第39話「姫としての決意」






   第39話「姫としての決意」






   ☆★★




 「セイ。起きているかしら………?」



 久しぶりの声に、うとうとしていたセイはすぐに飛び起きた。

 もう夜中の時間帯。声の主がこんな時間に来るのは珍しかった。

 セイは驚きながらも、急いで部屋のドアを開けた。



 「エルハム様!」

 「こんな時間にごめんなさい、セイ。少し話しが出来るかしら?」

 「はい。どうぞ、中にお入りください。」

 「ありがとう。お邪魔するわ。」



 エルハムは嬉しそうに微笑むと、セイの部屋にゆっくりと入った。セイは急いで部屋の明かりを付けた。ランプが2つしかないため、ぼんやりとした明かりのみが部屋を照らしていた。

 セイはエルハムに椅子に座ってもらえるように頼んだが「すぐに済むから。」と、立ったままで話を始めた。



 「セイに借りていた洋服と私証。本当に助かったわ。貸してくれてありがとう。」

 「いえ……。私があんな計画を立てたから、ミツキさんが……。」



 セイも、ミツキが密偵の疑いで捕まった事を知っていた。それを聞いてセイは驚き、何かの間違いだと思っていた。

 エルハムと一緒にいるミツキはとても優しくて紳士的で、エルハムを見つめる目線はとても穏やかで、セイは2人はいい関係なのだと思っていた。

 そんなミツキが、エルハムをコメットに引き渡すような事をするとは思えなかった。

 何かの勘違いなのではないか。

 そう信じていた。


 けれど、エルハムがセイに変装してチャロアイトに入国するのはどうかと提案したのはセイだった。

 そのため、自分のせいで捕まったのではないかと責任を感じてしまっていた。

 自分が誰かにそのことを伝えれば事態は変わるのだろうか、とも考えたけれど部屋から出るのはまだ怖くて仕方がなかったのだ。



 「セイが考えてくれた方法で、私は欲しかった本を読むことが出来たのよ。責任を感じることは何もないわ。」

 「エルハム様。」

 「これは私の責任だから。………私がなんとかしなければいけないの。」

 「……えっ。」



 エルハムは自分に言い聞かせるように、彼女が呟いていた。セイは、エルハムが何かを考えているのはわかったけれど、それが何なのか。わかるはずもなかった。だが、恐らく良くない事のような気がしてならなかった。



 「そうだ……セイに1つだけお願いがあるの。」

 「はい。何でしょうか?」

 「これを……セリムに渡して欲しいの。」



 そういうと、エルハムはポケットから1枚のハンカチを取り出した。そこにセリムの名前と騎士団の紋章、そして長い剣が刺繍されていた。

 とても繊細で綺麗に刺繍されており、丁寧に作っているのがセイにはわかった。



 「綺麗な刺繍ですね。エルハム様、すごくお上手になられましたね。」

 「ありがとう。セイに褒められると自信が付くわ。」

 「ですが………どうして私からセリム様にお渡しした方がいいのでしょうか?私ですと、なかなかお会い出来る機会がないのですが。」

 「…………日頃の感謝を込めて作ったんだけど……何だか直接渡すのが恥ずかしくなっちゃったの。だから、お願いね。セリム。」

 「………?わかりました。」



 セイは不思議に思いながらも、そのハンカチを受け取り、セリムに渡すことを誓った。

 その様子を見て、エルハムは安心した表情を見せた。

 そして、何故か切ない顔でセイを見つめた。



 「セイ。今までありがとう。仲良くしてくれて、友達になってくれて嬉しかったわ。そして、ご両親を守ってあげられなくて、ごめんなさい。」

 「………エルハム様。急に何を………。」

 「………セイにも今までの感謝を言わなきゃなって思って。これからも、仲良くしてね。」

 「もちろんです。」

 「ありがとう………。じゃあ夜も遅いし行くわ。」

 「はい………。」

 「おやすみなさい。」

 「おやすみなさい、エルハム様。」



 セイはいつもと違った様子のエルハムを見て、戸惑いながらも彼女を見送るしか出来なかった。


 けれど、エルハムが今にも泣き出しそうな表情で切なく微笑む顔を、セイは忘れることが出来なかった。



 「エルハム様………。」



 エルハムから受け取ったハンカチを眺めながら、セイは不安を隠せずにしばらくの間立ち尽くしていた。








   ★★★





 ミツキが目を覚ましたのは、自分の体が熱いからだった。

 夜になり、看守と騎士団の男達がやってきて、ミツキが熱を出した事に気づいたのだ。そう言われるまで、ミツキ自身もわからなかった。シトロンに来てから体調を崩したことはほとんどなかった。

