エピローグ
エピローグ
ミツキと一緒に寝たのはいつぶりだろうか。
いつもならば、ミツキに起こしてもらうが、今日はエルハムが先に起きていた。
寝ているのが勿体なかったのだ。
隣ですやすやと眠るミツキを、エルハムはベットに横になったまま見つめていた。
サラサラの黒髪に少し焼けた肌、寝顔は幼く、昔を思い出してしまう。
ミツキがここに来たばかりの頃は、夜に2人の合図でミツキを呼んだ後、日本語の勉強をしたり話をしたりしながら、いつの間にか大きなベットで寝てしまうこともあった。
けれど、大人になり恋人になってからは、全く違った感覚で、目覚めてすぐに好きな人が隣にいるのは、とても幸せだとエルハムは思った。
彼を見つめていると、肩に大きめの痣が数ヶ所見つけた。それが、コメットの男からエルハムを助け出す時に負った怪我だと、エルハムはすぐに気づいた。
「痛かったよね………ミツキ、ごめんね。いつも、ありがとう………。」
「…………痛くない、これぐらいはな。」
「ミ、ミツキ!?起きていたの?」
眠たそうな目を擦りながら、ミツキは欠伸をしてそう言った。
「今、起きた………。おはよう、エルハム。」
「………おはよう、ミツキ。」
ミツキはエルハムの後ろ首に手を回し引き寄せると、唇に軽いキスをした。
こんな些細な事が幸せで、でも恥ずかしくて、エルハムは頬を染めてしまう。
「おまえこそ大丈夫か?昨日、変な薬みたいなの飲ませられてたんだろ?」
「ううん………匂いかな。お香みたいなのを嗅いだら、体が熱くなって………。」
「今は大丈夫なんだな………よかった。」
「ミツキは、もう痛いところない?」
「大丈夫だ。チャロアイト兵が魔法で軽く治してくれたんだ。………あ、そういえば。」
ミツキは、何かを思い出したのか、ベットの隣にあるサイドテーブルからある物を取った。
それを見て、エルハムは「あっ!」と、声を出してしまう。
ミツキの手には、エルハムが探していた本の次巻があったのだ。それをミツキに渡すためにコメットの拠点まで行ったのだ。
「その伝記、どうして………。」
「エルハムを助け出した後、騎士団の一人が部屋の中にこの本があったのを見つけたんだ。それを借りてきた。もちろん、チャロアイト国にも了解はもらってる。」
「………そうなんだ。ミツキ、ありがとう……。でも、これはミツキに読んで欲しいの。」
ミツキが差し出してきた本をエルハムは受け取らずに、そのままミツキの方へ手で本を押した。
ミツキが1番知りたい事が書かれている本。それをエルハムは命をかけてでも彼に渡したいと思ったのだ。
結局は自分の力だけでは本を取り返す事は出来ず、助けてもらってしまったけれど、エルハムの気持ちは変わってはいなかった。
本を受け取ったミツキは、真剣な表情で見つめた後、微笑を浮かべながら、「じゃあ、一緒に読もう。」と、言ってくれた。
3巻はとても薄く、すぐに読み終わるものだった。
そこには、日本に帰る方法など書かれてはいなかった。けれど、どうしてミツキはこの世界に来たのか、それが推測だが書かれていたのだ。
「………死んだ後の世界。」
「そうみたいだな。俺みたいに生まれ変わったわけでもなく、そのままの体でこっちに来るのは珍しいみたいだが………確かに、日本では殺されたのかもしれないしな。」
以前、ミツキが話してくれた夢の事。あれはこちらに来る前の現実。そうであったならば、ミツキはその時に殺されてしまったのだ。
伝記には、生まれる前の記憶がある人と何人か会った事があると示されていた。それは、違う国の人物だったが似ているところも多かったそうだ。この世界のように魔法があったり、髪の色や肌の色などは、そこまで種類は多くなかったり、と共通点は多いようだった。
そして、ミツキのように突然子どもが現れる事があったと昔の人も話していたのが残されていた。それは、図書館の司書が教えてくれたと書かれていた。
