第49話「2人の時間と名前を呼ぶ声」
第49話「2人の時間と名前を呼ぶ声」
「ん…………。」
エルハムがゆっくりと目を開ける。
視界に入ってきたのは、洞窟の中の天井ではなく、見慣れた部屋だった。
自分の部屋のベットに横になっている。
それがわかると、エルハムは横を向いた。
すると、そこにはミツキにセリム、アオレン王やセイ達がいた。
「………ミツキ………。」
「っ、エルハム!」
エルハムが目を覚ましたのことに気づいたミツキは、声を上げてエルハムに近づいた。
すると、周りの人たちも次々にエルハムが寝ているベットに集まってきた。
「エルハム様、ご無事で何よりです。」
「セリム……心配かけたわね。」
「………エルハム様………本当に良かった………。」
「泣かないで、セイ。」
涙を浮かべる2人に、エルハムはゆっくりと起き上がり、返事をする。
セリムもセイも、安心した顔で微笑んでいるのをみて、自分がどんなに心配を掛けてしまったのかがわかった。
「…………エルハム。」
「お父様………自分勝手な行動をとってしまい、本当に申し訳ございません。どんな処分も謹んで受けます。」
「お前はどんな事をして、周りを巻き込み、危険にさらしたのかわかっているな。」
アオレン王は厳しい視線と口調で、エルハムに怒りを表していた。
それも当然の事だ。
自分の勝手な考えや感情で動いてしまった。
そして、コメットに捕まった事によりシトロンだけではなく、チャロアイトの国まで巻き込んでしまったのだ。これは、大きな事件なのだ。
「………はい。わかっております。お父様にも大変なご迷惑と心配をお掛けしまった事。チャロアイト国に対しても、しっかりお詫びしてきます。」
「…………シトロンの姫として、おまえの行いを許すことは出来ない。」
「………はい。」
姫としての権利や地位を奪われる覚悟もあった。しかし、エルハムは後悔などしていなかった。
ミツキを守りたい気持ちは、今でも変わることがないのだから。
「…………だが、1人の人間として、おまえがやった事を私は誇ろう。」
「え……。」
「ミツキのために行動したのだろう。1人の民のために動く。その心は、大切な物だ。………エルハム、おまえは私や王妃の自慢の娘だ。」
「お父様…………。」
驚いた顔でアオレンを見つめると、アオレンは困った顔を見せながら微笑んでいた。
「………だが、心配はさせないでくれ。おまえまで失ってしまったら、私は悲しみで死んでしまう。」
「…………お父様。………本当にごめんなさい。………ありがとうございます。」
エルハムは、頭を下げながら何度も謝ると、アオレンはエルハムの頭を優しく撫でた。
父の大きな手に包まれていると、「家に帰ってこれた。」、そんな安心感を感じられた。
「だが、姫としては許されない事をしてしまったのは確か。よって、しばらくは公務から離す事とする。」
「はい。」
「チャロアイト国には謝罪をするように。………まぁ、エルハムが囮になり、コメットの組織を捕まえることが出来たと、チャロアイト国王は驚き、喜んでいたがな。」
「え…………。」
「それと、公務が休みの間、セイの店の再建の手伝いをする事とする。」
「…………ありがとうございます。」
処分をすると言っても、それはエルハムにとってはありがたい内容だった。
寛大な王の優しさに感謝しながら、エルハムはもう一度深く頭を下げた。
それと、アオレン王から聞いたチャロアイト国についても、大事に放っていないようで安心した。チャロアイト国には謝罪をしても許してもらえる内容ではないと思っていたのだ。
それぐらい、コメットという組織には国も手を焼いていたという事だろう。
エルハムは小さく息を吐いてホッとしていた。
「では、私達は公務に戻る。………ミツキ、お前はエルハムを1日護衛しているのだぞ。コメットの残党がいつ襲ってくるかわからん。今日は、この部屋で護衛してくれ。」
「………え………。」
「かしこまりました。」
エルハムが驚いている間に、ミツキは頭を下げて、アオレン王に返事をしてしまっていた。
