第43話「叱咤激励」






   第43話「叱咤激励」






 コメットの男がもたらした情報により、ミツキの鎖はほどかれ、牢屋からも解放された。

 それなのに、ミツキの気分は晴れなかった。


 急いで自分の部屋に戻り、ミツキはボロボロになった衣服を脱ぎ捨て、騎士団の正装に身を包むと、壁に立て掛けてある自分の細い剣を取り、すぐに部屋を出た。


 すぐにでもエルハムの元へ急ぎたかった。

 あの男がコメットの拠点へと戻ったのであれば、エルハムがどんな目にあってしまうのか。

 想像するだけで、ミツキは発狂しそうなほどに苛立った。


 ミツキの見る先は、コメットしかなかった。

 どんなに敵の数が多くても、厄介な相手だとしても、全員を相手してやるつもりになっていた。


 ミツキは誰にも声を掛けずに、城を出ようとした。



 「ミツキッ!」



 すると、大声でミツキを呼び駆け寄ってくる男が居た。もちろん、セリムだ。

 セリムは苛立った様子で、ミツキの傍まで来た。けれど、ミツキを彼を無視しようとして、背を向けた。


 

 「勝手な行動はするな。今から作戦を立てて………。」

 「それじゃ遅いんだよっ!」

 「一人で何が出来るというんだっ!」

 「………やってやるさ。早く行かないとエルハムがどうなってしまうか聞いただろ!」

 


 エルハムは背を向けていたが、勢いよく振り向き、セリムを睨み付けながらそう言葉を投げつけた。

 けれど、セリムも1歩もひかないずに、ミツキにまた駆け寄ろうとしていた。


 ミツキだってセリムの気持ちはいたいほどわかっていた。

 自分だって一人で行っても無事で済まないとわかっている。ミツキはそれでも言いと思っていた。エルハムを逃がすきっかけになれればいいのだ。

 ミツキが行けば騒ぎになり、騎士団も駆けつけるだろうし、チャロアイト国の兵士だってくるだろう。エルハムさえ、先に助けられれば良いのだ。


 あの男に、エルハムは何をされてしまうのか。そして、最後には命を取られてしまうのだ。ミツキは考えただけでも、頭がぐらぐらとして、体が焼けそうなほど熱かった。



 「こんな時間さえも勿体ないんだよ!俺は行く………。」

 「おまえは何にも役に立たないさ。魔法が使える相手に対等に戦えるはずもない。無駄死にするだけの事だ。」

 「……………。」



 ミツキは、セリムの言葉に反応せず、歩き出した。



 「セリム様、ミツキ様っっ!!」

 「………おまえは………。」



 2人を呼ぶ声を聞いて、ミツキはすぐに後ろを振り向いた。そこには、ミツキが助け城で守られていた、青果店の娘のセイが居た。

 そして、その後ろには彼女の護衛である騎士団員が数名走って追いかけてきていた。



 「お待ちください!セリム様っ!」

 「こら………!勝手に部屋を出るな。今はコメットが襲撃してきたばかりで危ないのだぞ。」

 「お願いです。少しでいいので、お時間をください!」



 部屋から逃げてきたのだろう。

 セイは騎士団に押さえつけられていたけれど、必死にこちらに手を伸ばしてセリムを見ている。

 興奮していたセリムも驚き、ミツキではなく彼女を見つめ近寄った。



 「セイ………どうした?」



 セイの体を掴んで制止させていた騎士団に離すよう目で促し、セリムは彼女の顔を覗き込みながらそう尋ねた。

 すると、セイは目にいっぱいの涙を浮かべ、ボロボロと泣き始めたのだ。

 セリムは、「どうしたのだ!?何かあったか?まさかコメットに………。」と聞くと、セイは頭を横に振り、手で涙を拭き、嗚咽をもらしながらしゃべり始めた。



 「エルハム様が昨晩、私のところへ会いに来てくださいました。………今までありがとう、仲良くしてくれて、嬉しかったと……。」

 「…………。セイの所にもエルハム様はいらっしゃったのだな。」

 「はい。そして、エルハム様からセリム様に渡して欲しいものがあると………お預かりしておりました。」



 セイは震える手で、ある物をセイに差し出した。それは、刺繍の入った白いハンカチだった。

 


