第20話「嫉妬とエスコート」
第20話「嫉妬とエスコート」
★☆★
セリムは見たくない事を見てしまった、とそこに自分が居たことを後悔していた。
自分が悪いわけではない。
けれども、見なければ不快な思いをしなくても済んだのだと思うと、そこに居た事を後悔するしかなかった。
セリムが見たのは、エルハムがミツキに抱き抱えられて自室に入っていく所だった。
エルハムは恥ずかしそうにしながらも微笑んでおり、ミツキもいつもより表情が柔和だった。
そんな2人を見ている城の人たちや騎士団員達は「微笑ましい。」と言ったり「お似合いだ。」などと平和な事を話している。
けれど、セリムはその考えに全く賛同出来なかった。
エルハムは、セリムが1番敬愛している人だ。自分より年下の彼女をずっと見守っていたいと思うし、幸せになって欲しいと思っている。幼い頃から彼女の近くに居たのは自分だと思っていたし、将来的にもずっとそうだと思っていた。
けれど、突然現れたミツキという謎の男。
その男が、セリムの居場所を奪い、エルハムの信頼さえも取って行ったのだ。今となっては、エルハムはいつも「ミツキはどこ?」と、言って共に居るようになっている。
エルハムが彼を選んだのであれば、それは仕方がない事だともセリムは悔しい思いを抱きながらも思っていた。
けれど、ミツキは全く素性がわからない男なのだ。
「あいつはもしかしたら、どこかの国からのスパイかもしれないというのに………。」
ミツキは、シトロン国に来た頃の幼い時から、剣術に長けていたのだ。騎士団員として戦術を磨いていたセリムと同じぐらいか、もしかしたらそれ以上に強かった。
それに、構え方も同じように見えたが、力の抜き方や攻撃のパターンが違っているのにも違和感を感じていた。
力や剣術を隠そうとしないで、騎士団に教えてしまっているのにはセリムも驚いた。
けれど、全体的に見て、怪しいことにはわかりがなかった。
「これ以上、エルハム様との距離が近くなる前に何とかしなければ………。」
そう呟きながら、セリムは静かな廊下を歩き始めた。
☆☆☆
「はぁー…………。」
エルハムは大きくため息を溢した。
ミツキがエルハムを避けてからというもの、2人の間にぎくしゃくとした妙な雰囲気が漂っており、エルハムは彼の顔を見て話すことができなくなってしまった。
それでも、ミツキはしっかりと護衛をしてくれるし、ニホンゴも教えてくれている。
エルハムも何とか普段通りに笑顔で変えそうとするけれど、ぎこちないものになっているのが自分でもよくわかっていた。
「せっかく一緒に過ごす時間が増えて笑顔が増えたのになぁー………。」
そもそも、何故あの時、ミツキに避けられてしまったのかがエルハムにはわからなかった。
やはり、この間見た使用人の女の子と仲良くなり行為を持ち始めたから、エルハムに触れられるのを拒んだのだろうか。
エルハムは、一人になるとこんな事ばかり考えていた。
他に考えなければいけない問題は沢山あるというのに。エルハムは小さく頭を振って、公務の仕事を始めた。
そんなある日。
エルハムは気まずい思い抱きながらも、仕事の用事がありミツキの部屋に向かっていた。
「落ち着いて、普段通りに接すればいいだけよ………。」
自分に言い聞かせるように、一人ブツブツと呟きながらセリムはミツキに会いに行った。
部屋に近づくと、また偶然の出来事と遭遇してしまう。何故、このタイミングに出会ってしまうのか、エルハムは自分の不運にうんざりとしてしまう。
目の前に居たのは、ミツキと前に彼といっしょに居た使用人の女が居たのだ。
ミツキの部屋のドアを開けて何か話していた。
………もしかして、彼女はミツキの部屋から出てきたのだろうか。
そんな風に思ってしまった。
やはり彼女はミツキの大切な人。
自分も入ったことのない彼の部屋に入っていたのだ。
いいな………。
そんな風思ってしまった自分の気持ちに気づいて、エルハムはカッと顔を真っ赤にさせた。
この思いは使用人の女の子に対する嫉妬だ。
それを理解した瞬間、自分がどんな気持ちを持っているのか。もう気づかないわけにはいかなかった。
私は、ミツキの事を…………。
「あら。エルハム様?」
呆然とそんな事を考えていると、エルハムに気づいた使用人の女が声を掛けてきた。
そして、話をしていたミツキもこちらに気づき「姫様。どうして、こんなところに?」と、驚いた表情だった。
「えっと………私は、仕事の用事で…………。」
「ミツキ様にご用事ですか?すみませんでた、エルハム様。私はもうお話は済みましたので。」
「えっ………いいのよ。私が、後で出直せばいいのだから。」
エルハムは焦りながら使用人にそう言ったけれど、「エルハム様、失礼致します。」と頭を下げた後、すぐに廊下を歩いて行ってしまった。
「姫様、お待たせしてすみません。何のご用事でしたか?」
「あ、うん……この書簡をあなたに渡したくて。」
「あぁ……ありがとうございます。わざわざ来てもらって、申し訳ないです。」
動揺しているエルハムとはうってかわって、ミツキは落ち着いて話しをしている。
彼は使用人との事を見られてもいいと思っているだろうか。
もうそんな仲なのだと、エルハムは思ってしまい、咄嗟に彼に背を向けた。
「じゃあ、用事はそれだけだから……。」
そう言ってミツキから離れてしまおう。今の自分は醜い顔をしているはずだから。
けれど、それをミツキは許してはくれなかった。ミツキは逃げようとするエルハムの手首を掴みエルハムの動きを止めてしまったのだ。
この間は、エルハムが触れようとしたら避けたミツキだったが、今は自分から触れてきたのだ。
エルハムは驚き、その場で体を固まらせた。
「…………ミツキ?」
「今、お時間よろしいですか?姫様に少し用事があります。」
「…………それは今じゃないとダメなの?」
「今がいい、です。」
「………わかったわ。」
エルハムがゆっくりと振り向くと、ミツキの少し強く握っていた手が離れた。
恐る恐る彼の事を見上げると、困った顔でエルハムを見つめるミツキの顔があった。
最近、彼にこんな顔しかさせてないような気がして、エルハムは悲しくなってしまう。
「狭い部屋ですが、どうぞ。」
「………え。入ってもいいの?」
「姫様さえよければ。」
「…………でも、さっきまで彼女が………。」
「え?」
驚きのあまり、口が滑ってしまい、エルハムは自分の言葉にハッとしたが後の祭りだった。
ミツキは笑いながら、「なるほど……。」と小さく呟きた後、今度は優しくエルハムの手を取った。
「先ほどは彼女が届け物をしてくれただけです。………姫様、どうぞこちらへ。」
姫であるエルハムは、エスコートには慣れているはずだった。
けれど、エルハムは今までで1番ドキドキするエスコートに感じていた。
ミツキといると、気持ちが落ち着かないな。そんな風に思いながら、エルハムは彼の部屋に足を踏み入れた。
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