第5話「欲しかった約束」






   第5話「欲しかった約束」






 ミツキを助けてから、エルハムが目覚めたのは次の日だったようだ。

 その日、ミツキとエルハムは契約をした。



 「ミツキは来た国へ帰る日まで、エルハムの専属護衛になる事。そして、ミツキは騎士団に入り自分を鍛える環境を与える。」



 そんな契約内容だった。

 その日から、ミツキはエルハムの専属護衛となったのだ。

 他の城の者達は心配そうにしたり、納得していない者も多かったようだ。特にセリムは不機嫌そうな顔でミツキを睨み付ける事も多々あった。けれど、アオレン王とエルハム姫が決めたことなのだ。逆らえるはずもない。

 

 契約を結んだ次の日から、ミツキは騎士団にも入団した。そのため、青色の正装服を渡そうとしたが、ミツキには大きすぎたため、新たに作ることになった。そのため、しばらくの間は今着ている白い上下の服を着ることになった。

 エルハムはもっと良いものを渡そうとしたけれど、彼が「これでいい。」と、拒んだのだ。


 

 そして、エルハムの傷が癒えるまでは、彼には自室でシトロンの事や周辺諸国の事を教えていこうと考えていた。傷は大体治ってきていたけれど、それでも大事をとって外出は許可されていなかったのだ。

 そのため、この日もエルハムの部屋で2人は過ごしていた。中庭が見渡せる窓際のテーブルを囲むように、2つの椅子を並べた。どちらも細かい草花の彫刻が施されている、豪華なものだった。椅子には、ふわふわのクッションも準備されていて、エルハムはこの椅子に座って中庭を見ながら読書をするのが好きだった。



 「シトロンの国は、気候に恵まれているので、主な産業は野菜や果物などを作る農業なの。それを他の国へ売って生計をたててるいるわ。そして、ミツキがトンネルで近くまで行ったチャロアイトの国。とても寒い国で一年中、雪があるの。チャロアイト国は魔法の国と言われていて、不思議な力を持っている人が多いの。その人たちの力で何かを作ってるわ。でも、魔法が使えるのは自国にいる時だけだから、戦いに使われる事はないの。」

 「魔法………。」

 「ええ。このシトロンや隣国には、それぞれ妖精たちが住んでると言われてるの。シトロンには太陽や自然の妖精。チャロアイトには魔法の精。そして、もう1つの隣国であるラズワルド国は宝石の精がいる国なの。洞窟の中にある不思議な国でね、至る所にいろとりどりの宝石が光っていて、とても神秘的な場所なの。宝石の妖精がいるからから、ラズワルドの国から宝石がなくなる事はないの。」

 「………妖精。」



 ミツキは、呟きながら目を大きくして驚いている様子だった。

 彼は出会った時から口数も少なく、表情も乏しい人だった。けれど、少し話をするとうっすらと表情が変わるのがエルハムにはわかったのだ。

 エルハムは彼のいろいろな表情が見たくて、様々な話をしていた。


 けれど、彼が自分の事を話そうとはしなかった。エルハムは、彼に聞いていい事なのか迷っているのだ。


 そう思っていたけれど。この日やっと、彼が自分の話をしてくれたのだった。



 「俺の国では魔法も妖精もなかった。それはおとぎ話の世界だけだった。」

 「そうなの………?でも、それならどうやって生きていたの?」

 「人間の力だけで、水を綺麗にして、火を自由に操るようにして、作物も自分達で天気と抗いながら作っていた。」

 「……そんな世界があるなんて。すごいね。素晴らしいわねっ!」



 エルハムは、そんな世界を聞いて、目をキラキラさせた。人々の力だけで生きていく。それは理想だとエルハムは思っていた。

 しかし、ミツキの話を詳しく聞けば聞くほど、人々の暮らしは豊かすぎるほど豊かで、とても便利で理想的なものだった。



 「………そんな暮らしがあれば、人々の争いもないのでしょうね。」

 「そんな事はない。殺人事件は多いし、他の国では戦争もしてる。貧富の差も激しいし、幸せを見つけられないって言ってる大人も多いらしいし。」

 「………そうなの?なんだか不思議ね。………あっ、こちらの国の話を教えなきゃいけないのに、ミツキに沢山教えて貰ってしまったわ。ごめんなさいね。でも、とっても嬉しいわ。」

 「いや、それはいいけど。」



 ミツキは少し頬を染めながら、そう返事をした。ミツキは前に居た国の話しをする時は、とてもイキイキしており、楽しそうなのをエルハムは感じていた。

 彼が自分に話しをすることで、思い出して悲しむかと心配していたが、話して嬉しそうにしてくれるのであれば、また話を聞きたいともエルハムは思った。それに、エルハム自身も彼の国の話に興味を持ったのだ。



 「それと、ずっと言いそびれて居た事があるんだけど。」

 「え?何かしら?」


 

 先程は沢山の事を教えてくれた彼だったが、何故か今になって、話しにくそうにエルハムをちらちらと見ていたり

 エルハムは不思議に思いながらも、彼の言葉待った。


 すると、意を決したミツキは、バッと顔を上げてエルハムの瞳を見つめた。

 


 「………どうしたの、ミツキ?」

 「……………………とぅ。」

 「え?」

 「だから、この間は助かった。……ありがとう。」

 