 「………これは………。」

 「エルハム様が刺繍をしたものです。日頃の感謝を伝えたくてとお話ししていました。……直接渡すのは恥ずかしいとの事で、私が預かっていました。」

 「…………。」



 セリムはそれを受け取り、自分の名前が綺麗に刺繍されたところを見つめ、ゆっくりと指で触れた。



 「………エルハム様が………。」



 セリムの目には涙が浮かんでいた。

 愛しいものを見つめる優しさや、悔しさ………そんな複雑な感情が混ざりあった表情となっていたのをミツキは感じ取った。



 「セリム様、ミツキ様………どうか、エルハム様をお助け下さい。私はまだ、エルハム様に助けてもらったご恩をお返し出来てないのです。どうか、よろしくお願いいたします。」



 セイは、2人見つめた後、深く礼をした。

 頭を上げることはなく、ずっと頭を下げていた。ポトリポトリと、涙が床に落ちていく。

 ミツキはそれを見て、手を強く握りしめた。



 「………俺は1人でも行く。無駄だとしても、エルハムが居るのがわかっているのなら、行くだけだ。」

   


 ミツキがそうその場に言葉を残して、背を向けて歩き始めた。

 もうセリムがミツキを止める事はなかった。




 



 ミツキはすぐに森を抜けてトンネルを潜った。

 そして、チャロアイトの門番の前に立つ。

 ミツキは異世界人で私証を持っていなかった。

 止められる事はわかっていたが、話をしてとおして貰うつもりだった。もし、それでも通行が許可されなければ力で強行突破するつもりでいた。




 しかし、チャロアイトの門に立っていた一人の兵士がミツキを睨み付けるように見ていた。

 きっと、エルハムの専属護衛だと知っているのだろう。

 ミツキは、小さく息を吐きながらその門番へと足を進めた。



 「シトロン国の第一王女の専属護衛のミツキだ。緊急でここに来た。申し訳ないが、ここを通してくれないか。」

 「…………遅い。」

 「………え………。」

 「遅いんだよっ!姫様は一人で森へ行ってしまった!何でもっと早く来ない!?」



 その兵士は予想外の事で怒っているようだった。あまりの出来事に、ミツキは驚いてしまい、返事が出来ずにいた。

 その男は持っていた槍を地面にダンッと押し付けると、またミツキに怒りの言葉をぶつけた。



 「姫様は、隠れて何度もここに来ていただろう。お忍びだったのだろうが、俺たちはわかったさ。それはいい。きっと姫様にも理由があるのだろう。けど、昨日の夜は違った。……コメットのところに行ったんだろ!?だったら専属護衛が止めないでどうすんだ!」

 「それは………。」

 「あの姫様は、公務でここに訪れる度に俺たちみたいな敵兵にも挨拶して老を労ってくれる人だ。あんな人がいなくなるなんて、おかしいだろ。…………さっさと助けてこい!そして、姫様を連れてくるまでここに来るな。」



 そう言うと、ミツキの背中を押して、チャロアイトの門をくぐらせたのだ。

 私証を持っていないミツキを自分に国に入れてしまうなど、規則違反だ。

 けれど、周りの門番もそれを止めようとはせずにミツキは見つめていた。その視線には「早く行ってこい。」と、送り出そうとするものだった。


 ミツキは少し戸惑いながらも、チャロアイトの門を何の心配もなく通れた事に感謝しながら、門番達を見た。



 「すまない。………感謝する!」



 ミツキは、そう言いすぐにそこから離れた。



 「姫様はそこの森の奥だ。……洞窟を拠点にしてるって噂があるからな!」



 背中を押してくれた男が、大声でそう教えてくれた。

 ミツキは背を向けたまま右手を上げて、森へと急いだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る