第41話「残酷な取引、成立」






   第41話「残酷な取引、成立」






  ☆☆☆



 夜間は警備だけの門番だが、シトロン国の姫が1人でチャロアイトに来たと言う事で、動揺している様子だった。



 「今日は姫としてではなく、エルハム・エルクーリという人として用事があって来ました。夜間に申し訳ないのですが、門を開けてくれませんか。」

 「エルハム姫様、何のご用事なのかお伝えください。国の者に確認をとらなければいけないのです。」

 「そんな時間はありませんっ!」

 「………姫様。」



 エルハムの迫力に、門番の男達はたじろんでいた。その隙に、エルハムは門番達が通る門ではなく扉に入り、すぐに扉の鍵を閉めた。



 「え、エルハム姫様っ!?」

 「ごめんなさいっ。どうしても行かなければいけない用事があるの。」



 エルハムは、そのままチャロアイト街に消えた。

 門番の兵達はすぐに仲間を呼び、近くを探し回ったがエルハムの姿を見つける事が出来なかった。




 それもそのはずで、エルハムが向かったのは街やチャロアイト国の城ではなかった。

 門の近くにある大きな森の中だった。


 深夜という事もあり、森は真っ暗で静けさがどこまでも続いていた。

 木々や草が風でなびく音や、夜行性の動物の鳴き声、そしてエルハムが歩く足音だけが響いていた。


 エルハムは恐ろしくなりながらも、そのまま森の奥へと進んだ。


 

 しばらく歩いていると、急に強い視線を感じた。前に図書館で感じた視線と同じ、体が震えるほどの鋭さだ。


 エルハムはその場に止まり、その視線がどこから来ているのが探ろうとしたけれど、全くわからなかった。

 ふーっと息を吐いた後、エルハムは震えそうになりながら、声を出した。



 「私は、シトロン国第一王女エルハム・エルクーリよ。ここに来た理由はわかっているでしょう?案内してくれないかしら?」



 何処に居るのかもわからない相手に、エルハムは話し掛けた。

 すると、エルハムの背後の草むらからガザッと音がした。エルハムが慌てて振り向くと、そこには黒い頭巾を被り、口元も黒布で隠し、黒いマントで体を覆っている人物が姿を表した。


 エルハムは背中に冷や汗が流れるのを感じながらも、背筋を伸ばしてその人物を見据えた。



 「お待ちしておりました、エルハム様。必ず、ここに来ていただけると思っていました。」


 声を聞いて、その人物が男だとわかった。その男は、ダンスでも誘うかのように、大袈裟に頭を下げて礼をした。



 「………こんな手紙を貰ったのならば、招待されるしかないじゃない。」



 エルハムは、ワンピースのポケットからある紙を取り出した。

 それは、チャロアイトの図書館から借りた本に挟まっていた、紙だった。

 そこにはメッセージが残されていたのだ。



 『金髪の姫様。

  この本の続きが欲しければ、チャロアイトの1番大きな森へお1人で来てください。5日経っても来ない場合は、その本は焼いて処分します。コメット一同、皆あなた様のお待ちしております。』



 こんな脅迫とも言える内容の手紙だった。

 エルハムがチャロアイトの図書館に内緒で通っているのをコメットの人たちは気づいていたのだ。そして、本の中身を読んでエルハムがミツキのために借りているのだとわかったのだろう。

 コメットの目的は、シトロンの国がなくなりシトロンの領地をチャロアイトのものにするのが目的なのだ。

 エルハムを使えば取引の材料になると考えたのだろう。


 エルハムが借りるであろう本に手紙を残し、エルハムをコメットの隠れ家に誘ったのだった。



 「………本はちゃんとミツキに渡してくれるわね。」

 「お約束しますよ。あなたが大人しく捕まってくれるのであれば、ね。」

 「ここまで来たのよ。先に本をシトロンに届けて。」

 「………約束しましょう。では、着いてきてください。私たちの隠れ家に案内します。」



 エルハムは、恐ろしさから体の震えが止まらなかった。けれど、それを隠すようにエルハムは手を握りしめ、爪を手の甲に刺して刺激を与えて震えを止めようとしながら、コメットの男の後についていった。