そして、理解する暇もなく、アオレン王やセリム、セイ達は微笑みながら部屋を出て行ってしまった。
バタンッとドアが閉まる。
この部屋にはエルハムとミツキの2人きり。
部屋の中は静かになる。
薄手のカーテンが閉められているが、外はシトロン国らしい晴天が見えた。
長い間寝てしまっていたのか、もう昼過ぎなっていた。
ミツキが頭を上げて、エルハムの方を向いた。
エルハムはドキリッとしてしまう。けれど、ミツキには話さなければいけない事が沢山あった。
エルハムは、ミツキの顔をジッと見つめて、気持ちを口にした。
「ミツキ………助けてくれて、ありがとう。そして、勝手に城からいなくなってしまって……ごめんなさい。コメットの拠点に自分から行くなんてバカな事かもしれないけど、どうしても本が欲しかったの。コメットの男が本の続きを持ってたから…………。それに、ミツキには日本に守りたい人がいるって思ってたから。ここにいるより安全だし、幸せなのかと思っていたの。私………ミツキには幸せになってほしいって思ってたから。」
1度気持ちを口にすると、もう止まらなかった。
1人でずっと悩んでいた事。コメットに捕まってずっと怖かった事。ミツキが苦しんでいるのが耐えられなかった事。
それを彼に知って欲しかった。
大切なミツキに。
聞いて欲しかった。
自分の気持ちを。
「………っっ………!!」
「………………………ミツキ……?」
気づくと、エルハムに抱き締められていた。
力強く、これ以上離れないようにするかのように、ミツキの体がエルハムにぴったりと触れていたのだ。
エルハムは、ミツキに抱きしめられ事で、また気持ちが溢れてきた。
彼を感じると、素直になってしまう。
大切なミツキと居ると、姫ではなくただの女になってしまう。そんな気がしていた。
「…………怖かったの………。本当にすごく怖かった。コメットの所に行くのも、あの男と一緒に居るのも。殺されるのも。………あの男に抱かれてしまうのも。」
「…………くっ…………。」
「でも、1番怖かったのは、ミツキと離れてしまうこと。ミツキが目の前から居なくなっちゃうこと。あなたが日本に帰るのが1番だとわかっていたのに。………やっぱり、私は忘れられるはずなかった。私、ミツキが…………。」
「好きだ…………おまえの事が。」
「……………ぇ。」
ミツキの言葉が耳が入った瞬間。周りの音が全て消えた。ミツキの言葉や呼吸、鼓動しか聞こえなくなっていた。
「姫だからとか、守らなくてはいない人だからとか、そんな事を抜きにしても、俺がおまえから離れたくないと思ったんだ。エルハムに笑っていて欲しい。泣かないで、いつも俺に微笑みかけて欲しい。………自分だけを見ていて欲しい。だから、エルハムを守りたい。そう思った。」
「………うそ………、そんな事……。」
「嘘じゃない。」
ミツキはゆっくりと体を離し、エルハムの顔を見つめた。
エルハムの瞳からは、いつからなのか涙がポロポロと流れていた。
それが、悲しみや苦しみからではない事ぐらい、ミツキにはわかっていた。
エルハムの顔を見つめて、ミツキはニッコリと微笑んだ。澄んだミツキの黒い瞳には、泣き顔の自分が見えた。
今、こんなにも近くに彼が居る。その事がとても幸せで、そして彼の言葉がとても嬉しかった。
「エルハム、愛してる。おまえをずっと守りたい。だから、お前の傍に居させてくれ。」
ミツキの頬が赤く染まっている。
エルハムはその様子を見て、言葉の意味をようやく理解できた。
涙は更に流れだし、エルハムは言葉を詰まらせながら、ミツキの頬に片手を伸ばした。
「私もミツキが大好き……。好きなの………ずっとずっと抱き締めていて欲しい。」
「俺もだよ。」
ミツキは、頬に触れていたエルハムの手に自分の手を重ねた。温かさを感じるように、目を細めている。
エルハムは涙を空いている涙を拭っていると、不意にミツキの顔が近づいてきた。
「…………ミツキ。」
「………おまえにキスしたい。……今度は俺から………。」
「して欲しい。これから、沢山ミツキにして欲しい。」
「………喜んでさせていただきます、姫様。」