「…………じゃあ、ミツキは生まれ変わってこの世界に来たのね。そういえば、コメットの男も、生まれ変わる前の記憶があるって話していたわね。日本の事も知ってたし。」
「あぁ………。憶測の部分が多いが………。たぶん、それが有力な考え方だな。」
「…………じゃあ、ミツキは日本に帰れなかったんだ………。」
エルハムは、真実を知って愕然としてしまった。勝手に日本に帰れる方法があると思い込み、コメットの拠点まで1人で乗り込んでしまったのだ。
自分の愚かさにエルハムは落ち込み、ギュッとシーツを掴んだ。
それを見たミツキは、エルハムの前髪を手でよけて、露になった額に唇を付けた。
突然の行動に驚き、エルハムはキスされた額に手を当てた。
「なっ………急にどうしたの!?」
「……俺のために頑張ってくれたエルハムが可愛いな、と思って。」
「…………そんな事ないよ。私がよく考えもしないで行動してしまったのよ。………みんなにも迷惑かけた。もちろん、ミツキにも。」
「俺は嬉しかった。エルハムが俺のためを思って動いてくれた事。それに日本の帰り方がわかったとしても、俺はこの世界に残ると決めてたんだ。気にするな。」
「ミツキは優しすぎるわ………。それに、何だか………。」
エルハムはミツキを見て、言葉を濁した。
それを見て、ミツキは不思議そうにしながら「どうしたんだ?」と言葉の続きを促した。
ミツキに言われ、エルハムは恥ずかしそうにしながら言葉を紡いだ。
「何だか、ミツキはこういう恋人同士がするような事に慣れているわ。私はドキドキしてばっかりなのに………。」
ミツキがこの世界に来てから、恋人などいなかったはずだ。それなのに、女慣れしているように思えたのだ。
エルハムが喜んだり、胸が高鳴る事ばかりしてくる。そんな気がしていた。
そんな様子を見て、ミツキはクククッと笑い、またエルハムを優しく抱きしめた。
「俺はお前にしたい事をしてるだけだ。それをエルハムも喜んでくれてるって事だろ?」
「それは………そうだけど………。」
「今まで気持ちに気づかないように想いに蓋をしていたんだ。きっと開放されて、おまえに触れたい気持ちがあふれ出てるんだな。」
「ミツキ………。」
「これからも、同じように守っていくよ。前みたいに何か悩むことがあったら、俺に話してくれ。………話しにくい事があるなら、俺が聞くようにする。お前の変化には気づく自信があるしな。」
「………わかった。ちゃんと話しをする。だから、私もミツキを守らせてね。2人でこうやって一緒にいれば、不安なんてなくなるはずだから。」
エルハムは、ミツキの背中に腕を伸ばし、彼を抱きしめた。
トクントクンとミツキの鼓動がエルハムの体に響いてくる。
彼が生まれ変わりではなく、そのままの姿でエルハムの前に現れたのは、偶然かもしれない。
けれど、その偶然が今は奇跡のように思えた。
大切な家族であり、仲間だった彼。
それがいつしか、愛しい人になった。
いなくなってしまうかもしれないと怯えていた日々はもう来ない。
エルハムは、ミツキの頬に両手を添えて、ジッと真っ黒な瞳を見つめた。
キラキラの光る瞳は、夜空のように綺麗だった。
「ねぇ、思ったんだけど………私が日本語が気になったのって、生まれ変わる前にもしかしたら日本に居たからかもしれないなって。」
「そうだな………もしかしたら、あの世界でも俺たちはどこかで会っていたのかもしれない。そう思うと不思議だな。」
「……………愛しい騎士様。この世界に来てくれて、ありがとう。」
「………こちらこそ、小さかった俺を助けてくれてありがとう、俺のお姫様。」
エルハムとミツキはクスクスと笑い合いながら、何度もキスを繰り返した。
それを見て微笑むように、シトロンの国の太陽は今日も熱く光っていた。
(おしまい)
異世界から来た愛しい騎士様へ 蝶野ともえ @chounotomoe
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