第48話「鉄の魔法」






   第48話「鉄の魔法」




 ミツキの目が揺らいだのが、遠くからでもわかった。

 エルハムの目とミツキの目が合った時、エルハムは涙を溢し、ミツキは目を見開きだ。



 「……………っっ!!おまえっーーー!!!」

 「ちっ、もうここまで来たのか。早いな。」

 


 咄嗟に剣を構えて駆け出したミツキは、そのままエルハムに跨がる男に向かって突進してきた。

 コメットの男は、舌打ちをしながら苦い顔をして、魔法を発動させた。

 エルハムを脅すのに使った銀の針を数本出して、ミツキに向けてその鋭い針を素早く走らせた。

 けれど、ミツキは狼狽えることなく体を動かし避けたり、剣で薙ぎ払ったりしてそれを回避した。



 その後、すぐ男に斬りかかった。

 けれど、コメットの男もそう簡単には倒れるはずがなかった。

 咄嗟に魔法で剣を作り、ミツキが振り下ろした剣を受け止めたのだ。

 キンッという音が部屋に響く。

 ミツキはギリギリと剣を押しながら男を見下ろした。



 「おまえ、エルハムに何をしたっ!」

 「ふんっ、見ての通りだ。お楽しみの最中に邪魔が入ったけどな。」

 「…………っっ!」



 ミツキは、ちらりとエルハムを見た。

 エルハムの顔の傷を見たのか、体の跡を見たのか、それとも手や足についた枷が目に入ったのか。

 ミツキは、瞳に怒りを宿して苦しそうに見つめていた。そのまま素早く右手で木刀を抜き、男の脇腹に当てようとするが、男はベットから飛び退き、部屋の中央まで跳んだ。



 「エルハム…………遅くなっても悪い。大丈夫じゃない、よな………。」



 ミツキは、コメットの男から視線を逸らさず、相手に剣先を向けたままエルハムに謝罪の言葉を掛けた。

 それは自分自身が傷ついたように、弱々しい声だった。

 けれど、後ろ姿はとても逞しく、そしてそれを見るだけで、想いが込み上げてきて、エルハムは彼に手を伸ばした。

 けれど手枷のせいで彼に触れる事は出来ない。



 「ミツキ………どうしてここへ………日本に戻ってって言ったのに。」

 「俺は戻らない。ここに残る。」

 「え…………。」

 「誰かを守りたいと思っていた。それが誰なのか、わからないまま力を求めていた。けど、わかったんだよ、やっと。」

 「…………。」

 「俺はお前を守りたいんだよ、エルハム。」



 ミツキの言葉は、エルハムが死を覚悟し、そしてミツキとの別れを予測し悲しんでいた心をスッと温めてくれた。

 目の前に愛しい人が居る。

 そして、自分を助けに来てくれた。

 守りたいと言ってくれた。


 …………いなくならないと、言ってくれた。




 こんな危機的な状態だというのに、エルハムは幸せで仕方がなかった。


 コメットの拠点に捕らえられ、目の前には魔法を使う敵がいる。

 そして、味方はミツキだけ。

 そんな最悪な状況なのに、どうしてドキドキしてしまうのだろうか。不思議で仕方がなかった。




 「最後の話は終わりましたか。……野蛮や日本人は、詭弁を弄するのも上手いですね。」

 「やはり、同じ世界から来た者だったか。」

 「日本人は戦争が好きでしょう?」

 「それは昔の話だ。俺が居た世界ではなかったさ。」

 「…………日本から来た記憶があるくせに何故真面目に働き、生きるのです?戦争好きな日本人ならわかると思ったんですけどね。人を殺してゲームをする楽しさを。」




 エルハムとミツキは、その言葉を聞いて唖然としてしまった。

 反政府組織に入り、人を殺していた男。

 その動機は、シトロンの国を手に入れたいというものではなかったのだ。

 楽しいゲームをするために、人を殺してきたのだ。

 

