第19話「苛立ちと固執」






   第19話「苛立ちと固執」







 ★★★



 何故こんなに苛立ち、落ち着かなくなっているのか。ミッキにはよくわからなかった。


 この世界に来た時は、日本に帰りたくて仕方がなかった。不安もあったし、何故こんな事になったのか、理解も出来なかった。幼かったという事もあり、不安は怒りになり、優しくしてくれたエルハム達に攻撃的になっていた。


 けれど、何年も過ごしていくうちに、穏やかな毎日を過ごし、質素だけで満ち足りた生活、沢山の笑顔。そんな中で過ごしていくうちに、苛立つ事はほとんどなくなっていた。

 

 それなのに、今は気が立っているのが自分でもわかった。

 ここの来てから大きな事件があったからだろうか。日本のように怪我をしても、しっかり手当て出来ず、まだ傷口が完治してなかったからだろうか。だから、不安で苛立つのだろうか。



 それのどれも違うとミツキにはわかっていた。

 けれど、その理由をまだ理解していいのか、わからなかった。





 セイの事件後。

 外出する機会が少なくなったエルハムは、城の中で過ごすことが増え、ミツキが日本語を教える時間が長くなっていた。

 日本語は忘れることはなかったけれど、ほとんど書く機会がない文字に、時々触れられる事はミツキにとっても嬉しい事だった。

 離れていたとしても、日本の事は覚えていたい。


 その日も、エルハムの部屋で勉強をする予定になっていたはずだった。

 


 「なんだ………いないのか。」



 エルハムの部屋をノックしても、彼女が出てくる様子はなかった。

 しばらく城の中を歩き回ったけれど、なかなか見つからなかった。廊下を歩いていると、数人の使用人達に、「エルハム様が探していましたよ。」と、教えてもらった。

 彼女も待っていたのだとわかり、ミツキはある場所へと急いで向かった。

 ここまで探してもいないという事は、あとはあの場所しかないと思ったのだ。


 シトロン国の城は、ファンタジーゲームで出てくるような豪華で大きな城ではなかった。洋風の立派なお屋敷、という雰囲気が近いとミツキは思っていた。

 小さいと言っても、普通の家に比べれば広いことには代わりはないので、ミツキはその場所に向かうまで、早足で向かっていた。


 その場所は城の一番端にある一部屋だった。

 城の中では、アオレン王とエルハム姫の次に警備が厳重にされている場所だった。

 部屋の前にも騎士団員が2人立っているはずだった。けれど、今は少し離れた場所に立っている。

 そして、何故か落ち着かない様子で、何度もミツキの目的である部屋をちらちらと見ていた。


 ミツキが近づき、騎士団員に挨拶をすると、「あぁ!丁度よかった。どうしようかと思っていたんだ。」と、安堵の表情を見せていた。


 ミツキは何の事かわからずに、部屋の前に座り込んでいる彼女の元に近づいた。


 すると、「すーすー……。」と気持ち良さそうに寝息を立てて眠る、エルハムの姿があった。

手には、縫いかけの布と、針も持っている。



 「………こんな所で寝てしまうなんて………。しかも、針を持って……。」



 ここはセイが居る部屋の前だった。

 エルハムはセイを励まそうと、時間を見つけてはセイの部屋を訪れていた。けれど、セイが扉を開けてくれる事がなかったため、エルハムは扉の前に座り込んでいる、部屋の中にいるセイに話しかけたりしているようだった。

 今日は、何故か刺繍をしていたようで、手には針を持っていたけれど、今にも手からこぼれ落ちそうだった。


 そんなエルハムを見て、ミツキは思わず苦笑してしまう。


 ふわふわの金髪は窓から入る太陽の光で更に綺麗に光っている。同じ色の長い睫毛、真っ白で艶のある肌にピンク色の唇。近隣の国の王子達からも注目を浴び、結婚の申し込みも多いという、魅了する容姿。美女と言われるのも納得の美しい女性だとミツキも思っていた。

 けれど、彼女自身は至って普通の女性で、話せば楽しそうに笑ったり怒ったり、すねたりする活発な人だった。姫という立場や、美しい容姿を誇示する事もなく、自然体で人々に接する性格は好感を持てた。

 そして、怖がりなのに自分が傷つくのも恐れずに見知らぬ人でも自分の国の民とわかれば守ろうとする。いや、自分の国の人でなくても、彼女は助けるのだろう。そんな強い女性であり、ミツキはそんな彼女だからこそ、従い守ろうと思っていた。