ニッコリと微笑んだミツキは、ゆっくりとエルハムに近づき、唇に優しくキスを落とした。
1度ではそのキスは止まらず、今までの気持ちを伝えるかのように、ミツキはエルハムの唇の感触を何度も確かめていた。
吐息をもらし、エルハムもその口づけにこたえ、ミツキの唇に自分の唇を押し付けた。
ミツキの体温が唇を通して移っていくのか、エルハムの体が熱くなっていった。
キスはどんどん深くなり、エルハムの力が抜けていく。体に力が入らなくなり、ミツキに寄りかかっていると、ミツキはそれに気づくと、エルハムの肩を優しく抱き締めながら、そっとベットに押し倒した。
「………ミ、ミツキ………?」
「あの男に触れられたところは?どこ……?」
「え、なんで………。」
ミツキはそう言うと、熱を帯びた瞳でエルハムを見下ろし、ゆっくりと熱い手でエルハムの首筋に触れた。
見たこともないミツキの表情。年下で弟のようだったミツキは、もうそこにはいない。知らない男の大人の表情が目の前にあった。
「キスマーク………見つけたから。あいつがやったものなら、俺が消毒したい。」
「消毒って、でも………急には恥ずかしいよ………。ほら、お風呂にも入ってないし。」
「そんなのどうでもいいよ。あの男がエルハムに触れたんだ。俺も、エルハムに触れたいし、感じたい。」
「………ミツキ………。」
突然の事に戸惑ってしまう。
ミツキに求められている事は嬉しかった。けれど、あの男にされた跡はまだ体に残っているはずだった。それを大好きな人に見られるのは、自分が汚れてしまっているようで、辛かった。
エルハムの顔色が変わったのがわかったのか、ミツキはハッとして体を離した。
「………悪い。………あいつにされた事、思い出したくない、よな。………焦って、悪かった。俺が消せるわけないのに、な。」
悔しげにそう言うと、ミツキはベットから体を下ろそうとした。
それを見て、エルハムは咄嗟にミツキの体に抱きついていた。
離れて欲しくなかった。ミツキを感じていたかった。
やっと、気持ちが繋がったのだ。
ミツキに触れて欲しいと願ってしまっている自分が居るのに、エルハムは気づいたのだ。
「………エルハム?」
「……………消せるよ。ミツキに触ってもらったら、嫌な気持ちも、幸せな思い出に変わると思う。だから、触って欲しい………。」
「…………いいのか?」
エルハムはコクンと頷くと、ゆっくりと自分の服の前ボタンをはずし服をはだけさせた。そこからは白い素肌が見え、鎖骨付近や胸には赤い跡や、歯形がくっくりと残っていた。
恥ずかしさよりも、怖さがあった。
こんな汚くない体を見て、ミツキが喜ぶはずなどないのに。
ミツキの方を見れずに俯いていると、ミツキが鎖骨のキスマークに指を置いた。
その指は先ほどキスをした唇よりも熱を持っているようだった。
「エルハムの体………綺麗だな。」
「……っっ…………。」
「俺のものになったなんて、信じられないな。」
そういうと、ミツキは嬉しそうに微笑むと、キスマークに唇を付け、ペロリの舐めた。
ぬるりとした感触。冷たさを感じるのは一瞬で、舐められた場所はすぐに熱くなり、「もう1回舐めて欲しい。」と、ねだるようだった。
その後も、ミツキはなんどもキスマークや噛み跡を舐めたり、触れたりし続けた。
「………っ………ぁ………ミツキ………。」
「こんな傷に怯えなくていい。こんなものすぐに消える。それに、残ったとしても俺はおまえが綺麗だと思うし、愛しく思うよ。」
「ありがとう………、ミツキ。」
「愛してる、エルハム。」
「…………私も、愛してる。ミツキ…………。」
キスをして、抱き締め合う。
恋人がする、そんな幸せな行為を自分も愛しい人としているのが信じられられなかった。
けれど、ミツキから受ける体温や気持ち良さ、胸が高鳴る愛の言葉。
それら全てが真実なのだと教えてくれる。
甘い吐息と水音と、2人の名前。
それが何度も繰り返させる、ゆっくりとした時間。
エルハムは、その幸せに浸りながら、何度もミツキの名前を呼び続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます