第47話「最後の願いは」






   第47話「最後の願いは」






   ☆☆☆





 体が熱い。

 人肌の感触が気持ち悪い。

 ………怖い。




 エルハムは、そんな感情に支配されて体が動かなかった。

 コメットの男の手が自分の体に触れ、時おりぬるりとした感触を感じて、身を震わせるだけだった。

 恐怖を感じ、「イヤだ、やめて。」などを言うと、不機嫌そうに睨み付けられるので、エルハムは必死に声を殺していた。



 「………イヤがるなんて勿体無い。初めてなのでしょう?楽しめばいいじゃないですか。」

 「…………。」

 「じゃあ、楽しい話をしましょう。お姫様の大好きな騎士様の話で………。」

 「………ぇ………。」



 エルハムの体に跨がったまま、男は動きを止めながら言った言葉に、エルハムは思わず目を開いて彼の瞳を見てしまった。


 それを確認すると、男は得意気に話を始めた。


 「あの男は異世界人なのだろう。……俺はこの世界で生まれはしたが、実は昔の記憶を覚えているんですよ。ここに来る前の記憶。そこで、あの男の名前と似たような人たちが住む国があったのを知っています。」

 「それってもしかして………。」



 エルハムは、男の話しを聞いて、驚き胸がドキッと高く鳴った。

 図書館の本の他にも、ミツキの国の事を知る人が居たのだ。

 男の話は嘘かもしれない。けれど、男の次の言葉を、エルハムはすでにわかっていた。

 今、自分が考えているものと同じだという事が。


 「えぇ……あなたが頭に浮かんでいる言葉と同じだと思いますよ。その国は、海に浮かぶ小さな島国、『日本』です。」

 「っっ!」


 

 目を大きくして驚愕の表情のエルハムを見て、男はクククッと笑った。

 


 「やはり、そうだったか。元日本人だとわ。あんな野蛮な国から来た人間だったなんてな。」

 「野蛮……?」

 「そうだ。俺がいた世界では戦争が多発していた。中でも、日本は特にたくさんの国と戦争をしていたよ。他の国より文明が遅れていた小さな島国のくせにな。」

 「そんな事ないです!ミツキは、戦争はもうしていない平和な国だと言っていました。それに野蛮なんかじゃないです。ミツキは、優しくて強くて、人が争うのを好む人間ではありません。」

 「でも、騎士団に剣術を教えていたんだろ?シトロンの騎士団長と互角の強さを持っていたんだろ?………戦う事が好きだったからじゃないか。」

 「違いますっっ!ミツキは、大切な人を守るために強くなろうとしているのです!あなたなんかに何がわかるのですかっ!」



 上手く動かなかった体に精一杯力を込め、エルハムは男の体を押した。そして、胸にあるお守りを片手で握りしめながら、大声で抗議した。


 大切な人を守れなかった悲しみ。

 強いと思っていた自分が、怖さで体が動かなくなった悔しさ。

 そんな事を2度と繰り返したくないという決意。


 彼が長い年月をかけて、考えて乗り越えてきた事。

 それを、何も知らない男に馬鹿にされるのが耐えられなかった。

 怖さよりも、その気持ちが勝った。


 エルハムは涙を浮かべながら彼を睨み付けて、気持ちの高ぶりからか呼吸を荒くした。

 そんな様子を冷淡な表情で見つめていた男。

 すると、右手の人差し指が光った。

 そして、それを軽くエルハムに向かって振りかざすと、シュッという空気の音が聞こえ、耳元でドスッと何かが刺さる音がした。


 エルハムがおそるおそる視線を横に移動させると、大きな針のような物がベットに突き刺さっていた。

 キラリと銀色に光るそれを見た瞬間、頬に焼けるような痛みを感じた。

 


 「…………ほら。綺麗な顔が傷ついてしまったじゃないか。」

 


 光が消えた指でエルハムの頬に触れる。

 チクッとした痛みを感じ、エルハムが男の指先を見るとそこには真っ赤な血が付いていた。

 それを見て、エルハムは初めて男に傷つけられたのだと気づいた。


 男はペロリとその指についた血液を舐め、妖艶に微笑んだ。



 「………っっ!」

 「私は、鉄を操る魔法でね。剣など形成して自由に扱えるんですよ。これを作ったのも私の魔法です。」


 