 セイの両親を殺し、セリムを傷つけ、エルハムの母も殺した。

 そんな組織のリーダー的存在が、そんな理由だっという事に驚き、そして怒りが汲み上げてきた。



 「………人を殺すのが楽しい………?そんな事、本気で言っているの?」

 「エルハム………。」

 「おかしいわ!そんなのゲームでも何でもないわ。」

 「刺激がないのはつまらないでしょう?非日常的な何かがあると、楽しいものでしょう?………先程のような快楽も、ね。」



 エルハムに向けられた言葉に、思わず体を震わせた。その様子を感じ取ったのか、ミツキは男から隠すように片手を伸ばして、男からの視線を止めた。



 「………わかったよ。おまえがそういう奴だと言う事が。同じ世界から来た者同士、話せばわかると思ったが。………それは無理のようだ。」

 「私も同意見です。」

 「話しは後で聞かせてもらう。」

 「………殺さないと言う事ですか。でも、私が殺してしまうかもしれませんけどね!!」



 そう言うと、男はすぐに魔法を発動させた。短剣の形をした鉄をいくつも出す。

 ミツキは、そのうちに何故か騎士団の上着を脱ぎ始めた。動きやすくするつもりなのかと、思ったが、ミツキはそれをミツキに投げつけたのだ。



 「それを羽織って、部屋の端に居てください。………おまえを傷付けさせたりはなしない。」



 ミツキはエルハムの方を見ないまま、男の魔法をジッと見つめて、短剣の動きを見つめていた。

 その横顔を見て、エルハムは出会ったばかりの頃のミツキの顔を思い出した。

 幼く、誰も信じられず、目の前の人を疑っていたミツキ。

 そんな彼は、今はここにいない。

 

 守りたいもの、そしてこの世界で暮らしていくと決めたミツキの瞳には、強い意思が見られたのだ。


 まっすぐ前だけを見る、そんな頼もしい横顔だった。



 地面を蹴ったと思うと、ミツキは俊敏にベッドから移動し、細身の剣で次々と短剣を落としていく。

 黒服の男に近づくと、躊躇せずに腹部に剣を切り込んでいく。



 「っっ………危ない!」



 男の服だけが剣に着れ、苦い顔を見せた。

 が、すぐに口元をニヤつかせた。それを見て、ミツキはハッ!としたけれど、その頃にはすでに遅かった。


 ミツキの足元には小さな鉄の塊が落ちていた。が、すぐに形を尖った物に変えて、足元からミツキに向かって飛んできたのだ。


 ミツキは、避ける時間もなくその攻撃を全て体で受けてしまった。

 けれど、対魔法の宝石のせいなのか、威力はそれほどでもなく、体に鉄が当たっただけで済んだ。鋭利なもので斬られた感触はなかった。けれど、沢山の鉄に体の至る所をぶつけられ、よろめいてしまった。



 その隙をコメットの男が見逃す訳もなく、すぐに魔法で作り上げた太い剣で、ミツキに襲いかかった。




 「っっ!くそっ!」

 「対魔法の石か!厄介な………。」



 ミツキは、咄嗟に持っていた木刀を男の顔面目掛けて投げつける。男は、当たる直前に後ろに飛んだ。


 その動きをよんでたのか、ミツキはすぐに体勢を直して、男に向かって剣を向けて突進する。魔法を使っている暇がなかったのか、男も自ら作った剣を構えて、ミツキの方を向いた。


 剣同士が激しくぶつかり、部屋の中に金属の高い音が響いた。

 剣術ではミツキが勝っている。男の力の掛け方や動きを覚え、かわしながら男を攻撃し続けると男は防ぐので精一杯の様子だった。


 そして、ミツキが男の剣を上手く払い、右肩から左腹部にかけて、斬りかかると男の体から血が溢れ出てきた。

 男は、体をゆっくりと地面に倒し、苦しそうに言葉を発しながら、剣を握りしめていた。




 「俺を倒しても他の奴らがお前たちを仕留める………一人でここに来たのが間違えなのだ。」

 「誰が一人でここに来たって?」

 「………なっ………。」



 ドドドドッと何人もの足音がこちらに向かってくる音が響いていた。

 男は自分の仲間だと思っているようだった。

 けれど、部屋のドアが開き入ってきたのはシトロンとチャロアイトの兵士達だった。



 「………シトロンだけではなく、チャロアイトの兵士も、だと。」

 「エルハムが誘拐されたんだ、アオレン王がチャロアイトに軍の派遣を要請したんだ。」

 「……なるほどね。」



 力なくつぶやいた男は、そのまま床に倒れ込んだ。すぐにチャロアイト兵がコメットの男を取り囲み、魔法を彼の体に当てていた。

 暖色の光は優しく男を包み、傷からの出血を止めていた。ミツキは回復魔法だとわかり、小さく息を吐いた。






 「…………ミツキ………。」

 「………エルハム。」



 エルハムは、よろよろとベットから降り立ち上がった。

 シーツで裸の体を隠し、肩からはミツキのジャケットを羽織っていた。


 ミツキに言わなければいけない事がある。

 そのはずなのに、エルハムは上手く言葉を出せずにいた。自分の手で口元に触れると、自分の体がガタガタと震えているのがわかった。


 恐怖からの安心感で、エルハムは一気に地からが抜けたのか、その場にへたり込んでしまいそうになる。が、エルハムの体を優しく抱き止めたのはミツキだった。



 「………ぁ………わたし………。」

 「いいから。今は何も言わなくていい。」

 「……っっ…………。」



 ミツキの優しい言葉。

 声、温かい体、視線、鼓動、香り、何もかもがエルハムの元に居る。

 

 それを直接感じたことで、エルハムは泣きながらミツキに体を預け、しばらくすると眠ってしまったのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る