第40話「異世界から来た愛しい騎士様へ」
第40話「異世界から来た愛しい騎士様へ」
☆☆☆
エルハムは夜の街を走っていた。
決して後ろは振り返らずに、前だけを向いて。
今、後ろを向いてしまったら、城に戻りたくなってしまう。大切な人達がいる、あの場所に。
そして、先ほど会いに行ったミツキの元に………。
エルハムは、今夜の警備を担当する騎士団員達に差し入れのお菓子を渡していた。
その中には、「最近眠れない。」と嘘を付いて医者から貰った睡眠薬が混ぜられていた。警備中に寝てしまう事がなくても、いつもよりボーッとして集中力がなくなってくれればいいとエルハムは思っていた。けれど、貰った薬が強めだったのか、地下牢に続く看守達は、いびきをかいて寝ていたのだ。
そのため、エルハムは鍵を持ってあっさりと地下牢へ行く事が出来た。
そして、城の警備もいつもより緊迫した雰囲気がなく、エルハムが城下町へと脱走するいつもの方法も、誰にもバレることなかった。
そのためエルハムは城から出て、人のいない城下町を走っていた。
その途中に思い出すのはミツキの事ばかりだった。
地下牢で横になっていた彼は、とても弱っており体調も崩していた。きっと酷いことをされたのだろう。数日で、あんなにやつれるなどおかしかった。
そんな彼を見て、すぐにでも元の世界へ戻してあげたい。そう思ったはずなのに、彼は「エルハムに会いたい。」と、言ってくれたのだ。
それがエルハムにとってどんなに幸せな言葉だったか。
思い出すだけで、涙が溢れてしまいそうだった。
大好きで大切なミツキ。
彼には何度も助けられてきた。
命の危険があった時も、母の記憶で苦しんだ時も………どんな時でも彼が傍に居て支えてくれた。
そんなミツキに自分は何が出来ていただろうか。そう考えると、何も出来ていない事に改めて気づいた。
そして、今。
ミツキは苦しんでいるのだ。それも、自分の行いのせいで。そんな彼を助けなければいけない。
今度は、彼を守る番なのだ。
自分より小さかったミツキ。昔は守ってあげる事もあったかもしれない。けれど、すぐに彼は大きくなり自分の専属護衛となりシトロンの騎士団となり、守ってくれる存在になった。
異世界から来た彼にとって、頼れる存在などいなかったはずだ。
そんなミツキがピンチになった。
「私が、助けるから。ミツキ………もう少しだけ待っててね。」
エルハムは、自分の手を強く握りしめて夜の街を抜け森を走り、数日前にも来たチャロアイトへと続くトンネルを歩いた。
真夜中という事もあり、人はほとんどいない。夜は、危険も多いため商人が通る事はほとんどなかった。
荒くなった呼吸を整えるように、トンネルを歩く。ここの来ると、思い出すのはミツキと出会った時の事だ。
真っ黒な髪と瞳。鋭い視線で睨み、持っていたボクトウを握りしめて、エルハムを威嚇していた。
そんな野良犬のように彼を思い出すと、エルハムは自然と頬が緩んだ。
「あの頃のミツキ………可愛かったわよね。弟のように思ってたのに。………今では、どちらが年上なのかわからないわね。」
そんな小さかった少年は、立派な騎士団になり街の人々が憧れる存在になった。
「………ミツキ、かっこいいものね。街のみんなが憧れるのもわかるわ。………私も大好きだもの。」
エルハムは、少しだけ照笑いを浮かべた。
青い正装に防具を付け、剣を持って戦う姿は凛々しく男らしく、誰もを魅了してしまう。
そんな彼が自分の専属護衛になったのが、誇らしく嬉しかった。
そんな彼が、先ほどまで弱々しくエルハムを見つめていた。それを思い出すだけで、胸が苦しくなる。
そんな事を思い出していると、真っ暗なチャロアイトの門が見えてきた。
トンネルからエルハムが歩いてくるのを見た看守は、初めは怪訝な目で見ていたが、それが誰かわかると、驚いた表情を見せた。
「………行ってくるわ、ミツキ。………さようなら。」
ミツキはまっすぐとチャロアイト国の門を見つめると、堂々と歩き出し、門番の元へと向かった。
★★★
