第42話「晴れた疑い」






   第42話「晴れた疑い」





   ★★★




 「どういう事だ!エルハム様をどこに隠した!」

 

 ミツキがいた牢に大声が響いた。

 セリムが激怒し、綺麗な顔を歪めてミツキを睨み付けている。

 その横には、アオレン王と数人の騎士団員が居た。1名を除きほぼ全員が不安げにミツキを見つめている。

 彼らはまだ、ミツキを密偵だと疑っているのだ。唯一、アオレン王だけが何か考え込んだ表情をしていた。



 「俺は昨日もずっとこの牢屋に居たのは看守が知っているだろう。」

 「だが、エルハム様はいなくなられた………。」

 「やっぱり………か。」

 「やはり、おまえは何か知っているのだろう!?」


 セリムはミツキの胸ぐらを掴み、詰め寄った。それを見て、アオレンは「セリム、落ち着け。騎士団長として恥ずかしいぞ。」と、それを窘めた。すると、ミツキを睨み向けたあと、乱雑にミツキの体を突き飛ばした。まだ腕を拘束されているミツキは、そのまま後ろに倒れるしかなかった。



 そんな様子を見て、アオレンは小さく息を吐いた後、ミツキの傍に寄り目線を合わせるように膝をついて話をかけた。


 セリムはそれが気にくわない様子だったけれど、アオレンもそのまま話を続けた。



 「ミツキ……私はおまえを信じている。我が娘が信じた男なのだからな。この牢に入れたのも私の体裁を取りつくろうために同然だ。申し訳ない。」

 「アオレン王、何を言っているのですか!?ミツキは密偵ではないですか!証拠もちゃんとあります!」

 「セリムっ!おまえは、あんなものが証拠だと言えないとわかっているだろう。エルハムも言っていた通り、あの字はミツキのものではないのはわかっているはずだ。私が、ここにミツキを閉じ込めたのは、真実を知るため、そして、皆が取り合えずは安心できるためだ。……一人を犠牲にしてやる事ではなかったのだ。」



 アオレン王が大声を出すことは珍しかった。

 セリムに対しても、親身で優しい王であったため、セリムは驚き、そして萎縮してしまった。

 けれど、アオレンが話したことは彼にとって全て心当たりのあるものばかりで反論など出来るはずもなかった。



 「アオレン王………。」

 「ミツキ、本当にすまなかった。お詫びならエルハムが戻ってきてから必ずしよう。………そして、教えてくれないか。エルハムがここに来た理由を。エルハムはどこに行ったのかを。」



 そういうと、アオレン王はミツキの目の前で頭を下げた。そして、まっくずとミツキの瞳を見つめ返事を待っていた。


 アオレン王の言葉は本当の物だとミツキは思った。

 1人の王が、牢屋に入り罪人に頭を下げる王がいるだろうか。

 確かにアオレン王は体裁を大切にしてしまったのかもしれない。けれど、沢山の人を纏めるためには、その体裁を取るのも必要だとミツキは理解していた。


 けれど、自分が苦痛は大きかった。そして、1度嘘だとしても牢に入ったことで、ミツキを疑いの目で見てしまう人もいるだろう。

 それを思うと、悔しくて仕方がなかった。

 

 しかし、ミツキはスボンのポケットに手入れれて、先ほどいれた紙に触れた。

 エルハムが書いた手紙だ。 

 そへに触れているだけで、ミツキは不思議と気持ちが落ち着いた。


 今、ここで王の言葉に返事をしなければ、牢屋を出れたとしても、エルハムを守る時に頼れるものが少なくなるはずだ。

 頼れるものには頼って、エルハムを確実に安全に見つけ出したかった。

 そのためには、アオレン王の助けが必要だと考えたのだ。


 ミツキは、アオレン王を黒い瞳で見つめ返した。その視線は強い決意が込められた、鋭いものだった。



 「エルハムは、俺に日本へ帰れと言いました。……そのために、チャロアイトに向かったのだと思います。………けれど、ただ図書館に向かったわけではないと思うのです。……エルハムの表情は、まるで………。」



 「殺されに行くようだった?」


 「なっっ!!」



 

