第24話「夜の訪問者」






   第24話「夜の訪問者」






 セリムの足音は聞こえない。

 当たり前だ。自分が命令をしたのだ。「今日の護衛はもういい。」と。


 エルハムがなるべくならば言いたくない事。それが、命令だった。

 権力を使って、自分の気持ちだけで命令をする。そんな人間にはなりたくないと常に思っていたはずだった。



 「それなのに………。」

 


 エルハムは暗い道を早足で歩きながら、後悔ばかりしていた。

 自分の事を思って心配してくれたセリムの気持ちなど考えずに、あんな事を言ってしまったのだ。彼はあんなにもエルハムを大事にしてくれているのに。

 


 「まだまだ、立派な姫にはなれてないわね………セリムに謝らないと。」



 エルハムはため息をついた。


 けれど、セリムの言葉にエルハムが傷ついたのも事実だった。

 セリムはあんなにもミツキを疑っているのだ。ミツキは突然異世界に来てしまい、困惑しながらも必死にここで生きようとしていた。そして、この国のために働いてくれている。

 どうでもいいと思っている国ならば、その国の姫を助けて傷を負ったりしないだろうし、毎日懸命に働こうとはしないだろう。

 

 騎士団でも、ニホンの剣術を教えるようになり、他の騎士団員は喜んでいる。


 どうして、セリムはそこまで彼を拒むのか。エルハムはわからなかった。


 どうやったら、セリムはミツキを認めてくれるだろうか。 

 


 そんな事を考えていると、廊下の所々にある火のランプで照らされたところで、何かがゆらりと動いたのがわかった。

 エルハムは、そちらに視線を向けると、そこからゆっくりと黒にマントに黒の上下の服。目だけ残した顔にも黒い布が巻いてある男が現れたのだ。

 それは、エルハムも見たことがある格好の人物。

 セイを襲ったコメットの一人だ。


 エルハムは突然の事に驚き、声を出せずに立ち尽くしてしまった。

 すると、そのコメットは持っていた短剣を持ち構えるのと、勢いよくエルハムの方に駆け出した。

 ランプの光で、鋭い瞳と短剣がキラリと光る。

 


 「………やっ…………っっ!!」



 武器を前にした相手に対して、自分はこんなにも弱いのだ。恐怖にしはいされ、ただ怯えて立ち尽くすしかない。そんな自分を蔑みながら、エルハムはギュッと目を瞑った。


 すると、何かがエルハムの後ろから飛んできたのか、コメットが「ちっ!」と低い声で何かを手で払った。その声を聞いて、目の前のコメットが男だとわかった。

 エルハムが目を開けて地面を見ると剣の鞘が転がっていた。それを見て、シトロン国の騎士団のものだとエルハムはすぐにわかった。


 後ろを振り向こうとすると、「エルハムはそこから動くなっ!」と、聞きなれた声が聞こえた。

 そこには闇に溶け込むような真っ黒な髪のミツキが、勢いよく飛び込んで来たのだ。

 右手にはすでに細長い剣が抜かれてあり、キラリと怪しく光っていた。ミツキは、怖いほどの表情でコメットの男を睨み付けると、そのままエルハムの脇を通り抜けて、男の短剣を弾き飛ばさん強さで剣を打ち付けた。



 キンッッ!



 剣同士がぶつかる高い音が廊下に響いた。

 エルハムはその場に立ち尽くし、震える手で胸のお守りを握りしめながら、ミツキを見つめる事しか出来なかった。

 ミツキと同じように早い動きのコメットの男は自由自在に短剣で攻撃してくる。それを防ぎながらも、ミツキも隙をついては剣を躊躇いなく相手に向ける。けれど、コメットの男もそう簡単にはやられてはくれないのだ。


 彼らの激しい声と剣音が耳に入る。

 ミツキは強い。

 それはわかっているが、どうしても心配になってしまう。

 彼がまた傷ついてしまったらと思うと、息が止まりそうだった。


 本当ならば、今すぐにでも助けを呼びに行きたかった。沢山の騎士団が警備しているはずなのに、この騒ぎで誰も来ないのはおかしいのだ。エルハムは、他の場所でも何か起こっているのではないかと思った。