エルハムが去った後、しばらく一人で脱獄を試みていたが、やっとの事で騒ぎに気づいた看守が慌ててミツキの元へやってきた。
「おいっ!おまえ、何やっている!そんな事をしてもここから出られるわけではないぞ!」
「違うっ!エルハムが…………今、エルハムは何をしている!?」
「エルハム姫様?………エルハム姫はこんな時間だ、お休みになっているに決まってるだろう?」
「違うっ!さっきまで、ここに居たんだっ!様子がおかしかった……本当に城にいるのか確認してくれ!」
ミツキは必死の思いで看守の男に頼んだ。
けれど、ポカンとしたあとミツキを見て苦笑した。
「おまえ、何を言っているだ?ここに姫様が来るわけがないだろう。………熱のせいで夢でも見たんだ。」
「そんなはずはないっ!」
「いいからさっさと寝ろっ!うるさいとまた水をかけるぞっ!」
看守の男はそう怒鳴ると、さっさと看守の部屋に戻ってしまった。
ミツキの言葉を全く信じていない様子だ。
「くそっ!!」
ミツキが両手で強く床を叩いた時だった。
ミツキの左腕の手錠と手首の間に何かが挟まっているのに気づいた。
ミツキは不思議に思い、それをゆっくりと引っ張るとそれは白い紙だった。何回か折られており、ミツキはそれを開いてみると、そこには日本語で何かが書かれていた。
「…………っっ…………。」
日本語を書けるのはこのシトロンでは2人しかいない。ミツキ自身と、エルハムだけだった。
そして、その紙には、ずっと見てきた彼女の字が書かれていた。
夜にエルハムがここに訪れたときに、こっそりとミツキに贈った物なのだろう。
ミツキは、その手紙を見つめエルハムの字に視線を落とした。
そこには、彼女の繊細で丁寧な字でミツキに宛ててメッセージが残されていた。
『異世界から来た、愛しい騎士様へ
私は、ミツキの事を愛しています。
だから、あなたと離れたくない。ずっとそう思っていました。けれど、ミツキが苦しんでいる姿を見るのはとても辛いです。ミツキには笑顔で幸せに生きて欲しいです。
シトロン国でそれが叶わなくなってしまうのならば、私がミツキを日本に戻す方法を探します。
だから、ミツキは待っていてください。
私が、ミツキを守ります。
………………大好きです、いつまでも。
エルハム・エルクーリ』
「エルハムっっ…………。」
手に持っていた紙に、ポツポツと水滴が落ちた。それを見て、ミツキは自分が泣いのだとやっとわかった。
ミツキは、涙が出るのを止められなくなっていた。
エルハムは、自分の気持ちよりもミツキの幸せを願ってくれた。
守ってくれる、と言ってくれた。
子どもの頃、自分の父親に襲われた時。
母親を守りたいと思った。そして、強くなりたいとも願った。
それと同時に、「誰か助けてっ!」と強く願っていた。
人を守りたい。
誰かに守ってもらいたい。
そんな2つの反対の願い。
エルハムは、昔も今もミツキを守ってくれているのだ。
そんな彼女をミツキは気高く強く、そして美しいと思っていた。
そして、それが恋だというのを気づかないフリをしていたのだ。彼女は一国の姫だ。高嶺の花で、自分が恋をしていい相手ではないのだ。
それをわかっていて、自分の気持ちに蓋をしていた。
だからこそ、彼女に告白されて戸惑い、躊躇してしまった。
けれど、今ははっきりとわかる。
彼女に「愛している。」と言われて、感動して泣けるぐらいに嬉しかったのだと。
「今ごろ気持ちに気づくなんて遅すぎるよな。………エルハム、ごめん。」
ミツキは手紙を見つめたあと、丁寧にたたんで、ズボンのポケットにしまった。
「俺の方こそ、おまえに守られてばっかりなんだ。エルハム、俺もおまえが大切なんだ………だから、今度こそおまえを守りたい。」
ミツキはギュッと手を握りしめ、その場から立ち上がった。
先ほどまで感じていた寒気や怠さを不思議と感じることはなく、むしろ力が湧いてくる感覚だった。
「待っててくれ、エルハム。」
ミツキはそう呟き、また繋がれた鎖を強く引っ張り始めた。
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