 小さな声でそう言うと、ミツキは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。

 エルハムは一瞬ポカンとしてしまっが、エルハムがミツキを助けた事のお礼を言っているのがわかり、エルハムは嬉しくて自然と頬が緩んでしまった。

  自分が思った通り、彼はいい子なのだ、とわかった瞬間だった。



 「こちらこそ、専属護衛になってくれてありがとう。これから、よろしくね。」

 「守られてばっかりだったけど、契約した以上は、もう傷付けさせない。」



 まだ頬を染めた顔だったけれど、ミツキに真っ直ぐな視線と強い言葉で告げられると、エルハムは胸がドキリとするのを感じた。それがどんな意味なのか、エルハムにはわからなかったけれど、ミツキの言葉の重さを感じられた。



 「あなたに守ってもらえるのが相応しいと思われる姫になるように、私も頑張る。約束するわ。……じゃあ、約束を交わしましょう。」



 そう言うと、エルハムは両手をミツキに向けて大きく広げた。エルハムが何をやっているのか理解出来ないミツキは首をかしげながら、「これは何だ?」と言った。

 シトロン周辺の国では、約束をするときに行う事があった。それをミツキが知るわけもない。

 エルハムは、手を広げたまま彼に説明をした。


 「この国では、約束をするとに2人で優しく抱きしめ合って約束を交わす事があるの。お互いの鼓動を聞いて、その音と共に約束も忘れないって意味らしいわ。」

 「………抱きしめあう………。」

 「そうよ。だから、はい、ミツキ。ぎゅーってしましょう。」

 「………………。」



 怪訝な表情を見せたミツキは、またしばらく固まってしまった。

 やはりミツキの居た国では、このような習慣はなかったようだ。エルハムは、別の深い意味があるのかと思い、やらなくてもいいよ。と言うつもりだった。

 けれど、エルハムが座っている椅子の前に、ミツキはゆっくりと歩いてきた。内心、ミツキが抱きしめられに来たのには、エルハムは驚いてしまったが、エルハムも椅子から立ち上がりミツキを優しく抱きしめた。



 「これで約束完了ね。」

 「………エルハム。もう1つ約束してもいいか?」

 「……何かしら?」



 ミツキに初めて名前を呼ばれた事にドキリとしながらも、エルハムは何とか返事を返した。彼が何を約束したいのか。エルハムは全く検討もつかなかった。



 「おまえ、兵士の前に立ったとき、泣きそうなぐらい怖かっただろ?けど、必死に我慢してる顔してた。」

 「え………?」

 「違うか?」

 


 エルハムは、自分に敵意を見せてくる人を目の前にするのは初めてだった。自分の命を奪える武器がすぐそこにあり、キラリと光っていた。それを思い出すだけで、エルハムは身が震えてしまった。

 怖くないはずがない。

 痛いのも、死にそうな危機も、エルハムにとって恐怖でしかないのだ。



 「………思い出すだけでも、震えてるな。あの時、なんでそんなに毅然とした態度でいたんだ。」

 「………だって、私は一国の姫だもの。あそこで泣いてしまってはいけないの。シトロンの民の前で泣くことなんて許されない。………だって、私はみんなを笑顔にさせなきゃいけないから。」

 「……………。」



 年下の少年に、自分は何を言っているんだろうか。そう思いながらも、エルハムは彼に自分の正直な気持ちを吐き出してしまった。

 今まで両親である王や王妃、セリムや世話係りの人にも話したことがない事だった。

 これは自分の役割だから、果たさなければいけない事だからと、自分の中に蓋をしていた事。それを、会ったばかりの正体不明の少年に打ち明けてしまった。


 けれど、それを後悔する気持ちは少しもなかった。ミツキならば話しても大丈夫。そう思っていた。


 すると、抱きしめられたままだった彼の体がピクリと動き、エルハムと同じようにミツキの腕がエルハムの体を包んだ。



 「俺は私証とかいうのを持ってない、正式なシトロンの民じゃないだろ。だから、俺の前なら正直に泣いてもいい。そうだろ?」

 「………そう、なのかな?」

 「笑わないし、話しを聞くだけなら俺に出切る。」

 「そっか……じゃあ、お言葉に甘えよう、かな。」

 「いいと思う。」



 ミツキの提案をすんなり受け入れたのは、自分の弱さがあったからかもしれない。そんな風にエルハムは思った。

 けれど、ずっと我慢していた事。そして、剣を向けられた時の恐怖。それを「いいんだよ。」と言っている存在が、欲しくて仕方がなかった。

 そんな人をエルハムは求めていたのかもしれない。



 自分よりも小さな彼の体は、とても温かく、何故か安心するものだった。ミツキのゆったりとした鼓動や、彼の鍛えられた体、くすぐったい吐息。すべてが、エルハムは心地よかった。



 けれど、ミツキに触れられている背中の傷がずきんと痛んだ。

 その瞬間に、すぐそこに剣を持った兵士に囲まれた事を思い出した。自分を姫だと気づかずに排除すべき敵だと思い込んでいる。殺気だった瞳と、殺伐とした雰囲気。そして、自分に斬りかかってくる剣先。

 それを思い出した瞬間。

 エルハムは、「怖い………怖かったの。」と呟いていた。自然と涙が出た。

 人前でほとんど見せることはなかった、はしたいと思っていた、自分の涙。


 ミツキの白い服に涙がこぼれ、染みを次々に作っていく。その涙のように恐怖だった気持ちが彼の中染み込んでいくのをエルハムは感じた。


 何も喋らない。

 ただ、優しく抱きしめさせてくれて、そして、抱きしめてくれるだけの彼が、怖がりな気持ちを受け入れ、不安を吸いとってくれている。


 そんな感覚を心地よく感じならがら、エルハムはしばらくの間、涙を流し続けた。





 契約よりも強い約束。

 それが、エルハムにとって何よりも心強かった。

 

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