 しかし、今腕の中にいるエルハムは、強さも見せずただ無防備に寝ている。彼女は自分より年上とは思えないほど、幼く見えた。ミツキは彼女を見つめながら微笑んでしまう。


 エルハムと一緒にいると、心が休まり、そして笑顔になるのがミツキにはわかっていた。

 異世界に来て、知らない世界で弱っているから、頼られたり優しくされたりして嬉しいのだろう。そう思っていた。

 しかも、彼女は綺麗だ。そんな彼女に求められれば、どんな男でも嬉しくないわけはないだろう。


 それに、いつかは彼女の元から離れて日本に戻るのだ。これ以上親しくしてはいけない。

 そんな風に思っていた。



 「セリム………。」



 彼女が寝言で呟いた言葉に、ミツキは思わず動きを止めてしまう。

 幼い頃からエルハムの近くにいた騎士団長のセリム。その名前をエルハムは穏やかな表情で呼んだのだ。


 その瞬間に、ミツキは妙な苛立ちを感じた。


 今、エルハムを抱き上げているのは自分だ。それに、いつも共に過ごしているのは専属護衛の自分ではないか。

 それなのに、何故愛しそうに彼の名前を呼ぶのだろう。

 今の自分の方が近い距離にいるのに、昔から一緒の男がいいのだろうか。


 そう考えていますと、自分の顔が強ばるのがわかった。



  

 そして、追い討ちをかけるように、ミツキの目に飛び込んできたもの。それは、先ほどまでエルハムが裁縫をしていた布だった。きっとハンカチに刺繍をしていたのだろう。そのハンカチには丁寧に「セリム」と、こちらの文字で刺繍されていたのだ。


 エルハムはセリムにこれを贈るつもりだったのだろう。寝ていてもしっかりと握りしめているハンカチ。彼女がとても大切にしているのがわかった。



 ミツキも誕生日などにはエルハムにお祝いしてもらい贈り物をしてもらう事もあった。

 けれど、セリムへの贈り物を見ると、怒りと焦り、嫌悪感を感じさえした。


 何故セリムに贈り物をするのか。誕生日でもお祝い事もないはずだ。

 エルハムはセリムを大切に思っているのだろうか。


 ミツキは、エルハムを起こしてすぐにでも問いたかった。



 そんな時だった。彼女が体を動かした。視線をエルハムの顔に送ると、少し頬を染めたエルハムが目を覚ましていた。

 冷静を装いながら、ミツキは彼女に声を掛けた。


 

 「姫様。お目覚めですか。」

 「………うん。」

 「裁縫中に寝てしまうなんて、針が刺さっては大変です。お気をつけください。」

 「そうね。……ごめんなさい。」

 「それと、ニホンゴを教えるお約束をしていたので、探しました。」

 「私も探したわ。でも見つからなかったから、諦めてしまったの。」


 

 「すみません。」と言いながらも、彼女が自分を探してくれていた事に安堵した。約束を忘れて、セリムへの刺繍に夢中になっていたのかと思うと、さすがに表情に出てしまっていたかもしれない。


 しかし、エルハムはミツキを見つめた後、何か言いたげに口を開いたけれど、その言葉を飲み込んだ。

 エルハムの異変に気づいたミツキは、飲み込んだ言葉を聞こうと優しくエルハムに問い掛けた。



 「姫様、どうしました?………体調が悪いのですか?」

 「違うわ。何でもないの。」

 「では、何故こちらを見ないのですか?」

 「…………約束を忘れてるからよ。」

 「………ニホンゴの勉強は忘れてなど……。」

 「2人きりになったら、丁寧な言葉を使わない約束でしょう?」



 彼女が言いたかった事は本当にこの事だろうか。疑問に思いながらも、彼女が駄々をこねてるのがわかり、ミツキは嬉しくなり笑ってしまう。


 あぁ、彼女はこんなにも自分を求めてくれているではないか。

 ミツキはそう思い安心した。


 そのはずだった。




 しかし、エルハムの部屋に戻り、彼女に裁縫セットを渡した時だった。

 彼女がまた大切そうにハンカチを持っているのが目に入った。

 それを見て、ミツキは思わず口を開いてしまった。



 「また、刺繍してるんだな。」

 「プレゼント用なんだ。」

 「…………。」



 エルハムは、ニッコリと幸せそうに笑ったのだ。

 あんなにも傷つき、不安そうにしていたのに、セリムの話になると、こんな風に笑うのか。そんな風に思うと、何故か悔しくて仕方がなかった。

 

 そんな時に、エルハムがミツキの指先の気づいた。そして、心配そうにしながら、「傷に悪い物が入らないようにしないと。」と、自分に手を伸ばしてきた。


 この傷の理由をまだ知られたくなかった。

 それに、セリムを大切にしている彼女に対するモヤモヤとした気持ちが、ミツキを動かした。



 「………大丈夫だ。」



 そう言って、エルハムが触れるのを拒んだのだ。

 大切な男がいるならば、触れるな。 

 そんな気持ちだったのかもしれない。ただ勝手に彼女の思いを想像し、勝手に苛立っている。

 そんなバカな自分にも、ミツキはイライラした。


 何故こんな異世界の女一人に固持しているのか、と。



 ミツキに避けられたエルハムは驚き、そして悲しく傷ついた顔をしていた。

 初めて会った時に彼女を叩いた時でさえ、そんな表情ではなかった。


 自分が彼女を悲しませ、傷つけた。

 ミツキはそんなエルハムの表情を見たくなく、逃げるように部屋から去った。



 扉から出た瞬間、ミツキはため息をついた。

 


 「俺は………何をやっているんだ。」



 その呟きは、広い廊下に静かに響き、誰に聞かれる事もなく消えた。




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