 男はベットに刺さった大きな針を引き抜き、その鋭利な先をエルハムに向けた。



 「あまり私を怒らせない方がいい。その白い肌が真っ赤になる事になってしまう。」

 「……………。」

 「そう。大人しくしていた方がいい。殺すときは痛さも感じないぐらい早くに殺してあげますから。…………あとは……。」

 「あっ、それは…………。」



 エルハムが握りしめていた、ミツキから貰った日本のお守り。

 それを乱暴に奪い取る。

 エルハムは、それを阻止しようとするが、男の力には敵わうはずもなく、あっという間に彼の手に取られてしまう。



 「お願い、それだけは………それだけは返して。」

 「…………騎士様から貰ったものか。……なるほど。では、これを返す代わりに、私におまえから口づけをしろ。」

 「………え………。」

 「大切な物なのだろう?それぐらい容易いはずだ。」



 男の手で握りしめられるお守り。

 それを動揺しながらエルハムは見つめた。

 

 ミツキから貰った大切な宝物。

 死ぬときは、これを持っていれば怖くない。そんな事さえ思っていた。

 

 それをキスを代償に取られてしまう。

 エルハムは、我慢してしてしまおう。そう思ったけれど、唇に残るミツキの感触を思い出して、それを思い止まってしまった。


 体に触れられる手や下の感触、男の吐息や体温。それをエルハムは嫌というほど感じてしまっているのだ。

 

 せめて、唇だけはミツキの感触を残していた。その他の体を目の前の男に奪われてしまうのならば、それだけはミツキが最後にしていたい。




 そう思い、エルハムは男の顔を睨み付けて、手のひらで男の頬を叩いた。

 パンッという音が響いた。

 男が驚いている隙に、持っていたお守りを引ったくり、ベットの端に逃げた。



 「嫌……、お守りも渡したくない!ミツキの感触も、忘れたくない………っっ!」



 エルハムは、ベットの端で小さくなりながら、お守りを守るように丸くなって、男を睨み付けていた。


 驚愕の表情から真顔に変わっていくのはすぐだった。一瞬のうちに真顔になり、そして、歪んでいったのだ。


 瞳がゆらりと冷たく光、エルハムを重い視線で追っていた。



 「…………人が優しくしてやればいい気になりやがって!!」



 男が右手を伸ばし、手が眩しいほどの光に包まれた。

 男が怒りのまま魔法を使うのがわかり、エルハムは体を固まらせた。先ほどの大きな針の恐怖が蘇り、エルハムは体を震わせた。


 そして、光が大きくなった瞬間、鉄の固まりがエルハムの元へ飛んできたのを見た瞬間、エルハムは目をキツく瞑って、来るであろう衝撃や攻撃に備えた。



 痛みはなかった。

 しかし、手首と足首に冷たい感触、そして重さから自由を奪われた。どちらにも鉄で出来た手錠と足枷がついており、鎖で重りも付いていたため、その場から動けなくなった。



 「………ぁ………。」




 エルハムは、拘束された手足を見つめながらも、ミツキから貰ったお守りは離さずに、手の中にあった。それを確認してホッとしたのも束の間。

 視界に影が入り、暗くなった。

 ハッとして上を向いた途端、頬を強く叩かれ、両肩を押され更にベットに体を沈めた。



 「私を叩くとはいい度胸だ。………体を楽しんだ後は、切り刻んで殺してやる!最後の快楽に溺れながら恐怖に震えて死ぬんで行くんだ!」

 「っっ…………。」



 エルハムの下着が、あっけなく破かれ、男の目の前で、裸になる。

 怖くないと言ったら嘘になる。


 けれど、自分の手の中でミツキからの宝物があり、ミツキのキスを最後に感じたままの唇が残っている。

 それだけで、エルハムは良かったと思えた。


 白い陶器のような肌に、赤い跡や歯形が付く。ぬるりとした水の感触と、水音。

 そして、2人の吐息。


 エルハムは、目を閉じ、音を聞かぬよう、ただ幸せだった日々を思い出しながら、最後の時を過ごそうとしていた。



 遠くから聞こえる足音に、2人が気づいたのは、その主が部屋の扉を開けた瞬間だった。



 「エルハムっっ!!」


 

 強く願いすぎて、幻聴かと思った。

 幻でもいいから彼に会いたいと思ってしまったエルハムの願いが、神様に届いたのだと、エルハムは声の方を向いて、ゆっくりと目を開けた。



 そこには、汗をかき、所々から血を流しボロボロになり、呼吸もあらい彼が居た。


 その姿が瞳に飛び込んできた瞬間。

 エルハムの目からはポロリと雫が流れたのだった。







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