 ミツキは、エルハムの行き先を考え、それをアオレンに伝えていた。ずっと考えていた事だった。

 その答えを誰かが続けたのだ。

 それは知らない声。ミツキが驚き、そちらを見つめてる。

 そこには、騎士団の正装である青の服を着ている男がいた。

 しかし、他の騎士団とは雰囲気が全く違っており薄ら笑いを浮かべているのだ。


 その様子を見て、ミツキは嫌な予感がしたのか、アオレン王を庇うように立ち、剣はなかったが拳を前に出して構えた。そして、同じようにセリムも何かを感じ取ったのか、剣を抜いて、そのニヤリと笑う騎士団員に剣を向けた。



 「おまえ、何者だ………騎士団員ではないな。」

 「あぁ、やっと気づいてくれたんですね。少し前から居たものですが、全く気づいてくれないので、つまらなくしていた所です。」

 「…………おまえ、コメットだな。」



 ミツキが睨み付けながら低い声でそういうと、周りの人々の体が強ばるのがわかった。

 けれど、そう言われた本人だけは、実に楽しそうに笑っていた。



 「そうです。大正解です。よくわかりましたね。あ、私を殺してはダメですよ。お姫様からの伝言を伝えられなくなりますから。」

 「エルハム様は無事なのか!?」



 セリムの焦った声を聞いて、その男はニヤリと笑った。



 「殺した………。」

 「っっ!」

 「と、言いたいところですが、お姫様と全てを話すようにと約束しましたので、本当の事を話します。姫様は、私たちコメットの基地にいます。そして、そこの囚われの騎士様に、姫からの贈り物です。」



 そういうと、その男は持っていたものを、ミツキの足元に投げた。

 ミツキはそれを見つめる。すると、それが本であり、エルハムがチャロアイトから借りて来ていた伝記の最終巻だというのがわかり、身が震えた。

 何故、コメットの奴らが持っているのか。

 そして、やはりエルハムはこの本でミツキを日本に帰す事を最優先にしていたのがわかり、目頭が熱くなるのを感じた。



 「あともつ1つだ。おまえの部屋に置いたメモだが、あれはコメットの俺たちが置いたものになる。お姫様から専属護衛のおまえを離した方が殺しやすくなると思ったからだ。」

 「…………なんで、俺達にそんな事を話す?」

 「だから、言っただろう?お姫様との約束だと。その対価は…………まぁ、わかるだろう?あのお姫様は美人だからな。男としては1度味わっておきたくなるだろ?」



 その言葉を聞いて、ミツキは体が沸騰したかのように熱くなった。

 この男をすぐにでも切り裂いて殺してやりたかった。

 そのような約束をエルハムが、どんな想いで交わしたのか。そして、自分のためにそんな約束をしたかと考えるだけで、自分の弱さに吐き気がした。



 「………っっ………おまえは………!!そんな事を言われて、やすやすと帰すと思ったのか?」

 「まぁ、落ち着け。俺が今日中に帰らなかったら、お姫様を殺すように命令してある。今、俺を殺すのは得策ではないな。」

 「………今、おまえを殺さなければ…………!」

 「俺がお姫様をいただいた後に殺すだけだな。」

 「この下衆が!!」


 

 鎖が付いたままのミツキと抜刀していたセリムがコメットの男に飛びかかろうとした瞬間。

 その男が、隠し持っていた細い短剣をアオレン王に向かって投げた。

 ミツキはハッとして体を止め、セリムは剣で短剣を払い落とした。アオレン王は無傷で済んだ。

 けれど、その隙にコメットの男は、逃げ出していたのだ。もちろん、他の騎士団が捕まえようとするが、上手くかわし、そして短剣を使い巧みに攻撃をして、あっという間に地下牢の階段をかけ上がって行った。


 身軽な男は、牢屋を一目みてニヤリと笑い、そのままシトロンの国から出ていった。


 大勢の騎士団が後を追ったが、追いつくことは出来ず、逃してしまったのだ。


 後で見つかったのは、トンネル付近でコメットの男が着ていた騎士団の正装と、街を警備していた騎士団数名が倒れており、その一人が服を脱がされていた事。

 そして、コメットの男がチャロアイトの森へ逃げていったという情報だけだった。




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