事だった。
けれど傷口の事もあり、しばらくの間は安静にしていなければいけないとも言われたのだった。
「…………エルハム様…………?」
「あ、セリム!気がついたのね。大丈夫?傷は平気?」
「エルハム様。ご心配かけてしまい、すみませんでした。傷の痛みは大丈夫です。………あの時はもっと早くに気づけばこんな事にはなっていなかったのに。申し訳ございません。」
「セリムは私の事を守ってくれたのよ。そんな事言わないで。」
「…………ありがとうございます。エルハム様、よろしければ夜の奇襲についてわかった事を教えていただけませんか?」
「えぇ………。」
エルハムは、その事についてゆっくりと話し始めた。
奇襲の夜から、半日以上が経っており今は次の日の夕方だった。
その後、警備に当たっていた騎士団から話しを聞くとエルハム達がコメットに襲われる前に、城の門付近で別のコメットが現れたというのだ。そのコメットは、散々城の周りを逃げ回った後、森へと逃げていったというのだ。そちらの援護へ向かった騎士団員が多かったため、城の警備が手薄になってしまったのだ。そのため、本来の目的はエルハムを狙ったものであり、城の門のコメットは囮だったという結論になった。
「なるほど……周到に準備されたものだったという事ですね。」
「えぇ……。人数は数人とは言え戦力が高い人達ばかりみたいだから、侮れないわ。セリムの怪我だけで他に被害はなかったから安心してね。」
「そうですか。他の騎士団や町の人々に何もなかったのは幸いでした。」
やつれた顔だったが、エルハムの言葉を聞いて、少し安堵した表情を見せたセリム。自分が倒れた後のシトロン国が心配で仕方がなかったのだろう。
「それでね。あなたは傷をしっかり治して貰いたいと思っているの。だから、団長の仕事を代理で他の人に………。セリム、無理をしては………。」
エルハムがそこまで言った時だった。
セリムはまだ痛む体のはずだが、ゆっくりと体を起こした。
そして、鋭い目力でエルハムを見据えたのだ。
「団長の仕事は止めません。これだけは………誰にも譲りたくないのです。」
「セリム……でも、その傷には無茶よ。」
「私は、絶対に団長の仕事を休む事はしません。」
「………セリム。」
目の前に居るのは、いつもと変わらない立派に大人数の団員をまとめる、堂々とした若き騎士団長だった。先ほどまで、弱々しさは感じられず、彼の必死の思いだけがエルハムに伝わってきたのだ。
「私は幼い頃からエルハム様をお守りしてきました。そして、今があなた様の最大の危険が迫っているのです。そんな時に私が寝てられるわけがありません。………私がお慕いしているのはエルハム様です。どうか、エルハム様も変わらず守らせてはいただけないでしょうか?」
セリムの想いが、視線や表情、そして声で伝わってくる。
彼が本気の想いを否定する事など、エルハムに出来るはずはなかった。
「セリム………なら、約束して。少しでも辛いときは私やお父様、それに騎士団の皆を頼って。そして、夜更かしは禁止よ。」
「………ありがとうございます、エルハム様!」
「はい!じゃあ、約束。」
そういうと、エルハムは彼の傷に負担にならないように、優しく彼の体を抱き締めた。約束の証だ。けれど、セリムは驚いたようで、体をビクッと震わせた。
「エ、エルハム様!?これは子どもがする約束の証では……。」
「いいじゃない。子どもの頃はよくやったでしょ?」
「ですが、今は子どもではありません。」
「いいからいいから。はい、ぎゅー!」
「…………っ………。」
セリムは恥ずかしそうにしながらも、エルハムの言葉に従うために、ゆっくりと腕を伸ばして、エルハムの背中に手を回した。
ミツキよりもがっちりとした体。そこからは、懐かしい香りとぬくもりがあった。
そんな約束を交わしている時だった。
トントンッ。と、扉を叩く音がした。
そして、「エルハム様。こちらにいらっしゃいますか?」と、小さな声でエルハムを呼ぶミツキの声が聞こえたのだ。
エルハムは、抱き締めていた腕を離し、彼に返事をしようとした。
けれど、それよりも早くセリムが言葉を発したのだ。
「私だ。入れ。」
「セ、セリムっ!?」
セリムはエルハムの事を抱き締めたまま、そう言ったのだ。
エルハムは、セリムの腕の中から抜け出そうとしたが、その前に部屋の扉が開いてしまう。
エルハムはセリムに抱き締められたまま、ミツキの驚いた顔を見るしか出来なかった。
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