 彼が案内した場所は、洞窟だった。

 しかし、住みやすいように木でしっかりと天井や壁、床を作り、長細い家のような作りをしていた。そこに、乱雑に置かれた武器や本、服や食具が、天井にある魔法の火で照らされていた。

 エルハムが通ると、中にいたコメットの集団は鋭い目で睨み付けるようにエルハムを見ていた。


 奥の部屋に案内されると、縄で手を拘束されベットのようなところに押し込まれた。

 ふわふわの布団に横になり、エルハムは驚いた。


 すぐにでも傷つけられ、殺されると思っていたのだ。そんな姿を見て、森で出会った男は、面白そうに笑った。



 「お姫様だ。こんな場所がお似合いでしょう?それに、もしかしたらあと数日の命ですからね。少しぐらいは快適に過ごせるようにしてあげましょう。」

 「…………っっ!」

 「おまえは取引材料だ。見えるところには傷つけないようにする。…………見えないところにはなっ!」



 その男の口調が変わり、雰囲気も一転した。

 男はエルハムに近づき、顎を指で引き上げて、口元を隠していた布を取り、エルハムの頬をペロリと舐めた。

 エルハムは、絶句し体を固まらせて、その男を恐る恐る見つめた。



 「………寂しかったら相手をしてやる男は沢山いる。余計なことをしたら、お前のその綺麗な体を使わせて貰う事になる。」

 「…………わ、わかったわ………。だから、放れてっ!」

 「………くくくっ、強気な姫も悪くない。俺達の機嫌が悪くならないよう、せいぜい祈っておくんだなっ!」

 「ねぇ………1つだけ教えて。シトロン国に密偵はいるの?」

 「密偵………?」



 その男はジロリとエルハムを見つめた。そして、怒った様子でエルハムに怒鳴り付けた。



 「シトロン国の民を仲間にする?そんなはずないだろ?密偵を送るほど厄介な国ではないんだよっ!専属護衛の部屋にあのメモを置いただけで、あっさり仲間を見限るなんて、愚か者の集まりだなっ!」

 「キャッ………!!」



 そういうと、エルハムの体を強く押した。

 エルハムはベットに体を投げ出された。腕が固定されており、上手く体が動かせない。目だけでその男を睨み付けると、男は嫌らしく笑いながらその部屋から出て行こうとした。



 「待って………!今から、取引をしに行くんでしょ?だったら、その時に、この取引の事を全て話してきて。」

 「専属護衛様の冤罪をはらせって事か?………それをして俺の何の得になる。」

 「………それは………。」

 「わかった。真実を伝えてこよう。だが、その対価はお前の体だ。この意味はわかるな。」

 「…………わかったわ。」

 「交渉成立だ。楽しみにしておけ。俺は女には優しい。」

 「……………。」



 男はクククッと笑いながら、エルハムの全身を嫌らしく見つめた後に、部屋から出ていった。

 もちろん、ガチャッと鍵をかけられる。

 

 逃げられなくなったはずなのに、エルハムは一人になった今の方が肩の力が抜けるような気がした。

 エルハムは繋がれた手首のまま、先ほど舐められ頬を何度も手で擦った。



 「覚悟してきたはずなのに………。」



 エルハムは自分の瞳に涙を溜まっていくのを感じた。

 取引材料になるのはわかっていた。

 けれど、約束は守ってくれるはずだ。

 ミツキの元に本が届けば、それでいい。

 後は、ここでわざと逃げようとしたり、暴れたりすれば、エルハムは始末され、取引も出来なくなるはずだ。


 そんな作戦とも言えないような方法しかエルハムには考えつかなかった。

 それに、さっきの男が話していた密偵がいないというのは態度からして本当の事だろう。

 そして、ミツキの部屋で見つかった物が、偽造だったとわかれば、ミツキの冤罪もなかった事になるだろう。

 けれど、彼にはこの国では幸せに暮らせないはずだ。1度受けた心の傷は、簡単には癒せないのだから。



 「………ミツキは、日本に帰って幸せになってね………。」



 エルハムは両手で胸元のお守りを握りしめ、そう願い続けた。




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