 それに、ミツキは「そこから動くな!」と言ったのだ。下手に動いて、彼の足手まといにはなりたくなった。


 恐怖心と焦りで、どうしていいのかわからないエルハムだったけれど、ミツキの必死な表情を見て、焦るのを止めた。




 ゆっくりと深呼吸をして、体と頭を落ち着かせた。

 ミツキが目の前で必死に戦ってくれている。お互いに切り傷も増え、廊下の床には血の跡があった。


 迷っている余裕などないのだ。


 そう思ったエルハムは、何も言わずにミツキとコメットの男から背を向けて走りだした。


 すると、侵入者がエルハムを追おうとしたのか、後ろから「おまえの相手は俺だろっ!」と言うミツキの声と剣が激しくぶつかる音が聞こえた。


 振りかえりたかったけれど、エルハムは必死に我慢をして廊下を走った。

 エルハムが目指していたのは先程の厨房だ。まだ、セリムがいるかもしれないと思ったのだ。先ほど、あんな身勝手な事を言ったのに、助けを求めてしまう。

 自分が情けなくなりながらも、厨房へと急いだ。もう少しでドアの前という時に、ゆっくりと扉が開いて中からセリムが出てきた。



 「セ、セリム…………いた………。」

 「エルハム様っ!どうされたのですか?」



 息も絶え絶えのエルハムの姿を見て、セリムは驚きすぐに駆け寄ってくれる。あんな事があったのに、セリムはいつだってエルハムに優しかった。

 けれど、今は侵入者の報告が先だった。



 「コメットの男に襲われて………この、先で………ミツキが……。」

 「襲われた!?エルハム様、お怪我はないのですか?」

 「私は大丈夫………コメットの男も手練れなの………ミツキが………。」



 呼吸を整えながら言うが、言うもより時間がかかってしまう。それがもどかしくてエルハムは悔しかったけれど、セリムは言葉をすぐに理解して、すぐにミツキの元へと向かった。

 


 「エルハム様はそちらに居てください。………いや、ここで襲われてしまう可能性もある…………。私の後ろから離れないでください。」



 セリムはそう言うと、エルハムの手を強く握ってそのまま走り出した。

 その手はいつものように大きくて温かくて、昔と何も変わっていない、ゴツゴツとした男の人の手だった。






 先ほどの場所まで戻ると、ミツキとコメットの男はまだ剣を交わしていた。けれだ、疲労から2人共肩で息をしていた。


 コメットの男は、セリムとエルハムの方を見ると、舌打ちをした。そして持っていた短剣で窓を乱暴に割って

、外へと飛び出したのだ。


 「くそっ……待て!」

 「ミツキ!追うな。今は夜中だ。それに、少数しかいないこの状態では、また奇襲にあった時にエルハム様をお守り出来ない。」

 「ですが!」

 「ミツキ、お前はエルハム様の専属護衛だろ。まずは姫様を守れ。」

 「………わかりました。」



 セリムの言葉にしぶしぶ頷いたミツキは、廊下に落ちていた鞘を拾い、剣をしまった。

 セリムは小さく息を吐いた後、すぐにミツキに指示を言い渡した。



 「今から、他の騎士団と合流して、現状の把握、そして城の警備を徹底する。そのため…………ん………….?」

 「セリム、どうしたの?」

 


 セリムが何かを見つけたようで、窓の外を凝視した。エルハムもつられるように割れた窓に1歩近づいた瞬間。



 「エルハム様っ!!」

 「………え?」

 「…………っっ!!」



 それは一瞬の出来事だった。

 何かに気づいたセリムは、すぐにエルハムの前に体を出して、何かから守るように腕を伸ばしていた。

 

 そして、エルハムが体を起こした。


 すると、セリムの苦痛に歪む表情と脇腹に刺さる弓矢が見えた。



 「あぁっっ!………セリムっっ!!!」



 エルハムは悲鳴を上げながら彼に駆け寄ったのだった。



 

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