第23話「信じたい」
第23話「信じたい」
☆☆☆
セイと扉越しでのやり取りが、あれからも長く続いた。
全く反応がないセイに、エルハムは心が折れそうになった事もあった。返事のない相手に問い掛け続けるというのは、思ったより寂しく、そして辛いものだったのだ。
セイはもう嫌がっているのではないか。自分の事を良く思っていないのかもしれない。迷惑だったらどうしよう。
そんな事を何度も考えてしまっていた。
けれど、最近になって少しずつ変化が見られるようになったのだ。
まず、食事の量が増えた。使用人からの話だと、前はスープなどしか口をつけた形跡しかなかったようだが、今は出された物はほとんど、食べられた形跡があったそうだ。しかし、果物だけは絶対に食べない。
それを聞き、エルハムは胸が苦しくなった。彼女が果物を食べれない理由はわかる。しかし、それはとても辛いことなのだと感じられ、エルハムはその場で目に涙が溜まっていくのを感じた。
彼女が果物を食べれるようになった日こそ、この苦難を乗り越えられた瞬間になりそうだと思った。
そして、この間はドアの前に綺麗な刺繍な入ったエプロンが置かれていた。それが、セイが作った物だとエルハムはすぐにわかった。
「セイ、素敵なプレゼントありがとうっ!とっても嬉しいわっ!………大切にする。」
エルハムはあまりに驚き、嬉しくなり興奮したままドアに向かってそう言ってしまった。
すると、ドアがコンッと1回だけ鳴った。
エルハムらそれが彼女の返事だとわかった。今まではドアの前に立っても彼女が居るのかわからなかった。
けれど、今回は違った。
きっとセイは、今ドア越しにエルハムを見ていた。そして、彼女は少し微笑んでくれた。
エルハムはそんな気がしていた。
「セイ、沢山来るわね。また、お話ししましょうね。」
エルハムはドアに手を添えながら、そう声を掛けたのだった。
そんな気分が良くなった日の夜だった。
エルハムは夜遅くまで本を読んでいた。もちろん、ニホンの事を調べるために資料室から持って来ていた本だ。
けれど、今回持ってきたどの本にも、ニホンの事が書かれている事はなかったのだ。
「…………なかなか上手くいかないものね。」
エルハムはそう呟きながら、本を閉じた。
少し喉の乾きを感じたエルハムは、部屋のランプを持ってから、部屋の扉を開けた。騎士団の人が見守っているのはわかっていたので、申し訳ないが水を取りに行くのに付き合って貰おうと思った。さすがのエルハムも夜中に城の中を一人で歩こうとは思わなかった。コメットが奇襲してくるのに、都合のいいタイミングになってしまうからだ。
「………あの、お水を飲みたいのだけれど。」
「エルハム様。まだ、起きていらしたのですね。」
部屋の前にいたのはもちろん青い正装と防具に身を包んだ騎士団員だった。金髪が美しく、そして、幼い頃から優しく語りかけてくれる彼が居たのだ。
「セリム。今日はあなたが夜の警備だったの?団長になってからは夜の警備はしていないんじゃなかったの?」
「そうなのですが、今日の担当の者が体調を崩したので。代わりに私が担当したのです。」
「そうだったの………団長自ら代役をするなんて。セリムは相変わらず優しいのね。」
エルハムはセリムに向かって微笑むと、セリムは少し恥ずかしそうにしながら、「そんな事は………。」と、口ごもった。
「セリム、仕事中申し訳ないのだけれど、お水を飲みたくなったの。一緒に来てくれるかしら?」
「かしこまりました。」
セリムは深く礼をした後に、腰にある剣の柄の部分に手を置きながら歩き始めた。
静な廊下に2人の足音。そして、ランプの明かりで照らされゆらゆらと揺らめく影。
一人だと怖くなってしまいそうだったが、セリムと共にいると、夜の散歩のようだと思えてしまうから不思議だ。
「やはり、夜は危険なのね。」
「そうですね。城に奇襲されたほとんどが夜間だったので、夜の方が警戒してしまいますね。」
「そう………セリムも無理はしないでね。私の部屋からセリムの部屋が見えるのだけれど、朝早くから仕事をしているのに、いつも夜も遅いでしょ?」
「エルハム様………心配していただきありがとうございます。それだけでも、今まで以上に頑張れる気がします。」
「………セリムは頑張りすぎなのよ。」
エルハムは苦笑しながらも、久しぶりにゆっくりとセリムと話せることが嬉しかった。
若くして騎士団長になった彼は、きっと苦労も多いと思う。けれど、セリムは一言も弱音や愚痴を吐かずに、誰よりも懸命に団長の仕事をこなしていた。気配りがきく彼の事だ。団長以上の仕事もしているのだろうと、エルハムはわかっていた。
「私の事を気に掛けていただけるのはうれしいのですが……エルハム様も夜遅くまで起きていらっしゃるのですね。何か公務がありましたか?」
「ううん。私は違うの。この前まではコメットの事を知っておこうと思って調べていたんだけど。今は、ミツキが来たという世界について何か手がかりはないかと思って………。」
「ミツキ、ですか………。」
丁度厨房に着き、エルハムは持っていたランプをテープルに置いて水が入った容器から水差しに水を移した。
エルハムが答えた後、セリムは考え込むように黙ってしまう。やはり、まだセリムはミツキを認めてはいないのだとエルハムは改めて実感した。
お互いに主力の騎士団員であるし、どちらも仕事や訓練には真面目だ。セリムはどうして認めないのだろうか。そんな疑問が頭を過った時。
セリムがグラスを載せたトレイを持って近づき、エルハムの水差しも載せた。
「………エルハム様。ミツキを信じすぎてはダメです。彼はチャロアイトの密偵の可能性があるのです。心を許してはいけません。」
ランプの光に照らされたセリムの表情は、とても怒っているように見えた。目からはいつものような優しさは見られずつり上がっており、口元にも笑みはなかった。
「セリム。……ミツキは10年もこのシトロン国で沢山の仕事をしてくれてるわ。みんなからも好かれ、頼りにされている。………ミツキが密偵なんて事はないわ。」
「それが全部偽りかもしれない。」
「偽り………?」
「私証を持たない、異世界から来た人間がたまたまチャロアイト国に通じるトンネルに居た?そして、その人間はたまたま強かった?そんな事はありえますか?………彼は幼い頃から密偵になるべく育てられた人間だとすれば、あの剣術の強さも、真面目過ぎる性格も納得出来る。」
「そんな………ミツキは……。」
「エルハム様。ミツキを信じすぎてはダメです。ミツキはエルハム様を利用しているだけかもしれない………!」
「そんな事ないっ!!」
気づくと、エルハムは大きな声でセリムに反論していた。
セリムに対してこんな大声を出して怒った事などなかった。そのため、セリムも驚いた表情でエルハムを見ていた。
姫らしく落ち着いて話さなければいけない。
セリムの気持ちを受け入れて話を聞かなければ。
そう思っているのに、エルハムは感情を止めることが出来なかった。
「ミツキはそんな人ではないわ!誰も信じなくても、私はミツキを信じる!…………セリム。今日の護衛はもういいわ。」
「エルハム様っ!?」
「セリム、これは私からの命令よ。………一人で部屋に戻ります。」
エルハムはすぐにセリムに背を向けて厨房から逃げるように飛び出した。
エルハムは、セリムと一緒に居たくなかった。
彼がまるで怒られた子どものように泣きそうな顔でエルハムを見ていたからだ。
「セリム………ごめんなさい。でも、私は………。」
エルハムは服の下にあるお守りを握りしめながら、真っ暗な廊下を走った。
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