 地下という環境と体を濡れたままで過ごしたせいだろう。

 捕らえられた人間には、体調を崩したとしても尋問をし、また水をかけるのだろう。ミツキはそう思っていた。

 けれど、アオレン王からの命令なのか、「おまえが死んで証言が聞けなくなるのが困るからな。解熱剤を飲んでおけ。」と、薬と水を渡されたのだ。

 ミツキは、毒ではないかと疑いながらも体の怠さからその薬を飲んだ。

 すると副作用からか、すぐに眠気が襲ってきた。

 めまいがする体を床に倒して、薄いタオルを体に掛けると、ミツキはまた死んだように寝た。


 


 どれぐらい寝たのだろうか。

 1日中薄暗い牢屋は今が昼なのか夜なのかわからなかった。

 ガチャンっという、牢屋の鍵が開けられる音が聞こえてきた。と言うことは、朝なのだろうか。

 牢屋の扉が開くのは食事が運ばれる時と、尋問の時だけなのだ。

 薬のせいで、まだ頭はボーッとしており眠かった。けれど、ミツキはゆっくりと目を開けた。


 すると、信じられないものが目に飛び込んで来た。

 金色の髪にキラキラと光る碧眼、真っ白な肌に紺色のワンピースを着た女がそこに立っていたのだ。牢屋には相応しくない女。そして、ミツキが会いたくて仕方がなかった人だった。



 「エルハム………なのか?本物……?夢じゃないのか?」

 「………ミツキっ!大丈夫?………こんなにやつれてボロボロになってしまって。それに、体が熱いわ。熱があるの?」



 エルハムは心配そうにミツキに駆け寄ると、膝をついてミツキの顔に触れた。

 ほんのり温かく、花の香りがする。本当のエルハムだとわかり、ミツキはホッとしてしまった。どうして彼女がこの牢屋に来たのかはわからなかった。

 けれど、エルハムに会い、触れられた事がとても嬉しかった。



 「エルハム………会いたかった。」



 ミツキは朦朧としたまま本音を彼女に伝えた。声を上手く発せられず、言葉はたどたどしくなってしまう。けれど、弱っているからだろうか。素直な気持ちが言葉に出来た。


 すると、エルハムは目に涙を浮かばせて、「ミツキ……。」と小さな声で呼んだあと、ポロポロと涙を溢した。その涙がミツキの頬や髪に落ちる。それ感じ、ミツキは温かいなと思った。

 人が与える感触は全て温かい。そう感じるのは、彼女だからだろうか。



 「ミツキ、ごめんなさい………。私のせいで、あなたがこんな目にあうなんて………。」

 「エルハムのせいじゃないだろ。おまえは、俺のためにやってくれたんだ。嬉しかったよ。」

 「…………ミツキ。」

 「……俺は日本に帰りたいのかと思ってた。けど、こんな風に捕らえられても不思議とここに来た事を悔やむ事はなかったんだ。………1番に思ったのは、エルハムに会いたいって思った。」

 「……………っっ…………。」



 エルハムは、ミツキの言葉を聞いてミツキにしがみつくように体に抱きついた。

 エルハムの体が震えている。泣いている。そうわかったとき、ミツキは鉄の手錠がついた手でエルハムを抱き締め返した。チャリと鎖の音が響く。

 彼女が居て幸せなはずなのに、その音を聞くとここが何処なのかを思い出させる。不吉な音だった。


 エルハムは涙を拭いて、体を離した。そして、ミツキの手を優しく両手で握りしめた。



 「ミツキ、私が何とかするから。………ミツキは今まで私を何回も守ってくれた。だから、今度は私がミツキを守る番。」

 「エルハム………。何をするつもりなんだ?」

 「内緒よ。……大丈夫!私はこの国の姫よ。あなたを守ってみせるわ。」



 いつものようにニッコリと笑うエルハム。

 その微笑みを見て幸せのはずなのに、何故が胸がざわついた。

 彼女がとても儚くみえ、すぐにでも遠くに行ってしまいそうだったのだ。


 エルハムはゆっくり立ち上がると、ミツキに背を向けた。



 「エルハムっっ!」



 ミツキは体を起こして、エルハムに向かって手を伸ばそうとした。けれど、ジャリッと鎖で繋がれた手錠がそれを阻んだ。

 エルハムの腕をつかめず、ミツキの腕はピンと伸びたまま、エルハムを求めて止まった。


 ミツキに呼ばれたエルハムは、1度その場で立ち止まった。

 けれど、こちらを振り向くことはしなかった。



 「ミツキ………日本に戻って幸せに暮らしてね。」

 「……………ぇ…………。」

 「……………。」

 「………おいっ!どういう事だよ。どうしてそんな事言うんだ?………エルハムっ!エルハムーーっっ!」



 ミツキが呼ぶ声は牢屋に響き渡る。

 けれど、金髪の彼女は振り向きもせずに、後ろ姿のまま去っていった。


 ミツキは、何度も鎖を引っ張り手錠から抜けようと試みたが、手首が赤く腫れ上がるだけで、何も変わらなかった。

 エルハムが来たのが夢だったかのように、牢はまた、静けさが戻っていた。







 

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